《夢の記憶》

 真剣な様子の影写に乱麻は緊張感を伴わせた。そこから発せられた言葉は――

「霧美姫か、霧斗殿か、どちらかを判別しろ……かぁ。借りはたくさんあるけれど難しいことを言ってくれたなぁ……」

 自分の部屋で布団に敷かれた状態になったまま乱麻は横になった。布団はなぜか影写が敷いてくれた。一応、一つの借りだと言っていた。その割に難しい課題だと思うのだが。乱麻は処置された右腕を庇いつつ夜空を見上げた。この里の空は天気が移ろいやすいようだ。――また霧が発生している。

「霧が……発生している、ってことは……また、記憶が、戻るのか……」

 やはり戦艦の里の封凛といい、武器の里の綺羅といい戦闘後であったのでやはり疲れてしまった。乱麻は瞳を閉ざし寝息を立てた。

 ――乱麻。乱麻。

(……誰かに呼ばれている。声が同じだけど……違う人)

 乱麻は目を開けようとした。だが開かない。どうしてだが開かないのだ。しかし声は語りかける。

 ――あなたに術を掛けました。私と添い遂げる術です。

 乱麻は両目が開かない代わりに声を発した。

「あなたは僕になにを掛けたのですか? あなたは……誰ですか?」

 声の主は軽く笑んだ。それから優しく囁いた。

 ――私は霧美。あなたと添い遂げた霧美よ。

 乱麻は目を見開いて飛び起きた。それから現状を整理する。夢の中に現れた霧美は死んでいるのか。もしくは死んでいたとしたら、――自分になんの術を掛けたのだろうか。

「霧美姫はもしかして、僕の中で生きているのか? だったら、だったらあの霧美姫は……?」

 乱麻は霧美の弟である霧斗がすり替わっていると夢で予知した。それからの行動は早かった。まずは内線で影写に医務室へ来て欲しいことを伝える。

「できれば内密に……。霧美姫のことでお話したいことがあるんです」

『だったらお前の部屋に向かう。平気だ。俺は影を使って操れるし、分身もできるからな』

 内線を切った途端、布団と乱麻の影から青い髪がゆっくりと現れた。精悍な顔立ちの影写が乱麻に耳を傾けようとした。乱麻は夢の話をする。

「夢で霧美姫に会いました。霧美姫はその……僕の中に居る、と思われます」

「……やはりか」

「えっ――」

 すると今度は影写が話し出していく。

「俺は霧斗殿に扮した霧美姫とお前を奈落の底に、しかも迷いの森で崖から突き落としたんだ。どうしてお前が生きているかは不明だが、……普通は死んでいるはずだろう」

「……影写様」

 苦心な顔をして紡いでいく影写に乱麻はなんと声を掛ければ良いのかわからなかった。しかしそれでも影写は話し出していく。

「だが不明点はもう一つある。どうして霧美姫が俺に内密で、しかも危険に陥れてまで……自らの命を捧げてまでお前と、――乱麻を生かせたのか」

 確かにそうだ。本物の霧美は自らの命を捧げてまでなにを乱麻に託したのか。森の奥で乱麻となにを話したのか。だが、乱麻はそのことを思い出せないでいる。

「ごめん……なさい。影写、様……」

 今度は乱麻が涙ぐんで懺悔をすることになった。

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