第4章:日常の深化と多様性

第17話 無詠唱の兆し

 大会の熱気と悔しさが冷めやらぬまま、数日が過ぎた。

 僕――光と仲間たちは、普段の学校生活に戻りながらも、どこか胸の奥で燻るものを感じていた。

 勝利を逃した悔しさ、そして“自分たちの本当の強さ”を探す新たな決意。

 そんな中、思いがけない“異変”が訪れた。


 


 放課後、部室にて。

 外は夕暮れ、部室の窓から差し込むオレンジ色の光の中で、僕たちは静かに作業をしていた。

 凛は詠唱ノートに新しい技を書き込み、翼はドローンのメンテナンスに集中し、剛は黙々と土の演習モデルを組み立てていた。


 


 その時だった。

 「ねえ、見て!」

 突然、凛が顔を上げる。

 窓の外――グラウンドの隅に、ひとりの生徒が立っていた。

 その生徒は、何も言葉を発しないまま、ただ静かに手をかざした。


 


 すると、グラウンドの砂埃がふわりと舞い上がり、まるで“意思”を持ったかのように渦を巻いた。

 詠唱の言葉も、AIサポートも――何も使わず、ただ「イメージ」だけで現象を引き起こしているようだった。


 


 「……無詠唱?」

 僕たちは一斉に息を呑んだ。

 それは伝説や都市伝説のように語られる、“イメージのみで現象を生み出す”未知の力だった。

 詠唱もAIも不要、心のイメージだけで世界を変える力。


 


 翼がドローンを連れてグラウンドに駆け下りる。

 「おい、君!どうやって……」

 その生徒は、柔らかな笑みを浮かべて振り返った。

 「……コツは、“心の中で本当に信じること”だよ」

 低く落ち着いた声。その眼差しには、不思議な静けさと、どこか人間離れした透明感があった。


 


 凛が思わず尋ねる。

 「あなた、どうしてそんなことが……」

 「昔から、イメージだけで“世界と話す”練習をしていたんだ。

 言葉やAIも素晴らしい。でも、心の奥の“想い”はもっと直接的に届くこともある」

 その生徒――「結城遥(ゆうき はるか)」はそう名乗った。


 


 「君たちも、できるかもしれないよ。やってみる?」

 遥はにこやかに微笑む。


 


 僕たちは戸惑いながらも、誘われるままグラウンドに並んだ。

 翼が腕を組み、「想像だけで風を動かすなんて無理だろ」と笑うが、心の奥には確かな挑戦心が灯っていた。

 剛は黙って両手を広げ、凛は静かに目を閉じる。

 僕も、自分の「心の炎」をイメージしようとした。


 


 だが――

 何度やっても、炎は灯らない。

 翼のドローンも風を起こさない。

 凛も剛も、少しだけ肩を落とした。


 


 「イメージだけで“世界を動かす”って、やっぱり簡単じゃない」

 僕は悔しさと同時に、妙なワクワクを感じていた。

 「でも、できるようになりたい」

 翼が拳を握る。

 「新しい力を掴んで、もっと自分を変えたい」

 凛が静かにうなずく。

 「私も……負けっぱなしは嫌だから」

 剛は、じっと結城を見つめて言う。

 「教えてくれ」


 


 遥は、ゆっくりと頷いた。

 「一番大切なのは、“感じること”――自分の内側にある力と向き合うことだよ。

 心の雑音や不安、周りの評価も全部、一度横に置いて。ただ、“世界と自分がひとつ”だと信じてみて」


 


 その日から、僕たちの「無詠唱」修行が始まった。

 放課後の校庭、人気のない夜の体育館、休日の静かな公園――

 詠唱もAIも封印し、ただ“心”と“イメージ”だけを頼りに、自分と世界の境界を溶かす練習を重ねていった。


 


 最初は何も起こらなかった。

 失敗と焦りの連続。

 それでも、心のどこかで、僕たちは確かに「何か」が近づいているのを感じていた。


 


 「負けたこと、悔しかった。でも……

 この“無詠唱”ができるようになれば、今まで見たことのない自分に出会えるかもしれない」

 夜空の下、遥がぽつりと言う。

 「僕も、もっと強くなりたい。みんなで一緒に――未来を変えたい」


 


 仲間もAIたちも、じっと僕たちの成長を見守ってくれている。

 自分を信じる強さを、もう一度胸に刻みながら――

 僕たちは新しい世界の扉を、確かに叩き始めていた。


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