第2話 cafe...アニメショップ...
「うわ、結構混んでる・・・」
第一声はそれだった。
入口付近に並ぶ客がスマホをいじりながら順番を待っていて、
店員が忙しそうにトレーを片付けている。
昼休み最近会社近くに出来た、
カフェのケーキが美味しいと耳にしたので、
向かってみたものの、生憎の混雑。
スウェーデンにある自然との共生がテーマらしい、
『ツリーホテル・バイオスフィア』という三五〇もの鳥の巣箱で、
周囲に張り巡らせた造りのホテルを思い出す。
カウンター席は空いているが、誰も座りたがらない。
インスタグラム脳は健在なのか(?)
そこに行けば魅力的な女の子が沢山いる。
そこに行きたい魅力的な女の子が沢山いる。
それは価値を生む一つの装置だ、ゴキブリホイホイとも言う。
相手の興味あるものに焦点を合わせ、その情報を集め、
情報を提供しながら信頼を勝ち取る。
―――効率だ。
賃貸住宅でいうところの詐欺表現とは違い、
会社から徒歩二分。
ビルの一階にひっそりと佇む通りに面したカフェ。
扉を開けると、ふわっと広がるコーヒーの香り。
アンティーク調のインテリアが落ち着いた雰囲気を醸し出し、
心地よいジャズが静かに流れている。
スマホ片手にケーキの写真を撮る人々があちこちにいて、
“手元のケーキの角度を微妙に調整しながら撮影している人”
“テーブルの小物をうまく配置し直してから撮影する”など、
細かいこだわりがパッと見ただけでも随所に光る人がいる。
生贄社会の悲惨な肉の塊の剣ではすぐに防御されてしまう、
移動する蟻の巣のようなグンタイアリの習性の盾。
一時期言われていたこともあるが、プロブロガー(?)
いや、プロインスタグラマー(?)
この店の名物であるふわとろカスタードケーキが、
SNSで話題になっているせいだろう。
線が淡く浮かんで風景が始まるまで考えている人々、
何やっているんだ、カメラマンなのかよ、
でもああいうのって、何枚も撮った後、結局最初の写真が一番いいと、
選び直す人もいるようだ。そしてキメ顔女子とドヤ顔の区別がつかない。
頭の中がパンケーキミックスの人々にとっては、
世界における好感度ホィップクリームや、
イイネという名のみたらし団子にならなければいけないのだ(?)
―――帰りたい。
とはいえ、ここで諦めて会社に戻ったところで、
貴重な昼休みが失われるだけって、
サワロ国立公園のサワロ・サボテンが言ってる(?)
親の敵だ、まったくもって対岸の火事だ、
最高の気分だぜ(?)
何とか空いてる席を見つけたいものだが、
とカフェ内をぶらぶら散策していると、この混雑の最中、
ノートPCを開いて、イヤホンをしながら作業をする人や、
手元の書類に静かに赤ペンでメモを入れるビジネスマンもいる。
空気をまったく読めていないが、
仕事をしているはずなのに、
時々スマホを開いて通知を確認しているのを見ると、
あれはポーズなのかも知れないと思えてくる。
―――と、奥まで行って、カウンターでもいいかな、
それとも、さすがにこれは無理かな、帰ろうかなと思っていたら・・・。
息の合わないリズムや、
雰囲気や匂いの侵蝕。
透明な感覚で、四角く区切られていて、
それはもう映画みたいなスクリーン―――で。
鹿子田先輩だ・・・。
ヤバイもん見つけたという気はしないが、プライヴェートモード全開だ。
シロップ多めのかき氷みたいな過去形の呪文みたいに、
席を探しつつも、なるべく鹿子田先輩の視界に入らないようにするが、
挙動が不自然すぎて気になってしまう。
居心地悪そうだな、そうだろうな、こんなに人がいて楽しめるとは思えない。
ハリーポッターの作者とか、NYの作家は別かも知れないし、
受験の勉強方法で様々な場所を経験する方が記憶を定着させるにはいい、
みたいなのがあったけど、楽しむという段になると別の観点だ。
気を遣わせても悪いし、
見つからない内にこの場を離れよう・・・・・・。
と、思っているのとは裏腹に、
ピコン、と鹿子田センサーに触れてしまった。
電車の扉が開いて、踏切が上がるような、
てのひらの―――影だ・・。
うっ、しまった、こっちをガン見された。
気付かれたと思ったら、
何かすごい勢いで周囲をキョロキョロし始めたぞ、
あ、自分の前しか席が空いてないことに気付いたっぽい。
淡いセロファンのような素晴らしき弱点、
陰日向を作って揺れている、髪。
それから視線の逃げ場を探している様子がもう既にバレバレだ。
そして―――ずぅぅぅぅん、と・・。
雨の日に一本しか傘がないのに、
その傘に巨大な穴が開いていたかのように落ち込んでいる(?)
