幕間~俺が過去に飛ばされた日~
「ふぅ……」
仕事がひと段落ついて、パソコンから目を離して外に目を向けると、窓の外は黒色が大半を占めていた。
会議やメール対応、資料の作成といったタスクに追われていたら、気が付けば時計の短針は7を示していた。経った時間の流れを認識するのと合わせて、肩や腰に疲労感が遅れてやってくる。
仕事に慣れてくると同時に、身体に蓄積されている疲労感が少しずつ増えているように最近感じている。マッサージでも行ってみるか、そんなことを考えながら少しずつおっさんに近づいているなと苦笑する。毎週マッサージに行っている課長にそんなこと考えているのがバレたら、怒られそうだなと思いながら。
新卒で入った会社で働き始めて5年が経った。最初は出来ないことや怒られることばかりで大変だったが、最近では出来ることも増えてきてやりがいも感じられるようになっている。5年目になって配属された新人の指導員も任されて、自分が何となく行ってきたことを言語化する難しさや責任を実感しながら、日々成長する新人の姿が自分の励みになっている。
ただ、年次が上がって任される仕事や責任が重くなり大変なのも事実ではあって、
その中で支えとなっているのが、妻である陽華の存在だ。
陽華と俺が出会ったのは大学のサークルの新歓だった。二人ともそのサークルには入らなかったが、そこで趣味や共通点が多いことが分かって意気投合し、一緒に講義を受けたり出かけたりするようになった。その中で、彼女の優しく明るい性格に触れるうちにもっと一緒にいたいと思うようになり、俺から告白して付き合い始めた。
よく、付き合って相手のことを深く知ると「思っていたのと違う」と感じることもあるそうだが、俺たちの場合はそんなことなかった。深く知れば知るほどに好きになってゆき、気が付けばお互い社会人になっても関係は続いていた。勿論、喧嘩することも度々あったけれど、その度にいっぱい話し合ってお互いの価値観を擦り合わせていった。
そして昨年、俺たちは夫婦になった。プロポーズは彼女の実家近くで行ったが、あの時に見た景色は今でも網膜に焼き付いている。
スマホに通知が来ると同時に、待ち受けの写真が画面に浮かぶ。それは、新婚旅行の時に撮ったツーショットだった。
パソコンに目を戻して、現在抱えているタスクを確認する。喫緊で終わらせなければいけないものは、全て終わっている。
「そろそろ帰らなきゃな」
帰り支度を始めると、田原が声をかけてきた。
「田中、お疲れさま」
「お疲れさま」
田原は新人の時の研修で同じグループで、研修が終わってもグループの仲間で遊びに行ったり飲みにいったりしていた。自分の家に招いたこともあって、陽華とも顔馴染みだ。
最近は俺が結婚したこともあり、集まる機会が減ってしまっているが今でも大切な仲間だ。
「元気にしてる? というか太った? 幸せ太り?」
「うるせえわ……まあちょっと自覚はあるが」
「自覚あるのか……でも陽華さんの料理美味しいから仕方ないよな…………いいなー」
「陽華の料理は日本一だからな」
「はいはいのろけご馳走様です……そんなことより今日飲みにいかない?」
「そんなこととか言うなよ……そうだな折角誘ってくれたのに申し訳ないが今日はパスさせてくれ」
「えー、何か用事とかあるのか?」
不満そうな顔を浮かべる田原。少し心苦しいが、今日はどうしても行けない事情がある。
「今日は俺と陽華が付き合い始めて9年目だから、軽く家でパーティーをするんだ。だからどうしても行けない」
「結婚記念日じゃなくて付き合った記念日!? 本当二人ともアツアツだな……じゃあ仕方ないか、一人で寂しく飲むことにするかー」
「すまん、次は絶対に行く……吉岡とか誘ってみたらどうだ? あいつどうせ暇しているだろうし」
吉岡は俺と田原と同じグループのメンバーで、体格がむちゃくちゃ良いナイスガイだ。
「……あー吉岡か、確かにあいつは暇しているかも……声かけてみるわ。どこの部署だったっけ?」
「第四営業部だったかな」
「おっけ、じゃあ下の階か。声かけに行くわ……今度は絶対に来いよ、約束だからなー」
「勿論だ」
「ならよし……じゃあお疲れ、陽華さんによろしく!」
「おう、またな!」
走り去っていく田原の背中が見えなくなるとともに、俺は自席を立ち帰宅の途についた。
それから、約1時間後。俺は過去の世界に飛ばされた。
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