第8話 45点の聖夜

 京都・東山。

 その静かな寺院跡に、“幻宮の門”の兆しが見え始めていた。

 道場跡から現れた“黒の石碑”は、かつて幻宮を創り出した「封印者たち」の名を次々と映し出していた。

 前田利家。そして——ザイールの名も。


 だがその夜、エリザは小さな迷いを胸に抱えていた。



---


「どうしても、決めきれないんだ」

 そう呟いたのは悠人だった。


「俺の先祖は“幻宮”を封じようとした。

だけど……今の俺に、それを正しく“壊す”力なんてない。

なあ、エリザ。お前は、この世界に何を見てる?」


 エリザは静かに答えた。


「……悲しみ。

でもそれは、永遠に続くものじゃない。

だからわたしは、“悲しみの記憶”を封じるんじゃなくて、歌わせたいと思ってるの」



---


 そのとき、結月が言った。


「そういえばさ、エリザってカラオケ行ったことある?」


 突然の話題に場が和んだ。


「いや……ないわ。歌うって、どこか恥ずかしくて」


「じゃあ、試してみようよ!」

 結月はスマホを取り出し、近くの“旅館型カラオケルーム”を予約した。

(京都、なんでもあるらしい)



---


 カラオケルームにて。

 エリザが手にしたマイク。選んだ曲は、どこかで聞いたことのあるタイトル。


> 「恋人がサンタクロース」


 ラゼルが不思議そうに首をかしげる。

「それは……誰? サンタ……のクロース?」


 エリザは、戸惑いながらも歌い出す。

 サビの入りは合っていた。だがリズムが外れ、メロディは揺れ、最後はテンポも崩れる。


 結果——「採点:45点」


 しばし沈黙。


 だが、結月が突然吹き出した。

「ご、ごめん……でも、すごくよかった!逆に感動した!」


 悠人も笑った。

「不思議と……心に残ったよ。たぶん、点数じゃ測れない何かがある」


 エリザも、つられて微笑む。


「私、嬉しかったの。歌えるって、こんなに“今”を感じるものなんだって。

……過去でも未来でもなく、今だけを。私、ようやく……“ここにいる”って思えた」



---


 その夜、彼女の夢にザイールの母が現れた。


> 「歌ったのね、エリザ。

あなたが記憶じゃなく、“今”を生きたその瞬間に、門は反応するわ」



> 「さあ、帰りなさい。“宴”の準備が、もう始まっている」




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