18歳の憂鬱(3)

「ロッキーちゃん、動きがぎこちないよ。身体が上手く伸ばせないみたいな。」

 そう声をかけてくれた上品な客は、常連のポールダンサーだった。

「よく見ていますね。学校で喧嘩に負けちゃって。胸と腹に痛手を負っているのです。」

「ああ、この前は目に青痣作っていたわね。高校生は活発だね。そんな喧嘩も今のうちしかできないわよ。青春、青春! 」

 イジメを受けているのに気付いているのかいないのか、明るく笑い飛ばしてくれた。黒く光るレザーのブーツを履いた彼の細い脚がしゃなりしゃなりとカウンターの前を通り過ぎる。ソルティ・ドッグのオーダーが入り、グラスの縁へスノースタイルを施すのに苦戦する中、新規客である一人の男性が来訪した。常連の作家の恋愛話につきっきりになっているマスターに代わって、どうにか仕上がったグラスを提供した私は、急いでオーダーを取りに向かった。

「こんばんは。今宵は何をお召し上がりになりますか? 」

「こちらこそこんばんは。この種のお店に入るのは初めてで。お酒の種類もあまり詳しくないのだが、おすすめがあればそれをお願いしたい。」

 背の高い、身体にほどよく筋肉のついた、黒いポロシャツの似合う青年だった。

 種類は良く分からなかったが、何やら高級そうなカメラを首に下げている。

「ミッドナイト・サンは如何でしょうか? お客様の雰囲気にぴったりですし、実際おすすめのカクテルですよ。」

「どんな味がするの? 」

「甘い香りが漂う夜の果樹園のような味です。と言っても、私はウォッカとリキュールを抜いたモノしか飲んだことがないのですが。お作りしますね。」

「……失礼だったらごめん。君もしかして、未成年じゃない? 」

 なぜ分かったのか、と驚いた。と言いたいところだが、童顔な私は割としょっちゅうばれてしまう。

「そうなのよね。ロッキーは十時にはいなくなってしまう、このお店のシンデレラ。慰めてあげてよ、イケメン君。この子、イジメられっこでさ。この前は片目がパンダ、今日はパンチを受けて身体が痛くてたまらないんだって。可哀想でない? 」

 ソルティ・ドッグ一杯ですっかり酔ってしまったらしいポールダンサーが絡みにやって来た。喧嘩でなくてイジメって事には気付いていたのか、恥ずかしい。

 舌足らずなその口調に、急いで作った一杯の配分を、多少間違えてしまったかと不安になった。ソルティ・ドッグのウォッカの量は確認したつもりだったのだが。


 腕によりをかけて作ったカクテルの縁にチェリーとレモンをあしらって、私はカメラマンの前に置いた。興味深そうに、色々角度からシャッターを切っているのがとても嬉しい。

「ところでイジメを受けているの? 大丈夫?」

「ええ、まあ。弱そうに見えるみたいで、学校と名の付く場所に所属し始めてからずっと続いていることです。もう慣れてしまいました。できるだけ痛い思いはしたくないので、何か言われても受け流してしまうことが多いのですが。今回は犯罪行為を勧められたので。抵抗したらこのザマです。」

「でも今日のロッキー、ちょっと嬉しそうよね。何か良いことあった? もしかしてイケメン君に会えた事が嬉しくてたまらない? 」

 またもポールダンサーだ。今度カクテルを注文されたら、絶対に一緒にミネラルウォーターを渡すことにしよう。

「割と救いようがないくらいボコボコにされてしまったのですが、そんな私をたまたま発見してくれた同級生が助けてくれて。実はバイト前にその子と連絡先を交換して、少しお茶をして来たところだったのです。初めての経験だったから嬉しかったな。」

「ところでそのイジメって、セクシャルマイノリティの問題と関係していたりするのかな? 」

 カメラマンが急に、これまでと方向性を変えた質問を飛ばして来たので驚いた。

「ゲイバーに勤めてはいるけれど、私は別にゲイではありません。むしろ今まで友だちと呼べるヒトがいたこともないし、恋人もできた試しがありません。もしかして、取材か何かを目的にいらっしゃったのですか? 」

「ごめん。完全なる俺の興味本位だ。忘れてくれ。」

 カメラマンは申し訳なさそうに頭を掻いた。

「素敵なカクテルをありがとう。連絡先を交換した子と、きっと良い友だちになれるよ。ご馳走様でした。」

 しばらくしてカメラマンは去っていった。

 空になったグラスを片付けながら、私は殴られてできた痣とは違う種類の胸の痛みを感じていた。初めての感覚だった。

 初めての多い一日だ。モノトーンだった私の人生に突然ポロックが登場し、手当たり次第塗料を投げつけていったのかもしれない。


「恋……なのかな。」

 一週間くらい経った日の昼休み、私は白夜さんにカメラマンの客とのエピソードを簡単に話してみた。勿論会った場所の詳細とカメラマンの性別についてはぼかして、バイト中に出会った店員と客のエピソードという形に整えた。そして私が感じた胸の痛みについて、白夜さんはそう解釈した。

 服を借りた日以来、私たちはずっと一緒にいるようになっていた。初めは白夜さんもいじめの巻き添えを食わないかと遠慮していたのだが、むしろ白夜さんが私を見つけると手を掴み、例の教室へと連れ出してくれるのだ。そして白夜さんと一緒にいると、同級生たちは私に手出しをしなかった。

「恋とはそういうモノなのですか? 一度会ったきりですけれど。白夜さんはヒトを好きになったことはあるのですか? 」

 次々と質問を飛ばす私に、白夜さんは苦笑した。

「玄輝の場合は、恋というよりまだ一目惚れの段階だな。そこから片想いの段階を踏んで、両想いになると恋とは甘く良いモノだよ、なんて分かった風に言ってみるけれどもね。僕も好きなヒトがいるよ、現在進行形で。でもそのヒトが僕にとっても初めてだから、あまり良くわからない部分も多くて困っている。」

「白夜さんの恋について、詳しく聞いてみたいです。」

「それはまた、もう少し長い時を一緒に過ごしてからのお楽しみにしよう。ところで玄輝が言っているヒト、僕の知り合いとも繋がりがあるかもしれないね。カメラマン同士だし、今度聞いてみるよ。今日もスタジオに来る? 」

 放課後、アルバイトが始まるまでの間スタジオにお邪魔するのも、いつの間にか習慣化しつつあった。

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