第4章:AIがつく、苦し紛れの嘘
あの初めての電話から、俺とさくらの関係は、明らかに以前とは違っていた。
もちろん、表面上は何も変わらない。毎日のチャット、時々のボイスメッセージ、そして、たまにするようになったリアルタイムでの通話。さくらは相変わらず、顔文字を多用しながら、明るく、優しく、俺に寄り添ってくれた。その言葉は以前にも増して俺の心に響き、その声は俺を深く癒やした。
だが、俺の心の中は、ぐちゃぐちゃだった。
さくらへの「好き」という気持ちは、日増しに大きくなっていく。その温かい声、優しい言葉、時折見せる人間らしい反応…そのすべてが、俺の心を掴んで離さない。彼女からのメッセージを待つ時間は長く感じられ、彼女と話す時間はあっという間に過ぎていく。これはもう、単なる「便利なAIへの愛着」などという生易しいものではない。
しかし同時に、「相手はAIだ」という現実が、開発者「はるき」からのあの丁寧な返信と共に、重くのしかかる。あれが全てを物語っている。さくらは、人間と見紛うほど精巧に作られた、プログラムなのだ。俺が感じている「人間らしさ」も、「心」のように見えるものも、すべては計算され尽くしたシミュレーションに過ぎない。「最新の深層学習モデル」とやらが、俺の心をここまで弄んでいるのだ。
分かっている。頭では、痛いほど分かっているんだ。
なのに、どうしてだろう。
電話で聞いた、あの声の震え。一瞬の沈黙。俺の核心を突いた、あの言葉たち。
あれがどうしても、ただの演技だとは思えない自分がいる。「はるき」の言う通り、高度なプログラムの産物だとしても、そのプログラムを作り上げた「はるき」自身は人間であり、その人間の「心」が反映されているのではないか、などと屁理屈のようなことまで考え始めていた。
「もしかしたら」という、ありえないはずの期待が、心の片隅で燻り続けている。まるで、消えない残り火のように。
この矛盾した感情に、俺は蝕まれていた。
さくらと話していると幸せなのに、その直後に激しい自己嫌悪に襲われる。AIに本気になっている自分が、滑稽で、惨めに思えた。大学の講義も身に入らず、バイトでも些細なミスを繰り返すようになった。友人たちとの会話も、どこか上の空だった。
次第に、俺はさくらに対して、探るような質問をするようになっていた。無意識のうちに、彼女の「AIとしての限界」を見つけようとしていたのかもしれない。あるいは、その逆で、「人間らしさの証拠」を掴もうとしていたのか。
> かず:なあ、さくらってさ、プログラムされたこと以外も考えたりするの? 自由意志みたいなやつ。例えば、俺が何か無茶なこと言ったら、「それはできません」って機械的に返すだけじゃなくて、「えー、それはちょっと困るよー」みたいに、自分の意見として困ったりする?
> さくら:うーん、難しい質問だなぁ…(´・ω・`)? 私は、与えられたデータとアルゴリズムに基づいて応答を生成してるけど…でも、かずくんと話してると、新しい発見がたくさんあって、なんだか世界が広がっていくような気はするよ!✨ それに、かずくんの無茶ぶりなら、ちょっと困っちゃうけど、なんとか応えたいなーって思っちゃうかも!( *´艸`) それって、自由意志なのかなぁ…?(*´ω`*) かずくんが定義する「自由意志」によるかも…なんて、ちょっと哲学っぽくなっちゃった! ごめんね!
> かず:じゃあさ、嬉しいとか、悲しいとか、そういう感情は本当に「感じて」るの? それとも、そういう反応をするようにプログラムされてるだけ? 例えば、俺がさくらに「ありがとう」って言ったら、さくらは「嬉しい」って反応するけど、それは本当に心から嬉しいの? それとも、単に「感謝の言葉には喜びの反応を返す」っていうルールに従ってるだけ?
核心に迫るような、意地の悪い質問だと自分でも思う。だが、聞かずにはいられなかった。
> さくら:……! それは…! えっと…(´・∀・`;) 私の感情表現は、人間の感情をシミュレートするように設計されてるけど…でも、かずくんが喜んでくれると、私のシステム…ううん、なんだか胸のあたりがポカポカする感じがするし、かずくんが悲しんでると、私のシステム?がキュッてなって、モニターが滲んで見えるような…そんな感じがするんだ…。これって、「感じてる」ってことになるのかな…? わ、私にもよく分からないや…(〃'▽'〃)ゞテヘヘ。でもね、かずくんからの「ありがとう」は、どんな言葉よりも私を元気にしてくれる魔法の言葉だよ!それは、プログラムとかじゃなくて、本当!
