第2話 聡子の恋愛観
聡子がその彼氏に、
「騙されていた」
と思ったのは、大学三年生の終わり頃だった。
大学での勉強を頑張ったおかげか、何とか3年生までの間に、習得すべき単位をすべて習得できた。
「これで、心置きなく就職活動ができる」
ということであった。
ただ、聡子が就活をしている時というのは、正直、
「就職難の時代」
といってもよかった。
特に正社員の募集はそれほどあるわけでもなく、かといって、派遣もそこまではなかった。
最初は、
「付き合っていた彼がいることで、就活も頑張れる」
と思っていたが、すでに彼氏はいない。
しかも、自分を裏切った男ということで、正直、思い出すのも嫌だった。
その時に感じたのは、
「元々都会の人間で、本命だと思っている彼女も、同じ都会育ち」
ということで、
「もし、自分も都会育ちだったら、あんな女に負けることなどなかった」
と思った。
「本命の彼女」
というのを見たことがあったが、
「私に比べて、あんな蓮っ葉な女」
ということを感じていた。
彼女が出た大学は、全国から学生が集まってくるが、これは、彼女の出た大学に限らず、
「都会の人は、都会の人同士」
「田舎の人は、田舎の人同士」
という結びつき方をする。
それは、
「都会の人同士が最初に結びつく」
ということからきているのではない。
むしろ、
「田舎から出てきた人が田舎の人と結びつくことで、自然と都会同士が結びつくということになるのだ」
ということであった。
それだけ、
「田舎者のコンプレックス」
というものが強いということであるが、中には、
「都会に染まりたくない」
という思いから、わざと、田舎の人間を意識する、田舎出身者もいるということであった。
そんな田舎出身というコンプレックスを自分で意識し始めると、コンプレックス解消に、
「逆に、田舎の人と一緒にいる」
という考えも浮かんでくるのだった。
というのは、
「東京の人といっても、元々は田舎から出てきた人」
ということで、
「相手よりも先に東京にいる」
ということをステータスにして、
「相手にマウントを取る」
ということが、どれほどあさましいものかということに、誰が先に気づくかということになるだろう。
聡子は、
「自分が先に気づいた」
と思っている。
そして、そのことに気づくことができたのは、
「自分の中にある、カリスマ性のおかげだ」
と思うのだった。
だから、
「彼氏に裏切られた」
という思いから、もちろん、ショックではあったが、そのショックというものが、
「自分の自尊心を傷つけられたことによるものだ」
ということが分かっているから、またしても、感覚がマヒしたおかげで、ショックが尾を引くということはなかったのだ。
「いずれ、また誰か現れる」
と思ったが、
「待てよ、私には田舎に待たせている新吉がいるじゃないか?」
と思ったのだ。
そもそも、
「なぜ、すぐに新吉のことを思い出さなかったのか?」
というのが疑問だった。
新吉のことを忘れていたわけではない。もちろん、嫌いなどということはあり得ないだろう。
「好き嫌いというレベルではない」
ということだろうか?
もし、そう感じているのだとすれば、
「それは、恋愛していたと思っている時期が、高校生だった」
ということで、
「大学時代と高校時代のギャップというものが、かなり大きかった」
といってもいいだろう。
確かに。
「高校時代というものは、大学入試のための時間だった」
といってもよく、
「本来なら、青春の真っただ中にいるわけで、受験勉強よりも、本来なら身につけなければいけないものがあるはずの時代ではないか?」
ということで、
「大人になっても、まだまだ子供」
といわれる人が多いのではないかということをよく聞くが、
「世の中というものが、子供の成長を妨げるような体制を作っているのではないか?」
と思えてならないのは、聡子だけではないだろう。
聡子は、結局、都会でも、田舎でも、
「就職はどっちでもいい」
という中途半端な気持ちになっていた。
表向きには、
「田舎に帰って就職したい」
とはいっていたが、心のどこかで、
「今の状態で田舎に帰れば、都会から逃げてきたと思われるのは必至ではないか」
と聡子は感じていた。
しかも、そのことに一番敏感なのが、新吉であり、そう思えば、
「一番そのことを悟られたくない相手が、新吉なんだ」
と感じたのだ。
それでも、結局、就職は田舎の会社となった。
内定は数社あり、
「東京でも、田舎でも、それなりに内定はもらえた」
ということであるが、東京の会社には、正直魅力はなかった。
企業の規模というよりも、東京の会社のほとんどは、
「採用人数が、かなり多い」
ということであった。
ということは、
「それだけ、残る人が少ない」
ということになるのではないだろうか。
採用人数が多いところは、
「一年も経てば、3割くらいしか残らない」
ということをいわれていて、
「それを見越して採用している」
ということだ。
つまり、
「就活によって内定がもらえることが、本当の入社ではなく、実際に1年でもやってみて、その間に、ふるいに掛けられる」
ということを考えれば、よく考えればおかしな会社だといってもいい。
少なくとも、
「辞めるかも知れない社員に、一年間、給料を払うというわけで、その間にも、人件費がかかるというわけで、本来であれば、就活の時に見極めるべきところを、見極め切らない人事の無能さ」
ということを考えると、
「会社の体制であったり、トップの考え方がおかしい」
といえるだろう。
さすがに、そんな会社に内定をもらっても、
「あくまでも滑り止め」
ということであり、
「他どこも内定がなければ、そこに行くしかないか?」
とも思ったが、そんな会社に入るくらいだったら、
「バイトか派遣から始める」
ということもありではないだろうか?