ジーッと、眼の前のケーキやコーヒーか、いや、テーブルか、
見つめている。無心だ。
瞬きのロールシャッハテスト・・・・・・。
きっと、上司として俺に相席を促さなきゃいけないであろう、
分かる、分かるんだ、
そしてこのシチュエーションに落ち込んでいるのだろう。
水族館のアクリルガラス越しのジンベエザメのように、
分かり易い―――なんて分かり易い動きをするんだ・・、
連想ゲームがあれば抜群の表現力を発揮できるのに、
その才能を生かすような場所がない(?)
このまま声をかけずに立ち去るというのも一計だが、
そんなことをすれば後で恨みがましい眼で見られかねない。
繊細なのだ。
俺はきっと国会議事堂に売国奴めと車でぶちあたる方が正しい、
核ミサイルのスイッチを押す、以下同文。
エリア51で宇宙人の手先めと車で暴走して、
不法侵入と判断され、機関銃で撃ちまくられる方がまだ正しい。
―――でも、ドラえもんは押し入れの中にいる(?)
「鹿子田先輩」と、声をかけると、
「・・・・・・座る?」
と、平静を装いながら、自分の前の席を指さしてくる。
「お、お言葉に甘えてよろしければ・・・」
「・・・無理しなくて・・・いい・・・けど・・・」
言葉の後、視線を落としながら僅かに肩を竦める。
という、社会人的体裁をしているやりとりなのだが、
『むしろ無理してるのはあなたの方なのでは』
と言いたかったが、野暮なのでやめておく。
回遊魚の夢を見、死んでもまだ続くムー大陸。
彼女なりに色々葛藤した上で誘ってくれたんだろうし・・・・・・。
―――そしてケーキとコーヒーを購入した俺は
トレーを持って彼女の席へ。
トレーを少し傾けないよう気をつける。
眼の前のケーキを見ながら、少し考える。
『これどうやって食べるのが正解なんだろう』とつい考えてしまう。
テーブルの木目に微かに響く音がした。
「あ、じゃあ失礼します・・・」
「うん・・・どうぞ・・・・・・」
視線を避けながらも、無意識に指でカップの縁をなぞっている。
言い終えた後、一瞬だけ視線を落とす。
全然どうぞという顔はしていない。
何だったら逆向きの表情をしている。
多分本当に失礼してると思うぞ、俺。
普通は落ち着くはずの空間なのに、
何で、こんな緊張感あるんだよ。
「・・・・・・困った・・・話すことがない・・・」
そして漏れてる、溜息と共に。
彼女の本音が完全に口から漏れて、漏れて、
漏れきってしまって―――いる・・。
ソシャゲの水着キャラがかめはめ波して、
コマネチ決めているみたいなカフェで、
鹿子田先輩がスマホをいじる。
ググって[後輩 話題]とか打ち込んでいないだろうな?
ググって[後輩 食事]とか打ち込んでいないだろうな?
