補習の終わり・釣り堀にて
◇木島コウイチ
明らかに初動をミスっている。
黄嶋リュウジ・知らない人・俺の順に並んで座っている釣り堀で、俺は密かに頭を抱える。
この釣り堀に来たのは偶然だ。
期末テストの出来がよろしくなかった俺は、今日の午前中、学校でひたすら補習に明け暮れていた。
『お前が赤点を取ってくれなければ、先生は娘の彼氏との食事に参加しなければならなかった』
と、古文の先生に感謝されながら、
『君が赤点を取ってしまったせいで、僕は彼女のお父さんに挨拶する予定が流れてしまった』
と、数学の先生に呪詛を吐かれるという地獄を耐え抜き、今日ようやく全ての補習を終わらせた俺は、帰り道で見かけた釣り堀に興味本位で入ることにした。
まさかラジオのダンス部特集に惹かれて、知らない人の隣に座ってしまうとは、更に逆の隣に黄嶋リュウジがほぼ同時のタイミングで座るとは、一体誰が想像できようが。
黄嶋リュウジ。
俺と同じ高校3年生。
2年の頃までは、校内でも有名な不良グループのリーダー格だった。
けれど、自分以外の不良グループのメンバーがダンス部に入部してからは、急におとなしくなった。
いや、この黄嶋に関してだけは、不良であった頃から静かな男だったように今なら思う。
他の連中が騒いでいる中、その様子を後ろで見守り、目に余るような事をしそうになったら制止する、ぶっちゃけ見た目と喧嘩の強さ以外に不良の要素が無く、その喧嘩すら自分からは仕掛けない。
昔ながらの硬派な不良といった印象の男だ。
俺と黄嶋の接点は、ダンス部の部員が彼の元仲間だった事ぐらいしか無い。
けれど、俺には黄嶋に対して大きな借りがある。
それも一方的な、黄嶋自身もきっと理解していないものが。
俺は、自分の目的を果たすために、
彼を、
黄嶋リュウジを利用してしまったのだ。
小学生の頃からダンスが好きで、ダンス一筋でずっと生きてきた。
高校だって、ダンス部のある高校だから入学した。
……、ダンスばっかりやってきたせいで、他のダンス部のある学校にことごとく落ちたのは内緒だ。
俺が入ったダンス部は、強いだなんて口が裂けても言えないくらいの弱小だった。
人数はそこそこ多い割に、大会で結果を全く出せない部だった。
でも、俺は楽しかった。
皆、ダンスが好きだった。
大会で惨敗した時、全員が悔し涙を流したけれど、それでダンスが嫌いになる奴なんて1人も居なかった。
そんな先輩や同級生達とダンスに打ち込める事が、俺はたまらなく嬉しかった。
事態が変わったのは、俺が2年になって、新入生が入部した春の事だ。
その年、入部したのは4人。
男子が3人に、女子がマネージャーとして1人。
その4人の内の2人、新入部員のコウジと、マネージャーのサヤカを巡って、ダンス部は崩壊へと進んで行く事になる。
……。
いや、別にそこまでシリアスな引きをするような話でもない。
単純に、この2人のイチャイチャが癇に障って、部を離れる部員が大量に出てしまっただけの話だ。
大量。
本当に、大量。
なにせ、その2人以外に残ったのは、先輩に部長を任された俺を含めて2人だけ。
それ以外、全員が辞めた。
嫉妬、羨望、理由は色々あれど、共通するのは『やってられるか!』という強い思い。
それぐらい、2人のイチャイチャは俺達にダメージを与えていた。
そんなある日、俺と一緒に残っていた部員の1人が退部を申し出た。
退部の理由は、『バイトして買ったダンスシューズをカツアゲされて、心が折れた』だった。
俺も顧問も、彼を止めなかった。
彼のシューズをカツアゲした不良が
『この靴の持ち主に謝りたい。』
『許してもらえるなら、入部させて欲しい』
とやって来たのは、その翌日の事だった。
彼の退部の話を聞いて、直接謝りに行こうとする不良達を引き留め、俺と顧問は彼らの入部を許可した。
『彼の事をおもうなら、そのシューズがボロボロになるくらい、ダンスに打ち込んで欲しい』
『その方が、彼も、その靴も報われるだろうから』
そんな、わかったような台詞を2人して吐きながら。
かくして、『惰性で部長を続けている俺』と、『恋愛やら責任感やらでやる気に満ちている新入部員』による、温度差のありすぎる新ダンス部が動き出したのだった。
そして、翌年の5月に俺は辞めた。
その日、俺は顧問とのダンス部の練習メニューの調整を終えて部室へ戻る途中だった。
『ざけんなっ、このバカヤロー!』
怒鳴り声と複数の椅子や机が吹き飛ばされる音が突然聞こえて、俺はそちらに駆け出した。
怒鳴り声のした場所は、部員である彼らの休憩所だったからだ。
たどり着いた時には、そこは修羅場の真っ最中だった。
黄嶋リュウジが真っ赤な怒り顔で、自分の仲間だった筈の彼らに抑えられながら、自分が殴り飛ばした男に罵声を浴びせていた。
