第2話1柱(B)_不束者ですが。末永くよろしくお願いします。

時刻は夕方に近く、太陽も降りてきてはいるが相変わらず暑いので、また裏山を通って帰る事にした。


鼻歌混じりで曲がりくねった山道を上り、頂上付近に差し掛かった時だった。

突然、左手側に見慣れない開けた場所が現れた。


「あれ? こんな場所あったか?」


何回もここを通ってるが、道路横は木が密集していて入るのも憚られるほどなのだが、そこだけ木々が開いて入口のようになっている。


その場所に強い興味を惹かれた俺は路肩にジョバンニを寄せ、降りてその場所に入ってみた。


「おぉ……これぞ秘境って感じだな」


少し入った先には一面芝生のような草で覆われている場所があり、所々にタンポポが咲いている。

空からは太陽の光が降り注いでいるのだが、暑さはそれほど感じず、むしろ心地良いとさえ感じる。


「こんな場所があるなんてな。レジャーシートを広げて飯でも食ったら最高じゃないか?」

と、その時。


ゴトッ!

「うぉ!」


突然響いた鈍い音に思わずビクついた。

音のした方を見てみると、その場所だけ周りとは違う木が生えていた。


さかきか……」


この時期だと花が開いていたと思うのだが、枝に付いているのはどれも蕾ばかりだ。

遅咲きなのだろうか。


「ん? 何かあるな」


榊の根元。

背の高い草が生えていて見えにくいが、石の箱みたいな物が見える。

近づき、草を掻き分けて確認してみると、石造りの小さな祠があった。


周りは雑草だらけで表面は土埃なんかで汚れており、屋根には苔まで蒸している。

正面には石で蓋がしてあるのだが、ヒビが入って今にも崩れそうな感じだ。


指先でヒビの具合をそっと確認してみる。

すると。


ガラガラガラ!

「うわっ! あ!? え!? うそ!?」


指先でなぞっただけだというのに、蓋は音をたてて容易く崩れてしまった。


え?

何?

俺のせいか?

だよな……どう考えても。


何かを祀っていたのならバチでも当たるんじゃないか?

その場にうずくまり、頭に手を当ててどうしようかと考える。

ふと顔を上げると、顕になった祠の中身が目に入る。


「勾玉……か?」


木の台座の上には勾玉の形をした石のような物が置かれているが、霞んで黒っぽくなっており、台座も朽ちてボロボロになってしまっている。


それを見た俺はある事を思いついた。

ジョバンニに戻ると、何かの備えの為に載せてあったペットボトルの水とタオル、整備用の手袋を持ってきた。


「綺麗にするから怒らないでくれよ」


ペットボトルの蓋を開け、タオルに水をかけて濡らすと勾玉を拭きあげ始める。


表面はツルツルしており、拭いた所は緑色の地肌が現れた。

たぶん翡翠かな?


こうなってくると楽しいもので、勾玉をピカピカにしてやろうと俺は一心不乱に磨き続け、ついでとばかりに社も拭き上げ、苔を取り除き、周囲の雑草も抜いておいた。


そうして、広場に差し込む光が紅く色づいてきた頃。


「良いんじゃねぇの? うん、完璧じゃん!」


周囲の雑草が全て取り払われて顕になった祠は、汚れや苔が取り除かれ、夕陽を反射して神々しく輝いている。


「よし! じゃあ仕上げにこいつを台座代わりにして。と」


ポケットからタオルハンカチ(ちゃんと未使用品の綺麗なやつだ)を取り出し、折りたたんで社の中に敷くと、その上に輝きを取り戻した勾玉を供えた。


「よしよし。これで大丈夫だろ」


祠とその周辺は、最初とはすっかり見違えた。

合掌して祈りを捧げ、ついでとばかりにお願い事もしてみる。


「ここまで綺麗にしたんです。どうか俺を祟らないで下さい。ついでに彼女……」

言いかけてふと考えた。

将来を見据えるとお嫁さんをお願いした方が良いか?


「どうか俺にステキなお嫁さんができますように!」

「 」

「ん?」


何か聞こえた気がしたので顔を上げてみるが、綺麗になった祠と、夕陽が当たっているせいか、ほのかに赤く光る勾玉があるだけだ。


気のせいか?