そして一瞬だけ俺の顔を見て、すぐにケーキに視線を戻す。
そのチラリズム。
でもちらっと見てしまった自分に気づいて、
妙に真剣にケーキと向き合い始める。
どうしよう。
もういっそ、俺から話しかけた方がいいんだろうか・・・・・・。
「あの、鹿子田先輩」
「ひっ、」
肝試しでもないのに、怯えさせてしまった(?)
いや、稲川淳二のように、怯えさせてしまった(?)
「・・・・・・な、何・・・?」
「その・・・、この喫茶店にはよく来るんですか?」
そう言うと、いきなり落ち込んで、
さながら樹海を遭難した大学生が腕時計を見る時のような表情をする。
「・・・・・・もう来ない・・・方が・・・いい・・・?」
「言ってませんよ」
先読みネガティブ気遣いは止めて欲しい。
あと、時々ポルターガイストみたいに、
白眼を剥くのは本当に止めて欲しい(?)
男だけど、泣きます。
「・・・よくって・・・ほどじゃ・・・ないけど・・・たまに・・・・・・」
オトナ語。
口を開きかけて、一瞬だけ迷ったように閉じる。
全然関係ないけれど、歌うまそうな唇しているよな(?)
「そうなんですね、もしかして甘いもの好きなんですか?」
そして、やはりいきなり落ち込む。
先輩だし、上司だけど、振り幅激しいな、オイ。
振り子打法だよ、オイ(?)
でも何だろうな、妙に落ち着いてくる。
コーヒーの香りがふわっと広がり、一口飲む。
微かなカップ同士がぶつかる音が聞こえる。
鹿子田先輩のカップから湯気がふわりと立ち上るカフェラテ。
「分かる・・・、ゲテモノ料理とか・・・黒魔術・・・、
やってんだろ・・・みたいな・・・見た目の・・・くせに・・・、
ファンシーなもん・・・キュートなもの・・・、
何食べてんだ・・・って思うよね・・・」
「言ってませんよ」
勝手に会話を二手ぐらい進めた挙げ句、
間違えた結論に着地するのも止めて欲しい。
あと、本当にそう思うなら、何故、このカフェに来た(?)
フォークを入れると、ふわっと弾力がある感触がする。
表面のカスタードがほんの少し揺れ、フォークを入れただけで、
カスタードがじんわりと広がる―――食レポ(?)
食べてないけど、ウンウン、これは美味しいですね、
カスタードが溶けるような甘さ、ですね(?)
「・・・・・・ん」
波がかすかな響きを立てて彼方へ流れるでもなく、
緩慢にかちあいながら揺れ動いているウェーブ・トーキング。
鹿子田先輩がスマホのカメラを起動し、少し角度を調整すると、
画面の光がわずかに反射して顔が微妙に青白く見える。
カシャッ、と眼の前のケーキとコーヒーを撮っている。
会社に入ってから一番驚いたかも知れない。
もちろんそれがSNSに使用されると決まったわけではないのだが、
この店で、この状況下でその行為をするとなれば十中八九そうだ。
写真をどういうキャプションで投稿するつもりなんだろう?
まさか『今日はお洒落カフェでリラックス♪』とか書くのか?
いやいや、そこは『今日はお洒落カフェでリラックマ♪』が正しい(?)
鹿子田先輩、インスタグラム脳なんだ(?)
映え映えダンスとかするのかな(?)
―――俺もカスタネットを持ちながら参戦したい(?)
「あ、写真撮るんですね」
「・・・一応、SNSに・・・あげたり・・・する・・・」
どうしよう、自白した、てか、蛙さながらゲロった(?)
話しながらフォークを動かしているものの、一向にケーキは減らない。
食べてるのに、全然減らないな……?
いや、食べてるのか・・・?