『カツアゲした靴でダンスだ!?』
『持ち主に謝りもしていないだ!?』
『頑張れば靴の持ち主も喜ぶだ!?』
『ふざけた事を抜かすんじゃねぇ!このバカヤロー!?』
激情のまま叫ぶ黄嶋に対し、殴られた彼は俯いたまま何も喋らない。
『っ!』
その様子にますます怒り、黄嶋は拳を振るおうとする。
『待て!』
俺はとっさに黄嶋の前に立ち、殴られた彼を庇った。
『!? お前は、』
『木島コウイチ、ダンス部の部長だ』
『部長……っ、だったら邪魔すんな!』
『コイツは、あんたの所の部員に、』
『知っている』
『……何だと?』
『彼の行った事は知っている』
『その上で、俺は彼の入部を許可した』
『何でだっ!』
『彼は自分の行いを正直に話した』
『な……っ』
『そして、被害者の所へ謝罪にも行こうとした』
『それを止めたのは俺だ』
『な、んで……?』
『彼は、元々辞める気だった』
『カツアゲは、切っ掛けに過ぎない』
『当然、カツアゲはしてはいけない行為だ』
『ただ、彼はカツアゲを受けたことを俺達に報告はしても、彼らを糾弾するような事は言わなかった』
『もう、終わった事なんだ』
『彼にとっても、俺にとっても』
『終わった事に対して謝罪されても、困るだけだろう?』
『だから、彼らの入部を許可した』
『俺が許した!』
『だから、どうしても許せないと言うのなら』
『俺を殴れ!』
そう叫んだ俺の言葉を聞いた部員達は、慌てて『駄目だ、俺を殴れ!』『いや、オレを殴ってくれ!』『部長は何も悪くないんだ!』と、俺を庇った。
ぶっちゃけ、その場のテンションで言ってしまったので、
『ホントに殴られたらコワイナー』
と思っていた。
台無しだね☆
そうして騒いでいると、やっと教師達が到着し、そこで見たのは
殴られたダンス部のエース。
殴ったと思われる棒立ちの不良。
不良に立ち塞がるダンス部の部長。
騒ぐダンス部員。
どう見ても不良が悪役の場面である。
呆然と立つ黄嶋が教師に連れていかれる。
『待って下さ』
『いい、』
教師を止めようとする俺を、黄嶋が止める。
『いいんだ……』
そうして黄嶋は連れて行かれ、彼が停学になったのを知ったのは、翌日の事だった。
そして、その後すぐに俺も部を去った。
引き留めようとする彼らに
『俺がしっかりしていれば、黄嶋は停学にならずに済んだかもしれない』
『お前達の友達を傷付けずに済んだかもしれない』
『ケジメをとる事くらいはさせて欲しい』
わかったような台詞を、また吐きながら。
『ぶっちゃけお前が惚れてるマネージャー、全然脈無いと思うけど、頑張って?』
これは、思うだけに留めておいた。
負わなくて良い傷も、世の中にはあるよね。
そうして、黄嶋リュウジを言い訳に部を辞めた俺を待っていたのは、
大量の、期末テストの答案(赤点)だった。
どんなに策士ぶった行いをした所で、俺が勉強できないことには変わりがなかった。
そうして、楽しい楽しい夏休みの前半全てを補習に費やして、俺は今此処に居る。
まさか黄嶋が居るとは思わなかったが。
っていうか、黄嶋って復学したの期末テスト前だったよね?
何で補習になってないの?
何で学年3位なんて取ってるの?
むしろ何で不良やってたの!?
聞きたい事は山ほどあるが、言いたいことは1つしか無い。
なぁ、黄嶋。
お前がぶちギレたカツアゲされたダンスシューズのアイツな?
本当に辞めたがってたんだよ。
恋愛脳のカップルのイチャイチャなんて、間近で見せつけられたくねぇって。
ただ、バイトしてまで高いシューズ買っちゃったから、辞めるに辞めらんなくなってただけなんだよ。
『いやー、辛いわー』
『シューズカツアゲされちゃったからなー』
『もう心折れちゃったからなー』
『辞めるしかないわー』
すっごい良い笑顔で言ってたから。
カツアゲしちゃった本人にも言ったけど、
慰めとしか受け取ってくれなかったけど、
マジで言ってたから。
だから、気にしなくて良いんだよ?
そう言いたい。
そう言って、罪悪感を消してやりたいけど、俺の口から出る言葉は、
「ねぇ、この魚ナニ?」
である。
自分の釣りの才能が憎い!
別に今日開花しなくたって良いじゃん!
……。
まぁ、ダンスシューズの件なんて、今更知りたいとも思ってないかも知れないけど。
結局、これも俺の自己満足なんだよな。
とりあえず、今お前に聞きたい事は、
「で、この魚の名前は?」
お前が目を丸くしてガン見してる魚の名前なんだよ。
「……ぴ、」
「ぴ?」
「ピラニア……」
この釣り堀、通報した方が良いんじゃね?
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