音の最果て

@mi-kun-music

序曲 再生の夜

序曲 再生の夜




 フラッと立ち寄った小田急線の吊り革広告で目にしたことをきっかけに、ミュージカルを観た夜。

俺は真っ直ぐ帰宅するつもりだった。


 だが、電車を乗り継ぎ、灯りの少ない住宅街を歩く頃には、あの舞台の余韻が胸の奥で妙に疼いていた。

 あれほど「もういい」と思っていたはずの音楽が、脳裏の片隅で静かに蠢く自分の葛藤を揺るがす。切れかけた街頭に、虫が集るライトが瞬き自分の居場所は「これがお似合いだ」とでもいうように、影が揺れ笑っていた。

 帰って、風呂に入ったら、音によって疼く傷みもきっと消える。そう思っていた。


 部屋に着き、カップ麺に湯を注いだ。立ち上る湯気の向こう、スマホの通知がひとつ鳴る。


【ライブ配信中】マリン@叩きゲーマー

「なんとなく弾いてみた」


 マリン。

 マリンバだから、マリンなんて、安直すぎる名前に失笑しながら


 なんとなく開いたその配信。

 画面に映るのは、マリンバと、彼の無骨な出たち。あの木の鍵盤を、彼はゆるく、しかし淀みなく叩いていた。

 曲は、今夜のミュージカルの劇中歌。観客が静まり返り、ただ一人の声と旋律だけが空間を染めた、あの静かな名場面の音。



 ——息をすることすら忘れた。


 強くもなく、優しすぎるわけでもない。ただそこにある音。

 舞台で聴いた歌の輪郭が、木の音で再構築されていく。

 音楽を楽しんでいるというよりも、「ただやってみた」ような演奏。それなのに、息を呑んだ。


 そして、気づけば俺は——

 スタジオを借りて歌っていた。


 声が、勝手に出ていた。

 歌は諦めたはずなのに、あの幼い日に焦がれた音への想いが今も奥底で燻っている。


 気づけば、それを録音して、"サイハテ"として配信していた。



音の最果て、これが俺の夢への区切りだ。言い聞かせながら歌う





 歌い終え、シン…と静まったスタジオを感じ、ようやく「俺はなにをしてるんだ」と思った。

 でももう、遅かった。


 数時間後にはプロゲーマー、マリンの手により「サイハテの歌、聴いたか?」という数万件の投稿が拡散されていた。



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