第40話 闇の中に消えた真犯人

 厳粛に裁判所で審理が行われていた。息をするのを忘れてしまうほど、静かで体が硬直してしまう。警察の制服を着た二人に挟まれ容疑者の席に座っていたのは、私服で無精ひげの小茄子川 岳虎だった。顔はげっそりとしている。


「―――それでは、被告人に対する質問を始めます。被告人は証言台の前に進んでください」


 両腕をがっちりとつかまれて、手錠をつけたまま、小茄子川 岳虎は証人台に移動した。憔悴しきった体がうまく動かなかったようだ。小茄子川 岳虎の横に弁護人の田中 真叶たなか まなとが裁判長を前に静かに立った。


「では、弁護人どうぞ」


「弁護人、田中から質問させていただきます。まず、お聞きします。あなたは、上司である署長の重松則夫と副署長を森山 憲治をナイフで刺しましたね。それはもう見てもいられないような姿形すがたかたちにしてしまったそうで……それは事実で間違いないでしょうか」


「いいえ。私ではありません」


「あなたではないですか。取り調べ室には、あなたの他に署長と副署長、そして容疑者である辻岡 将人と直人の二人しかいなかったはずです。他に誰か犯人がいるとでもおっしゃるのですか」


 弁護人は初耳だという顔をして動揺する。裁判長は怪訝な顔をして、小茄子川 岳虎を問い詰める。法廷内の空気が重かった。傍聴席でもざわざわし始める。小茄子川 岳虎の額には冷や汗がしたたり落ちる。


「お、おかしいですね。確かにもう一人。同じ刑事がいたはずなのですが……」

「もう一人? それは一体誰のことでしょう。名前を教えていただけないでしょうか」

「鴇 甚録。彼はそう名乗っていました」

「異議あり! それは嘘です。彼の妄想です。現場にはそんな人存在しないと証言している人がいます」

 検察官が声を荒げて発言する。裁判所はなぜそうなったのか続きが気になり、前のめりになった。


「異議を認めます。弁護人は質問を変えてください」

「証言する人がいるんですよ。小茄子川 岳虎さん、あなたは上司だけでなく、容疑者までも傷つけているのです。ここで嘘はいけません。本当のことをおっしゃってください。正直に言えば、罪も重くなりませんよ」

 

 田中 真叶は、残念な顔して言った。相談を受けていた内容と違っていたことにショックを受ける。


「……俺は……本当に殺してない。誰も、この手で殺してない。殺す意味がない。どうして、慕っていた上司を殺す必要があるのですか!!」


 感情的になって涙が流れる。幾度となく訴えても、信じてくれない。これは夢なのか、きっと現実じゃない、そう感じてしまうほどに悲観する小茄子川 岳虎は、証言台の上で肩を落とし、膝を崩していた。



****


 閻魔大王の審判の間の隅の方で、法廷の様子が映る浄波璃の鏡をマジマジと見つめる元鴇 甚録の司録は、ほっと胸をなでおろしていた。


「良かった……私の名前が出なかった。これが私の責任なるって言ったら、大変なことになっていたからなぁ。安心安心」


 安心しきっていた後ろには閻魔大王にご褒美でもらった葉巻を吸っている地獄谷正真の姿があった。


「司録さん、何してんの? この葉巻、超うまいなぁ。最高だ。ほぼ、ほぼ禁煙だったもんな」

「あ、ずるい。葉巻なんて吸って……私なんて、そんなご褒美貰ったことがない」

 ブツブツつぶやきながら、浄波璃の鏡を見て、小茄子川 岳虎の様子を伺っていた。地獄谷正真は、何か楽しいことしてるかとひょいっと鏡を奪った。

「俺は、そっちの方がずるい。ここは娯楽が少なくて辛いんだから見せろよ……あれ。岳虎が裁判してるのか?」

「君はお気楽でいいですね。分かっていて、下界におりたんじゃないですか?」

「……へ? 何のことだよ」

「あー……聞いた私がバカでしたよ。とにもかくにも、あの人もいずれここに来ますから。対応してくださいね。地獄の案内人さん。ここからが本仕事ですよ」

 

 両手を挙げて、呆れる司録は、着物をくいっと整えて、閻魔大王の元へと移動した。地獄谷正真は、すっとぼける顔をして、葉巻を最後まで吸い終わると、丁寧にタバコケースの中にしまった。口笛を吹いて、司録の後ろを着いていった。


 ざわめく審判の間では罪人たちが今日も行列をなしていた。閻魔大王のガベルが響き渡っている。





 

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