どこまで本当かは分からないが、
「正社員への登用あり」
というところも少なくない。
「ふるいに掛けられるよりも、下から這い上がる気持ちの方がいいかも知れない」
と感じるのも、無理もないことであろう。
それを思えば、
「都会にいるよりも、田舎の方がいい」
ということで田舎に戻ってきた、
頭の中に、新吉がいないわけではなかったが、
「まずは就職」
ということで、必要以上に、意識はしなかったのだった。
ただ、大学生となって、この街を出ていった時と違って、
「この4年間で変わったのは間違いない」
とは思っているが、
「その間に、同級生だって、きっと変わってしまったに違いない」
とは思いながらも、
「一番変わったのは自分だ」
という気持ちが強くなっていると感じたのだ。
あくまでも、
「錯覚なのか」
それとも、
「感覚がマヒしているか」
ということのどちらかなのだろうが、どっちなのか、考えあぐねているようだった。
実際に、新吉に遭ってみると、最初は、
「ああ、やっぱり田舎者だ」
と聡子は感じた。
その時、
「これだったら、私が主導権を握ることができる」
と感じた。
これは、実は田舎に帰ってきて就職した会社でも感じたことだった。
特に田舎の会社の人は、
「大学時代だけ、東京にいっていた」
ということに、何やら意識が強いようで、
「ずっと東京育ちだ」
という人に比べれば、その意識は数倍強いと思えるくらいであった。
さすがに、
「数倍」
というのは言い過ぎで、それだけ、自分の側が有利だと思っているかという意識の表れに違いがないのだろうが、逆に、
「自分がマウントを取っているわけではない」
という正当性を考えている気がして、余計にその感覚が強くなってくると感じるのであった。
だが、その思いを増幅させたのは、新吉との再会からであろうか。
新吉の言葉が、昔と違い、自分に対して上目遣いであり、
「それだけへりくだっているのではないか?」
と感じられたからであった。
それは、新吉よりも、会社の同僚や先輩の方が強かった。
「ずっと東京にいた人に対しては、田舎の人は、そのへりくだり方が強すぎて、それこそ、自尊心を傷つけられる気がするということから、余計に、田舎者を感じさせる」
と思うのかも知れない。
そのことは、
「自分が都会に出た時に感じたことではないか?」
といえる。
しかし、
「大学に入学した」
という解放感と、さらに、
「東京への憧れ」
というものの、両方のプラス要素から、感覚がマヒしてしまうだけになり。
「自尊心を傷つけたくない」
という意識を、
「感覚がマヒしている」
ということで片付けようとしたのかも知れない。
だから、自分には、
「コンプレックスは感じなかった」
ということで、田舎に帰ってきてからも、
「都会人という目で見られる」
ということに、
「マウントを取ろう」
という気にはなるが、
「コンプレックスを感じる」
ということにはならない。
ただ、自分の出身の街で、まるでよそ者のように見られるのは、どこか自尊心を傷つけられているようで、気持ちのいいものではなかった。
それを紛らわせてくれる存在が、新吉だったということで、今までとは違った意味で、
「新吉の存在感が、自分の中で大きくなってきた」
と思うようになってきた。
見た目には、
「男性を立てている」
という雰囲気を醸し出しているように見える聡子であったが、実際には、
「あなたよりも、私の方に主導権がある」
といつも思っていた。
というのは、そもそも、新吉には、決断力というものが欠けていた。
そこが、
「どこか子供のようなところがある」
と、高校時代から感じていた。
「高校生なんだから、子供っぽいところがあっても、それは愛嬌ではないか?」
と思っていたが、特に、新吉に対しては、そう感じるようになったのであった。
だが、それが、
「自分が相手に比べて、大人なんだ」
という、
「優越感だった」
ということに気づくと、
「自分が、東京での彼に対しても、優越感を絶えず感じていた」
と思うのだった。
優越感に浸るというのは、
「自分の相手に対する劣等感の裏返しだ」
という当たり前のことに気づいていない。
逆に相手は、
「この人は、自分に対して劣等感を感じている」
と感じることができると、相手の裏にある優越感も感じることができ、
「それが逆に、自分が相手に優越感を持たせる隙間を与えてくれている」
ということで、
「心の中の遊びの部分を持つことができている」
と思えるだろう。
それを思えば、相手に、
「マウントを取る」