さして気にする事も無くジョバンニに戻ると、儀式を済ませてゆっくりと発進した。


尊が運転するフィアットが広場から走り去る。

柔らかなタオルに置かれた勾玉はそれを見送るかのように、夕日を吸い込み紅く染まっていた。




家に着くと時刻はもう17時。

ガレージにジョバンニを入れてから家に上がった俺は、一度リュックを自分の部屋に置いた後、居間に降りてきた。

この時間だから婆ちゃんが晩飯を作ってるはずだ。


「ただいまーっと」


予想通り、婆ちゃんが小袖にたすき掛けをして、上からフリフリがあしらわれたピンクのエプロンを着けて台所で忙しなく動いている。

もうすぐ出来上がるようで、茹で上がったスパゲティを流しで湯ぎりしているところだった。

メニューはミートソーススパゲティらしい。


「帰ってきたか。ちょうど出来上がったから、食べる分だけソースをかけんか」


言いながらスパゲティが盛られた平皿を俺に手渡そうとした婆ちゃんだったが、ピクリと片眉を上げてジッと俺を見てきた。


「どうしたんだよ?」

「尊。お前どっか行ってきたんか?」

「いや、どこも行ってないけど」

「そうか……なら良いんじゃ」


言われた刹那。

裏山の祠を思い浮かべたが言わなかった。

だって"通りがかった"だけで"行った"わけじゃ無いし。


詭弁だとは自分でも思うが、別に嘘では無いはずだ。


多分。

……そうだよな?




二人で食卓を挟み、向かい合って食べる。

俺も婆ちゃんもお喋りじゃないから静かなもんだ。

食器の音だけが響く。


食べ終わると食器を水につけて風呂の湯を沸かした。

風呂に入り、ゆっくりと30分ほど汗を洗い流したあとは自分の部屋に戻りパソコンに向かう。

ちなみに帰ってきた時にクーラーを入れておいたので部屋はキンキンだ。


今日も徹夜になるかな。

今日の講義でまた新たに課題が出されたのでレポートを書かなくちゃいけないし、何よりバイトの作業もあるからだ。


俺はパソコンに向かい、ひたすら作業に打ち込む。


時間も忘れて夜は更けていく。




「んあ?」


分厚いカーテンがうっすらと明るくなっており、もう日が昇っている事が分かった。

どうやら俺はまたデスクで寝てしまったらしい。


スクリーンセーバーがかかってモニターは真っ暗だが、パソコンからファンが回る音が聞こえる。

その音に交じって婆ちゃんと誰かが話している声が聞こえてきた。

しかも婆ちゃんは興奮気味らしく声が大きい。


また今日も婆ちゃんの声に起こされたわけか。


寝起きのボケた頭で思いつつも、体を起こすのが億劫で机に突っ伏した態勢のままでいた。

すると。


ドタドタドタ!


階段を急いで上がって来る上がって来る足音が聞こえ。


ダーーーーン!

「尊ぅ! いつまで寝とるんじゃ! 早う起きい!」

「どわぁ!」


ドアを蹴破った音と婆のデカ声のせいで俺は椅子から転げ落ち、床で頭を強打してしまうが、そのおかげで俺の脳はようやく覚醒した。


「あだだだ...…婆ちゃん! もうちょっと優しく起こしてくれよ」

「言うとる場合か! 早う来い!」

「え!? あ! ちょっと待てって!」


婆ちゃんは俺の腕を掴むと遠慮なくグイグイ引っ張って歩いてゆく。

掴まれた腕がめっちゃ痛い。これが本当にババアの握力かよ!


階段を降り、玄関の方に引っ張って来られた俺は、先ほど婆ちゃんと話していたのであろう来客者を見て唖然とする。


家の玄関には俺と同い年くらいの女の人が、下げた手を前側で揃えた状態で立っていた。


雪のような白い肌とは対照の黒髪は絹のように艶やか。

さらに、着物が似合う気品を感じる立ち姿は、まさに良いとこのお嬢様といった感じだ。

美人系の顔立ちをしており、切りそろえられた前髪に眉毛が隠れているせいで表情が読みづらく、切れ長の目も相まってミステリアスな雰囲気をまとっている。


「か、可愛い...…」

「はぁ!」

「え!? わ、わたくしですか?」


思わず本音をこぼしてしまった。

婆ちゃんは呆れて顎を落とし。

目の前の彼女は頬を赤らめ、胸の前に上げた両手をモジモジとしている。

かっ可愛い!!!


婆ちゃんは顎を元に戻した。

「そんな事は今どうでもよい! お前さん、ここへ来た目的をもう一度言うてみい。」


婆ちゃんが彼女に促すと、彼女は咳ばらいを一つした後、俺の方に向き合った。


「わたくしは。貴方様に嫁入りすべく、罷り越しました。」

「……はぁ?」


いきなりの発言に、さっき覚醒したはずの俺の脳みそは情報を処理する事を放棄した。

しかし、彼女は尚も追撃の手を緩めない。


「不束者ですが。末永くよろしくお願いします」


彼女はそう言うと、実に綺麗なお辞儀を見せた。


「はああああぁぁぁぁぁぁ!」


驚愕の声は、蝉の声に負けず劣らず響き渡った。




山門尊。

本日20ハタチになったばかりの成人。

大学に入って彼女はできませんでしたが、

嫁(?)が押しかけて来ました。

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