「SNSやってたんですか?」
「・・・・・・教えない・・・よ・・・?」
「聞きませんって」
社会人になって十代の軽いノリは通用しない。
無礼講な酒の席ならともかく、だ。
プライヴェートと分けている人もいるし・・・・・・。
しかし何処に地雷ポイントがあったのか、いや、世の中は地雷だらけなのだ、
鹿子田先輩はいきなり落ち込む。
フォークを持ち直しながら、一瞬だけ考えるように動きを止める。
「・・・わかる・・・私のSNS・・・なんて・・・見る時間あったら・・・、
蟻の行列・・・観察か・・・ショート動画で・・・、
ゴールデンレトリバー・・・のおまぬけなの・・・見るよね・・・、
あと・・・ティックトックの・・・浮かれ電飾・・・見るよね・・・」
「言ってませんよ」
でも蟻の行列を観察するのはまぁまぁ楽しいと思うし、
命を大切にとかのたまっているヴィーガンおばさんが、
蟻を殺す液体を穴の中へ流し込んでいるさまは興味深く捉えられる(?)
サイコパスか。
ただ、ゴールデンレトリバー可愛いもんな。
この人、大型犬好きなのかな、と思う。
―――あの、ティックトックについては、ノーコメントで(?)
*
「・・・ん?」
あ、『スパカモラヴ姉さん』がSNS更新している。
説明しよう、超高速スピードで交差点を駆け抜けたUFOのように(?)
『スパカモラブ姉さん』というのは、
別にスーパーロボット大戦、超合金って何ってことではない(?)
『スパカモ
(なんかスーパーマーケットでかもめがいるけど)』
関連の情報をよくあげている方の、
アカウント名だ。
なんかスーパーマーケットでかもめがいるけどシリーズは、
かもめなのに数百種類と呼ばれる変顔をし、
あと、変なポーズを決めまくった鳥と、
野菜と肉、ジュース、時には缶詰が組み合わされた、
んもう―――絶妙な変な、クスッとしてしまう、シリーズ。
社会人の清涼剤ですたい(?)
何を隠そう俺も、
『スパカモ』の大ファンなので、
スパカモ愛に満ちた発言に魅了され、
つい最近彼女のことをフォローし始めたのだが―――。
スマホの画面に映るSNSには、
片思い中の後輩とランチなう?
という、非常に香ばしい写真と文字―――だ。
おっと、つい口元が緩んで嘲笑的に見えたか、鹿子田先輩が、
口を開きかけて、わずかに眉をひそめ、
そのまま少し眼を伏せて、カフェラテに逃げてしまう。
あと、ケーキを見つめながら会話を続けるが、
ケーキは完全に視線の避難場所として機能している。
そういえば、鹿子田先輩、
『どのフィルターに・・・するか……』
と本気で悩んでいるみたいだったな。
店員が『申し訳ありません、ただいま満席です』と笑顔で応対し、
明らかに忙しそうな視線を送っている。
やっぱり昼休みにこんなところへは来るもんじゃないな、と思う。
順番を待っている客がスマホを眺めながら、
チラチラ店内の席の空き具合を確認している。
「・・・・・・え、」
って、あれ、あれれ、
名探偵コナンじゃないけど、あれれのれ、
スマホの画面に映るSNSの写真のこのケーキ・・・、
ちょうど今、鹿子田先輩が食べてるやつと同じだ。
カップを置いた時のコツンという微かな音が、
カフェのざわめきの中で一瞬だけ耳に残る。
もしかして『スパカモラブ姉さん』も、
この喫茶店に来てるのか・・・・・・。
芸能人とかではないのでこういうこともあるのだろうか、
いや、分からないが―――だとしても、すごい偶然だな。
コーヒーマシンの蒸気音が遠くから聞こえ、豆を挽く音が微かに響いている。
しかしまあ、全国チェーンなので、別店舗の可能性が濃厚だが、
同じケーキを同じ時間に食べてたって別におかしくは―――。
おかしく、は・・・・・・。
(・・・・・・いや、待て)
これ、ケーキだけじゃない、カップのカフェラテ、
それに置いてある食器の位置、机とトレーの位置、
何もかも同じだ、くらっとくる。
それにこの写真の奥の方に写っている人物、
ピントが合ってないから確実にそうだとは言えないが、
俺のようにも見えてくる。
「・・・・・・」
つい、まじまじと鹿子田先輩を凝視してしまう。
社会人になって十代の軽いノリは通用しない。
無礼講な酒の席ならともかく、だ。
プライヴェートと分けている人もいるし・・・・・・とか、
コーラの原液を五十倍ぐらい薄めていた人間が、
いきなり黄金伝説するVTRがこちら(?)