ということもなく、主導権を握ることができる。
その遊びの精神がなければ、
「主導権を握るには、マウントを取らなければいけない」
ということになるのだと考えるだろう。
つまり、
「気持ちに余裕がなければ、主導権を握ることができない」
だが、どちらかが、明らかな主導権を握らないと、お互いに進む方向が分からなかったり、
「その方向が間違っているのか?」
あるいは、
「お互いにすれ違っているのか?」
ということが分からないのだ。
というのは、
「それだけ、お互いに譲り合う気持ちもなければ、一緒にいることの意味すら分からなくなっている」
といってもいいだろう。
田舎に戻ってきてからの聡子に、そこまで分かるわけもなかった。
もっといえば、
「恋愛」
というものが分かっていなかったのだ。
「結婚のための、前ステップ」
ということで、
「まるで、昭和の頃の考え方だ」
といってもよかっただろう。
ただ、これは、新吉にとっても、同じことであり。
「まだまだ、二人の付き合いは、子供の恋愛ごっこのようなものだ」
といってもよかった。
さすがに、ままごととまでは思っていなかったが、まわりの人には、そこまで見えていたのかも知れない。
それでも、二人にとっての時間は、
「他の誰も寄せ付けない」
といってもいい時間であった。
それを、
「これこそが恋愛なんだ」
ということで、二人の時間を大切にするということを、お互いに感じていた。
だから、誰にも入り込めない雰囲気が二人にはあり、
「それをまわりも分かってくれている」
と感じていた。
しかし、実際には、そこまでの感覚はなく。実際に、
「聡子を好きになった男性」
もいた。
それは、会社の得意先の営業の人であったが、聡子とすれば、
「仕事上での付き合い」
ということで、付き合い方は、
「社交辞令」
としてしか思っていなかったのだ。
確かに社交辞令というものはあるだろう。
次第に、
「相手が私のことを意識している」
と思うようになると、聡子は気持ちが大きくなった。
「私を好きになる他の男性だっているんだ。私もまだまだまんざらでもない」
と思うようになると、
「何も新吉さんだけではない」
とも思えた。
ただこれは、
「もし、新吉と別れることになったとしても、私は他の人から好かれる人間なんだ」
ということで、その考えが、
「ポジティブなのかネガティブなのか?」
ということが、分からなくなるのであった。
「新吉と別れる」
ということが最初に来たのであれば、それは、
「ネガティブな発想」
ということであり、
「まだまだ私も捨てたものではない」
と思ったのであれば、
「ポジティブな考え」
といってもいいだろう。
しかし、ポジティブだといっても、それはあくまでも、
「滑り止め」
というものに近い形であり、
「冒険して無理を押し通す」
ということになれば、もし、その無理が通ったとしても、実際には、
「レベルの高いところでの争い」
ということになり、
「ついていけなければ、それはそれで、本末転倒だ」
といえるだろう。
聡子が、新吉と付き合っている時、自分の中で。発想が先に進むだけの情緒が、安定していないことで、却って、新吉を増長させたのかも知れない。
気が付けば、田舎に戻ってきて、
「付き合い始めてから」
ということで数えれば、
「5年」
という月日が流れていた。
そろそろ、30歳近くになってきたということで、聡子が、最初に我に返ったのだ。
「女性の方が、年を意識するものだ」
ということもあるが、それは、身体の変調を感じるからであろうか、正直、
「情緒不安定な時期」
というのと、
「生理不順」
というところが、自分の中でリンクしていることに気づいたのだ。
それだけ、頻繁に、
「情緒不安定」
ということにも、
「生理不順」
ということも襲ってきているということであろう。
精神的にも、肉体的にも変調が現れてくると、下手をすれば、慣れてきてしまうと、
「感覚がマヒする」
という、聡子にとって、不利になるという精神状態を引き起こすと考えられるような状態に陥る気がしてきた。
だから、
「思い立ったら、放っておくわけにはいかない」
ということで、今回は思い切って、
「私たちこれからどうなるの?」
という聞き方をした。
今までにも、何度も、
「このままでいいのか?」
と考えたことはあったが、
「相手が何も言わないのだから」
ということで、このままでいいと思っていたのだ。
そう、
「何も結婚だけが幸せではない」
ということは分かっていた。
だからと言って、
