第5話 遠くから
俺は見つめていた。
二人で暮らしていたアパートを。
鉄骨階段を上った二階の部屋は。
表札は昔のままで掲げられていなかった。
お金が勿体ないと。
部屋番号だけで済ませていたのだ。
だから。
ほんの少しだけ期待していた。
アイツが。
俺を待っていてくれることを。
アパートの前の公園で。
ブランコに腰かけながら見つめていた。
だけど。
ドアは開くことなく。
空しく時が過ぎていった。
夕暮れのオレンジ色が。
ブランコの鎖と、うなだれた俺の影を落としていた。
立ち上がろうとした俺の右手を。
暖かい温もりがギュッとした。
「えっ・・・?」
予期せぬ柔らかな感触に声を漏らした。
「ふふっ・・・」
クスッとするアイツに胸が熱くなる。
「あぁ・・・」
掠れる声を柔らかな両腕が包み込む。
「あほっ・・・」
耳元で熱い息が漏れた。
「どんだけ、待たすねん・・・」
ギュッとする声が震えている。
「あほっ・・あほぉ・・・」
暖かいものが首筋を伝わり、流れていく。
俺は。
言葉を返すことも出来ずに。
只。
ギュッとするのだった。
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