24歳の困惑(1)
「ヒトは無意識であるほど、どこまでも残酷だ。」
二十四年生きて、初めて同級生の結婚式に参列した感想だ。
今の世の中では正式と定義づけられないモノだった。専門学校時代の知り合いである玄輝は、雨上がりの初夏の日、パートナーシップを共に結んだ男性と式を挙げた。相手は親友がかつて心の底から愛し抜き、そして記憶から永遠に消し去ったヒトであった。アタシたちの人生と永遠に関わらないと思っていた二人であった。こんな形でまたもや交わり合うとは……運命とは本当にわからないものだ。
「こらー! 休み時間だからといって備品で遊ばない! 」
社会人三年目ももうすぐ終わろうとしていたある日、人目がないのを良いことに同じ職場で働く白夜とカートで派手に遊んでいるところを先輩に咎められた。
普段ならあまりヒトのいない時間帯であったが、滑り込みで一組予約が入ったと聞いたような。すっかり忘れていた。
「どうもすみません。あ、白夜。カートはアタシが片づけておくわ。」
そそくさと先輩に連れていかれた白夜を横目で見ながら、アタシは元の位置へとカートを押していった。
仲良し二人組と職場のヒトには認識されているけれど、ここ最近実は少しアタシは白夜に複雑な思いを抱いていた。同時期に働き始めたのにアタシに比べて白夜は任される仕事が多いし、キッチンのゴミ箱へ興味なさげに放られた給料明細を見て知ったのだが、実はお給料もあちらの方がかなり多く貰えている。この式場のコンセプトの考案者というのもあるだろうが、ここまで歴然と差をつけられてしまうと将来がぼんやりと不安になっていく。アタシはここで白夜と一緒に働いていて、大丈夫なのだろうか? グルグルと巡っていた思考は、予約客であるカップルの一方を見た瞬間に吹き飛んでしまった。
……玄輝だ。会うのは四年ぶりだったが、人懐っこそうな目や透けるように白い皮膚は間違いなく玄輝そのものだった。白夜を目の前にしているからか、膝の上で微かに手の指が震えている。ということは隣に座っている……男性は? アタシは手元のリストにこっそり目をやった。
由良蒼波??
話には聞いていたが、実物を見るのは初めてだった。これが白夜の元恋人であり、今や玄輝のパートナーである蒼波か。
しかしながらよくも二人揃って呑気にこの式場へ来られたものだ。ウェブサイトには写真も名前も載っていなかったかもしれないが、コンセプトを見たらここで白夜が働いていると気が付くだろうに。
いや気づいたからこそ幸せな姿を見せつけに来たのか? 玄輝に関してはそんなに曲がった性格ではなさそうに見えたが、それはそれでタチの悪い嫌がらせだ。
視線に気付いてしまったのであろう玄輝とバッチリ目が合ってしまったが、素早く会釈をしてアタシはその場を退散した。
「白夜! アンタあのカップルの担当受けたの?! 」
「え? まあ男性カップルだと任されること僕多いし? 折角任されたお仕事だから頑張らなきゃ。最初お会いした時から担当になるよう先輩が勧めてくれていたのだけれど、一旦保留にされちゃってさ。そうしたら今日電話で連絡きて決定した。次回は衣装合わせをする予定。」
玄輝の担当を受けたと聞いた時は本当に驚いて、夕飯を食べようと冷蔵庫を探る白夜の背中に結構な勢いでクッションを投げつけてしまった。いきなり打撃を食らったせいか鋭い視線と膨れ面を向けられたが、これまでの激動の日々を考えるとそれすらも間抜けに思えてしまう。
専門学校の時白夜が元恋人との同棲を解消してこちらに引っ越してきてから、何だかんだアタシたちはずっと一緒に暮らしてきた。その間本当に色々なことがあって、ジェットコースターのような白夜の人生にアタシはブンブン振り回されまくっている。
一番重大な出来事だったのは、卒業式前日の夜に二人乗りバイクで起こした事故だ。自損であったのが不幸中の幸いだが、緩んだヘルメットでコンクリートに突っ込んだ白夜は頭を強く打ちつけた。
ずれたフルフェイスのヘルメットが守ったのは白夜の顔面のみだった。衝撃が緩和されたのか後ろのアタシは手足の打撲とかすり傷で済んだが、大破したバイクはそのままに二人とも救急車で近くの病院へ搬送された。
「頭は特に出血していたり変形したりはしていないのですけれどね……。どうも妙だな。」
中年の医師が首を傾げた。三日間眠り続けた白夜は目を覚ました後、数年分の記憶を失くしていた。専門学校の卒業式は、目を閉じていた白夜は勿論、運ばれる段階で既に目を開けて怪我の痛みに暴れまくっていたアタシも出席することはできなかった。
「僕はどうしてここにいるの? 病院? 一体何があったの? バイクで事故を起こしただって? まさか、僕はまだ免許を持っていないよ。明日は試合だ、遠征だから早く帰って準備をして寝ないと。何で僕は女性用の服を着ているの? そして目の前にいる女性は誰? 」
白夜は急に男性のような言動を取り始め、言っていることも辻褄が全く合わない。どうしようもなかったので、アタシは嫌々ながら白夜の過去を知る人物、玄輝に電話をかけた。
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