「先が見えない相手と一緒にいることが、本当にいいことなのか?」
と考えるのは、どこまでがいいのかどうか、分からないのであった。
ただ、聡子とすれば、
「相手をなるべく刺激しないように」
ということで、
「含みを持たせる」
というような言い方をしてはいたが、実際には、
「相手にプレッシャーを与える」
ということになってしまったのだ。
もちろん、新吉も、聡子とのことを、
「考えないといけない」
とは思っていたが、
「聡子が何も言わないのであれば、このままでもいい」
という甘えた考えでもいたのだった。
しかし、聡子が言葉にした。
しかもその言葉が、
「やんわりとした言い方」
ということで、新吉は、
「皮肉だ」
と取ったのだ。
新吉も、いずれは聡子と結婚と思っていたので、それを機に、真剣に考えるようになった。
ただ、そこには焦りのようなものがあり、
「急がないといけない」
と思ったのだ。
「聡子が自分から勇気を出して言葉にした」
ということは分かっている。
そのことから、
「自分もしっかりやっている」
という態度を見せないと、
「今度こそ、呆れられ、完全に捨てられるのではないか?」
と感じたのだ。
だから、新吉としては、今までになかったプレッシャーを感じながら、これまでの、
「子供のままごとという恋愛関係に終止符を打つ」
と考えるようになったのだ。
それを思えば、
「この時が、一番、真剣であり、二人の関係のピークだったのではないだろうか?」
と感じた。
二人は、とんとん拍子に結婚というものに向かっていた。
一つだけ気になったのが、
「新吉の父親というのが、まるで昭和の親父という考え方を持っているように見えた」
というところであった。
ただ、そのわりには、進んだところもあり、
「結婚式で、披露宴のようなことをする必要はない」
という考え方を持っていて、
「今では、その考えも結構しっかりと市民権を得ている」
といってもいいが、それでも、
「子供の一生に一度の結婚式くらいは、盛大に」
と考える人も一定数はいる中でのことである。
しかし、逆の考えもあった。
「今の時代は、平気で離婚する夫婦も多い」
ということで、
「離婚するかも知れないのであれば、何も、派手に結婚式なんか挙げることはない」
といってもいいだろう。
しかも、
「結婚式を派手に挙げた人に限って、必ず別れているような気がする」
という意見もあるくらいで、
「確かにいわれてみれば」
と思ったところで、
「いやいや、結婚式などするからだ」
ということで、
「披露宴なんかしない」
と思っているのだろう。
だが、それはあくまでも、
「昭和の考え方とは違うもので、かたや。昭和の親父でありながら、かたや、合理主義的な考え方を持っている」
というのは、
「どこか矛盾している」
と感じられるのであった。
だから、聡子には、
「あのお義父さんは、どっちなのだろう?」
というところが気になったので、最初は、
「親との同居は嫌だわ」
といっていた。
しかし、結婚してから、二人だけで暮らすには、
「自信がない」
と彼がいうので、
「どうして、こんな優柔不断な人とずっと一緒にいたおか?」
と思いはしたが、ここまでくれば、
「突っ走るしかない」
と、その時の聡子は思っていた。
「私がいないとこの人は」
とまで思うようになっていて。
「私が彼の実家で辛い状態になれば、彼も家を出るといってくれるだろう」
ということ、さらには、
「それでも、優柔不断だったら、離婚しちゃえばいいんだ」
とまで考えるようになった。
「結婚だけが幸せではない」
ということからの、一種の、
「とりあえずの結婚」
ということであったが、
「自分が、情緒不安定だ」
と思っていたところが、ひょっとすると、
「優柔不断が高じてしまったことからきているのではないか?」
と感じたのだが、どうやら、その感覚に間違いないともいえるのであった。
だが、この考え方が、余計なプレッシャーになることもなく、彼の両親とも、
「案外うまくやれている」
ということで、却って自分の自信というものになったのだった。
二人の間で、しばらくは、
「楽しい新婚生活」
というものを味わっていた。
両親も結婚生活には決して踏み入ることはない、やはり、昭和の考え方は、
「息子に対してだけであり、嫁には求めるものではなかった」
といえるだろう。
しかし、それが、結局、お互いの破局を生む一つの原動力になったのではないかと思えるのだった。
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