26節.リンデン

 

 5月になり俺は無事6歳の誕生日を迎えた。

 晩御飯は牛肉のステーキと、ドライフルーツ入りのパン。

 やったぜ。俺の大好物だ。

 ルゲーナが一生懸命作ってくれた力作である。

 香辛料の香りが食欲を誘う。


 ダナ家では誕生日に好きなものを食べていいってルールがある。

 いやー、歳食って嬉しいって思えるのは幸せなことだよ。


 そして、カリギュラが熱望していたアイスクリームも食卓に山盛り置かれていた。

 明日俺はリンデンへ赴任することになり、カリギュラも修道院に入ることになる。

 カリギュラがこの家にいられるのは今日までなのだ。

 

 このお姫様がやってきて、もう1年になるのか。

 長いようであっという間だったな。

 

 最初どうなるかと思ったが、今ではダナ家で楽しそうに生活している。領庁にいた頃よりも健康的で生き生きとしているくらいだ。運動や勉強も頑張っているし、癇癪を起すこともほとんどなくなった。

 教育係として嬉しいかぎりだ。

 

 カリギュラは一心不乱に大きな皿から山のようなアイスクリームをスプーンですくっていた。冷たい印象を与える白い肌を紅潮させ、お嬢様はニッコニコであった。そんなにアイス食いたかったのか。

 

 こいつ、明日から厳しい修道生活だぞ。

 本当に分かってんのかな? 

 しんみりしてた俺が馬鹿みてぇじゃねぇか。


 俺は少し憮然となりながら、牛肉を口に放り込んだ。

 肉汁が溢れる。

 すげぇ美味い。


 明日の早朝にはリンデン行きの馬車が到着する。そこにカリギュラの荷物を積み込む。そして正午過ぎにダナ家の全郎党を引き連れ出発する予定だ。 




¥¥¥ 

   



「ねえ、ニール。ちょっといい?」

「どうしたんですか? もう遅いので早く休んだ方がいいですよ」


 風呂に入った後、明日も早いからそろそろ寝ようかと思っていた時だった。

 カリギュラが神妙な顔で俺の部屋に入ってきた。

 お風呂上りなのか良い香りがした。

 艶のある黒髪を丁寧にとかして、寝る前なのにドレスを着ている。

 黒のベルベットで、背中に白い華のような刺繍をあつらえた高級品だった。


 カリギュラは背筋を正し、一度咳払いをしてから俺をまっすぐに見据える。


「ニール、出発する前にもう一度だけ言うわ。———私の部下になりなさい。そうすれば、レイズブルクの半分をあなたにあげるわ」


 お前はどこの大魔王だ?

 お前にそんな権限はないだろう。

 それに領地の半分なんかもらってもどないせい言うねん。

 俺には人も金もない。

 広い領地をもらっても、運営できない。


 っていうか、今の言葉はかなりの問題発言だ。

 明らかにネロと将来一戦交える気満々だろう。

 勘弁してくれ。

 俺は愛する両親や、将来愛する妻や子と、田舎でスローライフを送るつもりなんだ。


「私が領主になったら、あなたを宰相にしてあげる。だから今から私に仕えなさい。私に忠誠を誓いなさい。いいわね?」

「えらく突然ですね。もしかして、寂しくなったんですか? リンデンに行くのが嫌になりました?」

「うるさい! 真面目に考えて!」


 カリギュラの頬が赤い。

 どうやら本当に寂しいらしい。

 まあ気持ちはわかる。明日から知らない奴らに囲まれて修道院暮らしだ。

 正直可哀そうだなって思うよ。


「……うーん。難しいですね」

「どうして? 私だって領主の娘よ。もしかして本当はネロの方がいいの? あの娘はただの魔力馬鹿よ。力にしか興味のないバーサーカー。ネロが領主になったら、きっと戦ばかり起こすわよ」


 うーん、これは凄くシビアな問題だ。

 

 正直どちらかと言えば、ネロよりカリギュラの方が仕えやすいと思う。

 人の話を聞けるし、我慢も覚えた。色々成長してきてるし。

 人格としてはカリギュラの方に軍配があがる。

 

 でも、正直勝ち目がないことも事実なんだよ。

 

 これはダナ家の問題でもある。この決断によっては両親や妹も巻き込んでの血生臭い戦争となってしまう。

 負け戦には絶対にできない。


「じゃあカリギュラ様ならどんな世にするんですか?」

「私? そうね。私ならレイズブルクを文化や芸術に溢れた理想郷にするわ」

「文化や芸術ね。具体的には?」

「えっと、えっと……。まず領庁であるアカルガの公園にでっかいケーキの形をしたモニュメントを作るの。きっと国中から観光客が押し寄せるわ。それと、芸術家を集めて一つの村を作るの。これから売れそうな見どころのある芸術家の卵も養成して、レイズブルク内にたくさんの作品を展示していくの。きっと素敵な理想郷が出来るわ」

「ボツ。企画からやりなおしてください。僕は寝ます」


 聞いて損した。

 俺はカリギュラを無視して、ベッドに横になった。


「なんでよ! どこが駄目なのよ! 教えなさいよ!」


 だあっ、うるせえ!