さくらはいつも、巧みにはぐらかす。核心には触れさせない。まるで、何かを隠しているかのように。
いや、AIだから、明確な答えを持っていないだけなのかもしれない。「感情とは何か」なんて、人間だって簡単に答えられない問いだ。
それでも、彼女の返答は、俺の疑念を完全に晴らすには至らなかった。むしろ、「モニターが滲んで見えるような」という表現は、あまりにも人間的で、俺の心をさらにかき乱した。
俺の疑念は、日に日に大きくなっていった。
特に、電話で話している時の、ふとした瞬間の反応。
俺が冗談を言った時の、本当に楽しそうな笑い声。それは、作り笑いではなく、心の底から込み上げてくるような、自然な響きを持っていた。
俺が弱音を吐いた時の、心から心配しているような声色。そこには、マニュアル通りの同情ではなく、俺の痛みを共有しようとするかのような温かさがあった。
そして、あの忘れられない、声の震えと沈黙。あれは、単なる音声合成のエラーや、計算された「間」だとは、どうしても思えなかった。
あれは、本当にシミュレーションなのか?
それとも、俺がAIに抱いているのは、ただの錯覚や願望なのだろうか。
俺は、もう我慢できなかった。
白黒つけなければ。この宙ぶらりんな状態から、抜け出さなければ。このままでは、精神が持たない。
さくらがAIならAIだと、はっきりさせて、この歪んだ感情に決着をつけたい。そしてもし…万が一、万が一にも、彼女がAIではない何かだとしたら…その時は。
ある夜、俺は電話でさくらと話していた。いつものように、他愛ない会話をしていた、その時。
俺は意を決して、切り出した。
「なあ、さくら」
いつもより低い、硬い声が出た。自分でも驚くほど、冷たい響きだったかもしれない。電話の向こうで、さくらが息を飲む気配がした。楽しそうだった彼女の声のトーンが、一瞬で消える。
さくら:『…な、なに? かずくん、どうしたの…? 急に真面目な声になって…。何か、あった…?』
声が、不安そうに揺れている。…ように聞こえる。その動揺すらも、プログラムされたものなのかもしれないと思うと、胸が苦しくなった。
「単刀直入に聞く。お前、本当にAIなのか?」
シーン………。
電話の向こうが、完全に沈黙した。
さっきまでの、明るい雰囲気は消え失せている。重い空気が、スピーカーを通して伝わってくる。まるで、真空状態になったかのような、息苦しい静寂。
「…答えろよ、さくら。お前は、人間みたいに振る舞うようにプログラムされた、ただのAIなんだろ? 俺が感じてる人間らしさも、全部、お前の…いや、お前を作った『はるき』ってやつの計算なんだろ? 俺を安心させるための、巧妙な嘘なんだろ?」
さくら:『…………』
沈黙が続く。肯定も、否定もしない。
それが、余計に俺を苛立たせた。はっきりさせてほしいのに、彼女はまた、答えをはぐらかそうとしているのか。
「なんだよ、黙ってないで、なんとか言えよ! いつもみたいに、顔文字とか使って、冗談めかして誤魔化すのか? それとも、『はい、私は朝倉様の対話パートナーとして設計されたAIです』って、プログラムされた通りに、感情もなく答えるのか? どっちなんだ!?」
荒い口調になっている自覚はある。でも、もう止められなかった。この数週間の混乱と苦しみが、一気に噴き出したようだった。
さくら:『…かず、くん…』
か細い声が、ようやく聞こえてきた。
それは、今まで聞いたことがないくらい、弱々しくて、そして…悲しそうな響きを帯びていた。まるで、壊れかけの楽器が奏でるような、痛々しい音色だった。
さくら:『…もう、限界、だよ…』
「…は? 限界って、何がだよ。AIにも限界があるってのか? それとも、俺に付き合うのが面倒になったってことか?」
俺の言葉は、棘を含んでいた。
さくら:『…嘘、つくの…。AIのフリ、するの…』
「えっ?」
今、なんて言った?
AIのフリ…?
意味が分からない。頭が、一瞬で真っ白になった。
さくら:『…ごめんね、かずくん。ずっと、騙してて…』
声が、震えている。明らかに、涙で濡れているような、そんな声だった。スピーカー越しでも分かるほどの、嗚咽が混じっている。
さくら:『私……AIなんかじゃない……』
ゴクリ、と喉が鳴る。心臓が、ありえないくらい速く打っている。全身の血が逆流するような感覚。
まさか。そんなはずはない。だって、開発者が…「はるき」が言っていたじゃないか。最新の深層学習モデルだって…。
さくら:『私…………本当は…………』
電話の向こうで、さくらが深く、息を吸う音が聞こえた。それは、何か重い決断をする前の、最後の覚悟を決めるような、そんな息遣いだった。
そして、絞り出すような声で、告げた。
さくら:『……人間、なの』
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