推しは深淵で輝く 〜現役アイドル配信者が無職の悪魔契約者とダンジョン攻略してみた件〜
夢乃アイム
プロローグ
【OP-1】祝福されし深淵
深淵に祝福を。
──それが、悪魔契約者連盟の合言葉であり、終焉の予告でもあった。
東京湾地下、封鎖された旧交通網の奥深く。
剥き出しの鋼鉄と異界の肉塊が螺旋状に溶け合い、天井も床もない無秩序の中に、「彼」は座していた。
ローブの裾は一片の風もなく、それでも揺れていた。
仮面の奥、その視線は誰にも読めない。
フォールン・ロード。
悪魔契約者連盟の最上位契約者であり、連盟本部の最深、「契約の祭室」にて沈黙を守る男。
一切の言葉を発することなく、ただダンジョンの“奥”を見つめるその姿に、崇拝とも畏怖ともつかぬ感情を抱く者は多かった。
やがて、扉が音もなく開く。
銀色のヒールが、血のような光を放つ床に触れる。
赤い瞳の女が、ゆっくりと歩み寄った。
肌は雪のように白く、黒髪は艶やかに揺れ、尖った耳に取り付けられた十字架のピアスが、かすかに揺れる。
最強の悪魔といわれる《アイン=ソフィ=ウル》の第二契約者。ルーチェという名で知られる彼女は、フォールン・ロードに囁きかける。
「ねえ、仮面の王様。今日も“神”の声は、聞こえないの?」
フォールン・ロードは、何も答えなかった。
沈黙こそが彼の言葉。
その姿に、ルーチェは満足げに笑みを浮かべる。
「ふふ……いいわ、その無言。まるで、“無”が語りかけてくるみたい。……ねえ、私、今日こそ“私”じゃなくなれるかもしれない……」
彼女の足元には、黒い水面が広がる。
それは異界へと通じる“深淵”──彼女が契約する《アイン=ソフィ=ウル》の気配だ。
そしてその“深淵”を、彼は拒まなかった。
まるで、そこに意味があるとでも言うように。
契約者の王たる青年は、仮面の奥で目を閉じた。
──この世界がまだ、再編される前の夜。
深淵の輝きが、誰にも見えない場所でそっと瞬いた。
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