「・・・・・・なに?」
「つかぬことをお聞きしますが―――」
それは社会人便利語の一つ。
先程までの話題と関係のないことを持ち出したい時の、
クッション言葉であり、不躾なのだよ伯爵様だったり、
失礼だとまじ思うけどサイコパス診断受けろよって時に、
使われるとか使われないとか・・・。
それはたとえばファミレスで、隣の席の人が、
筋肉ムキムキなのにお子様ランチを食べているようなもの(?)
チョコレートパフェは許せるんだけどね(?)
「・・・うん・・・言って・・・・・・」
「やっぱり、そのアカウントを教えてもらうことって・・・」
鹿子田先輩はカップを持ち上げたものの、飲まずに一度戻す。
指で縁をなぞっている。じれったい動きだ、ジレンマだ、じれじれ、だ。
「・・・駄目、それがゆすりかたりの・・・、
道具になるから・・・そして気が付くと・・・この着ぐるみをしろ・・・、
これは駄目・・・絶対駄目・・・こわい・・・(?)」
「しませんって・・・・・・・」
でもガードは固い。正面突破は無理のようだ。
まあ、鹿子田先輩のフォロワーになりたいんですけどって変なものだ。
別にSNSになど一切興味はないが、
千人以上ですごいと評価されるレベルで、
一万人以上ともなればマイクロインフルエンサーだ。
『スパカモラヴ姉さん』は、二万人ぐらい―――いる。
知名度はそこまでかも知れないけど、ちょっとした有名人だ。
一九六八年発売の初代人生ゲームで遊びたくなる。
そういう人が世の中にいるのは知っている話だけど、
そういう人が眼の前にいて、鹿子田先輩であり、
そのうえ、『スパカモラヴ姉さん』となると話は変わる。
しかし、こういうのっていつもタイミングが悪い。
「・・・食べ終わった・・・から・・・、
私は・・・もう行くね・・・」
通常運転にも見えるが、
しかし、ちょっと名残惜しそうにしているようにも見えてくるから、
もうカフェとSNSというフィルターのせいとしか思えない。
「は、はい、お疲れ様です」
「・・・・・・小日向君は・・・ゆっくり食べて・・・」
うーん、と顎に手を当てながら考える。
『スパカモラブ姉さん』が、鹿子田先輩―――というのは、
さすがに考えづらいか。
別にそういう趣味自体はおかしくはないのだが、
普段とキャラが違いすぎてコペルニクスだし、
コロンブスの卵すぎるし、
『片思い中の後輩とランチなう?』
という、パワーフレーズに動揺しすぎている気もする。
相撲力士の張り手で脳震盪を喰らって、
土佐犬に顔を舐められているような気分だ。
鹿子田先輩の真似をして、持ち上げたカップの底に手を添えると、
ほんのりとした温かさが伝わってきて、一瞬だけ指をずらして持ち直す。
『片思い中の後輩』になりたいわけではないし、
今の今までそんなことを考えたこともないが、
ドキッとした―――のだ・・。
*
―――そして仕事終わり。
その日はスパカモの新作グッズが出るというので、
会社から少し離れたアニメグッズ販売店まで足を運んだ。
ちなみに『とらのあな』ではない(?)
駅から徒歩八分、大通りから一本外れた道沿いにあるこの店。
外観はごく普通の雑居ビルの一階だが、
硝子越しに見えるポスターの数々が、
ここがただの店ではないことを物語っている。
リア充やドキュン、陽キャすげえよなあってこと、
ここは、アニメグッズ販売店―――『アニマルズ』
扉を開けると、少しむっとする独特の空気。
あと、店員の挨拶が異様にテンション高い
『本日もありがとうございます! スパカモ新作入荷しました!』
と、声をかけてくる。
何度か来ているので、顔を覚えられたのかも知れない。
宝石かよって思うが、ファンにとってはそれに等しく、
マニアにとってはそれ以上の生きる意味(?)
