第2話 陰陽師の世界へ、ようこそ
──それから数日後。
俺、伊庭尚樹(いば・なおき)は、新宿某所にある地下施設に案内されていた。
見た目はただの古びたビル。だが地下へ続く階段を降りた先には、まるでSFと和風建築を融合させたような、奇妙に洗練された空間が広がっていた。
「ここが……陰陽師の研修機関?」
「ようこそ、国立陰陽術特別研修院へ」
案内役の青年は、今も白装束姿。だけどその足元はスニーカーだったりして、どこかちぐはぐだ。
「この場所は表向きは存在しません。登録された者しか存在を認識できず、結界によって外部からの干渉も防いでいます」
「なるほど……なんかもう、いろいろ超えてんな」
「慣れます。三日もすれば、式神と共同生活も当たり前になります」
「えっ、共同生活って何?」
聞き返す間もなく、奥の木戸が開いた。
そして──風が吹いた。
本当は風などないはずの地下施設。だがそこには確かに、清浄な気配とともに、ひとりの少女が現れた。
「あなたが……新入りの“特級適性者”ね?」
その声は澄んでいた。冷たさと知性を湛えた、山の湧き水のような声音。
現れたのは、十七、八歳くらいの少女。
長い黒髪は緩やかにウェーブし、銀の髪飾りが揺れている。装束は現代風にアレンジされた陰陽服。まるでファッション誌のモデルのように洗練されていて、目を引かずにはいられない。
だが、その中でもっとも印象的だったのは──瞳だ。
真っ直ぐに俺を見据える漆黒の双眸。どこまでも冷静で、隠された炎を感じさせる視線だった。
「わたしの名は月詠 真白(つくよみ ましろ)。陰陽術特別研修院の主席。あなたの教育係になるわ」
「し、ししし、しゅしせき……教育係……?」
「震えすぎよ。三十九にもなって、情けない」
「い、いや、見た目が完全に高校生で……」
「心配しないで。精神年齢はあなたよりずっと大人よ」
一刀両断である。心が折れそうだった。
彼女──月詠真白は、この研修院のエースにして、数百年に一度現れる“式神制御の天才”だという。年齢は確かに十八歳。だが、霊力の制御と戦闘経験はプロ級。呪霊討伐の現場にもすでに数十件同行しているとのこと。
「あなたが“安倍の血筋”だというのは、さすがに驚いたわ。でも、血筋だけでやっていけるほど甘い世界じゃない」
「……じゃあ、俺にはどれくらいの素質が?」
「未知数よ。だからこそ興味がある。正直、期待はしてないけど──少しくらい、退屈をまぎらわせてくれると嬉しいわ」
口では辛辣だが、どこか試すような目だった。
上から目線なのに、なぜか嫌な感じがしない。
むしろ、この少女はずっと孤独の中で、自分と釣り合う存在を探していたのではないか──そんな気さえした。
「なら、やってみせるさ。こちとらブラック企業で十八年、理不尽のプロだからな」
「ふふっ……面白いじゃない」
彼女の唇が、わずかに持ち上がる。
──それが、月詠真白という少女の、初めての笑顔だった。
それから、俺の研修生活は始まった。
厳しい訓練、個性的すぎる仲間たち、そして次第に見えてくる“呪霊災害”の真実。
だけど今は、ただ一つ──
「やっぱり、白い陰陽服……俺に似合ってる気がする」
「……言ってろ。変なところで自信家なのね」
こんな風に、強烈すぎる“少女上司”と一緒に、俺の第二の人生が幕を開けた。
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