 ってか、淑女が男のベッドに馬乗りになるな! はしたない!

 結局、カリギュラが自分の部屋に帰ったのは、11時を回った頃だった。

 




¥¥¥

 

 


 リンデンへの道行は順調だった。

 

 馬車に並走する形で、6頭の馬が歩いていく。

 幅の広いタルツータ川に沿った街道の砂利道。雪解け水が背の低い草原を瑞々しく光り輝かせている。

 冬が終わり春の息吹を感じさせる長閑な光景だった。


 3時間ほどしてようやくリンデンの町が見えてきた。

 カリギュラが尻が痛いとかうるさいので、馭者にかなりゆっくり走らせたせいだ。

 城郭都市の外壁が地形にそって築かれている。

 

 一番最初に目に入ったのは、中洲に建てられた巨大な古城のような建造物だった。

 サン・ムンディーア修道院———パシフィッカ王国の中でも一番歴史のある修道院である。リンデンの町から一本の石橋が繋がっているが、それ以外は外界と隔絶された孤島のようになっていた。

 

 俺やアルバはしばし馬を止め見入っていた。

 修道院の立派な外観に声が出なかった。

 カリギュラもしばらく見とれていたほどだ。

 

 街道を10分ほどゆくと、外壁に白い門が見えてきた。

 門番が二人いるが、軍服を着ていない。

 こいつらが引き継ぎの兵隊。俺の代理でリンデンを治めていた臨時の部隊なのだろう。


 抜き身の剣を片手に持っており、口元がへらへらと笑っている。

 しばらく剃っていないのか髭も伸びていた。

 明らかに正規兵ではない。まるで傭兵か盗賊のような風貌だった。


 おいおい、本当にこれがレイズブルクの精兵なのかよ。

 身分的にはテオドリウスの郎党として、準貴族の中でも高い地位にいる奴らだ。

 

 領主に仕えるが土地を持たない、一代かぎりの地位だが、武人としての栄誉を誇る高潔な戦士……のはずなのだが。

 やはり噂は噂にしかすぎなかったな。

 明らかに町から略奪したと見られる酒樽と食い物が、門の前に散らばっていた。


 先頭を行くアンカラが通行許可を求める前に、門番は勝手に進めとばかりに剣で合図した。アンカラは少しムッとした顔で頷く。

 無礼極まりない。

 騎士に対してしていい振る舞いではなかった。


 大量の石材で出来た扉のない門を馬車が潜る。

 

 リンデンは全体的に家々が赤茶色で統一された美しい町だった。

 やはり多雪のため、尖がった屋根の家々が多く立ち並んでいる。

 大きな街道が真ん中で十字に走っており、町を大きく4つに分けていた。


 通りには飲食店や酒場、宿もある。

 裏路地にはいかがわしい店もあるようで、露出の多い女性の絵が飾られた看板も並んでいた。

 

 しかし、何より目立つのは鍛冶屋の多さだろうか。

 剣や鎧、弓といった武具を飾っている店が固まっていた。

 

 そして、川沿いの土地を争うように工場が密集して建っているのが見えた。

 魔力ケーブルがウネウネと外壁を這い、煙突から紫色のガスを排出している。

 製紙や織物といったものから、小麦の製粉から加工を行うパン工場のようなものまである。


 通りを歩く町民はほとんどいないが、どうやら町の機能が停止しているわけではないらしい。


 チンピラのような兵が練り歩いているが、あれはあれで治安維持の役には立っているのだろう。


 ただ、街道を進むにつれ、雰囲気が明らかに違ってきた。

 町の中央区画が、まるで世界から切り取られたかのように、消失していたのだ。

 

 存在していたはずの役場施設や、図書館、兵の駐屯所、厩舎、宿舎、行政に携わる者達家族が住む家々が、全て焼けてなくなっていた。

 二階の木製の部分が消失し、一階の石材の部分だけが打ち壊され残っていた。


 おい、こら。責任者呼んで来い。誰が廃墟にして引き渡せって言った。

 せめて瓦礫くらい片づけろや。

  

 石壁にまだ血の痕が残っている。誰のものか不明の骨も転がっていた。

 めっちゃ虐殺した痕が分かる。

 

 酷いな。

 これを俺が復興させるのか? マジかよ。

  

 アンカラ達の顔が曇り、緊張感が増し始める。

 路地裏の影で住民達が、鉄の棒などを携えているのが見えたからだ。

 彼らはアンカラら騎士の護衛を脅威に思ったのか、馬車の襲撃を諦めたかのように闇に消えていった。

 本当に治安が悪い。襲い掛かって来るのかドキドキしたわ。


 しばらく周囲を覗ってみたが、リンデンの町の中央区で無事な建物は一つもなかった。ほぼ全てが焼き尽くされ、殺されてしまったのだ。

 

「なによこれ……。嫌だわ、こんな町。私ダナに帰りたい」

 

 カリギュラが呟く。

 俺は心の中で全力で同意した。


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