世に巣食う軽さ、ヘリウム、ガス、軽さを、
錬金術できないかって考えた世界の半分の人々は、
それを摂取することで世界の半分を理解する―――珠玉の逸品(?)
新品のフィギュアの塗料や紙製パッケージの香りが混ざった、
“オタクの空間”にしかない―――匂いだ。
店内は広くはないが、
通路はびっしりと並んだグッズで埋め尽くされている。
壁一面に並ぶポスター、棚にはアクリルスタンド、
キーホルダー、ぬいぐるみ、フィギュアの数々。
店内の棚にぎっしり並ぶフィギュア、
それぞれの箱が微妙に色あせているものもある
中央のテーブルには新作グッズが並べられ、
その前には数人の客が足を止めている。
レジ前には、すでに戦利品を抱えた客が支払いのために並んでいるが、
反面、フィギュアの箱を持った客が、
値段を確認して小さくうなずいたり悩んだりして―――いる・・。
で―――で・・・・・・。
「ううん・・・葱の入った籠を背負いながら変顔して・・・、
何故か野茂英雄のトルネードを・・・やろうとしてみた・・・
というフィギュアも・・・痺れるけど(?)」
情報量多いな。
あと、箱の裏側の説明をじっくり読んでいて、
指先で箱をひっくり返し、素材の仕様を確認している。
多様性なの、ジェンダーなの、LGBTなの、あと少子化。
「こっちの・・・スーパーマーケットで焼肉セットを・・・
買い求めながら・・・変顔して・・・何故かムーンウィーク・・・
してみたというフィギュアも・・・おハイソ(?)」
おハイソなんだ。
それからフィギュアのパーツがどれだけ、
細かく作り込まれているかチェックして、満足そうに肯く、
へのへのへもじ、ではないな。
名無しの権兵衛、ではないな。
―――そう、鹿子田先輩が、いた。
まさかとは思ったが、本当に鹿子田先輩が来ていた。
『スパカモラブ姉さん』も、
SNSで今日は新作グッズが発売されるから、
仕事終わりお店に向かいますと投稿していたけど、
そもそも、情報源そこで、それに便乗しているんだけど、
やっぱり―――なのか?
それとも―――なのか?
鹿子田先輩が、いた。
『スパカモラブ姉さん』は、やっぱり鹿子田先輩・・・?
しかしそれがどうかはこの際さておくとしても、
さておくとして―――も、
鹿子田先輩、あれ、相当ずっぷりのどっぷりの、
オタク寄りのファンだな。
いままでまったく気付かなかったのが不思議なぐらいの、
片足を沼に突っ込んでいる一挙手一投足だ。
軍艦島はオーシャンビューな廃墟。
スパカモ馬鹿にされただけで膀胱留置カテーテルに(?)
周囲に眼がいっていないし、
本気で物色にかかって―――いる。
あと、独り言も、ナイスアシストで、洩れて―――いる(?)
「でも、葱の入った籠を背負っている―――の本数が十三本なのも、
いいし・・・、スーパーマーケットで野茂英雄っていうのも・・・」
数えたらしかった(?)
完全に沼の住人の思考。
いやいや、この人こんなに細かく、
ディティールをチェックするタイプだったのか?
といって、十二本でもいいのだろうが・・・・・・。
あと、野茂英雄、ビールのCMやってなかった?
「スーパーマーケットで焼肉セットを買い求めて―――の、
中に、あえてレバーやホルモンを入れてる―――のも、いいし・・」
ファンというのは、その鑑識眼によって、
様々なポイントを自らに課しているものだ(?)
ごはんにたらこがあるだけで幸せな気持ちになるように、
はたまた、いくらがちらし寿司の上にあるだけで贅沢になるように、
誰にも邪魔できない、そして触れてはいけない、
甘く、切ない、そしてディープな奥行きを持った、秘密の世界(?)
世の中にはそれほどではなくとも、社交辞令的に、
表面上で好きと言う人が五万と、有象無象いるわけだが、
コマーシャリズムのきれいごと、
そういう気持ち悪いかも知れないオタクぶりに、
一種の憧れを抱く層もいるわけなの―――だ。
鹿子田先輩が、『スパカモラブ姉さん』なのだとしたら、
俺は一体どんな風に彼女のことを見るのだろう・・・?
「もう両方・・・買っちゃおう・・・かな・・・、
ポイントも・・・貯まってるし・・・、
見てるだけで・・・人生・・・頑張れそう・・・だし・・・」
頑張れるんだ。
鹿子田先輩、頑張れ(?)
―――などと思っていたら、
フィギュアの角度を微妙に調整しながら箱を傾けて、
「・・・この角度の・・・表情…最高かも・・・』と独り言。
ウフフ・・・ウフフ・・・、と変な笑い声も聞こえてくる。
完全に我を忘れていて、
近くの客が通ろうとしても気づかずに立ち尽くしている。
弁慶だ(?)
などと、背後から興信所の新人みたいな、
粗の目立つ尾行具合で決定的瞬間を観察する。
カフェとはまったく違い、鹿子田先輩は気付かず、
レジを済ませて足取り軽くヒャッホー言いながら帰っていった(?)
気付かないどころか、生き生きとして、別人のようだった。
声をかけるべきだったろうか、
問い詰めるべきだったろうか。
でも、ちょっと―――見てはいけないものを、
見てしまったような気がし、ちょっと、
そんなプライヴェートを覗いてしまって、
申し訳ないような気もした。
と、 スマホを開くと、まるで運命のように更新されている、
『スパカモラブ姉さん』の投稿。
そして、それに映るのはまさかの、
鹿子田先輩に押し戴かれていたフィギュアと全く同じモノ・・。
『葱籠トルネードと、焼肉ムーンウォークの二つを、
買っちゃった。
十三本の葱と、レバーやホルモンが、
ベリーナイスダンシングボクサー(?)』
スパカモラブ姉さんが浮かれている、
クスリと笑っちゃうぐらい、アヒャヒャアダージョという感じで、
分かり易く浮かれて―――いる(?)
この偶然を受け入れるには、俺はまだ心の準備ができていない。
―――保留、にするしかない。
眼を向ければ、そこには “葱籠トルネード” と、
“焼肉ムーンウォーク” のフィギュアが鎮座している。
スパカモラブ姉さんではないけど、
どちらも予想以上に作り込まれていて、
オタク心をくすぐりたおしてくる、留置場に入れたい(?)
焼肉セットにはミニチュアのレバーとホルモンがきっちり再現され、
謎のこだわりっぷり、でもそこがいいんだよな。
何処かで読んだけど、
ディティールにこだわることは愛を育むこと、
愛とは家族(オタク?)を見出すことで、
それが世界の幸せを増やすことだという理念があるらしかった。
などという、などと―――言う、
大前提は素晴らしくて拍手したいのだが、
奥のショーケースには、過去の限定グッズも並んでいる。
給料どころか眼ん玉もケツの尻子玉もぶっとんでゆきそうな価格帯。
―――超いかつい、ばりいかつい、ばちばちのピカチュウ(?)
発売からたった三時間で完売した“スパカモ・おでんダイブ”フィギュア。
抽選販売限定だった“スパカモ・ラーメン吸引力の謎”アクリルスタンド。
財布を見るまでもなく、見ているだけで幸せになるしか―――ない。
レジ前では誰かが「あ、これも追加で!」と爆買いしている。
ここは、ただのショップではない―――戦場だ。
オタクたちが自分だけの聖杯を求め、
財布と運命を賭ける場所だ。
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