第121話 同じ言葉



 ――お姉さんの突然の登場に、私は思考が完全に停止していた。確かに「噂をすれば影が差す」といった諺があるとはいえ、ただ心の中で考えていただけなのに、本当にお姉さんが現れるなんて。私じゃなくても、こんな事態は想定できないだろう。



 一応友達の姉とはいえ、お姉さんと私はあくまでも他人。それでも、今この場にいないはずの人間がいたら固まってしまう。

 なら実の姉妹である操ちゃん本人は、いったいどんな反応をするだろうか。



 頭の向きはそのままに、視線だけを隣の操ちゃんに向ける。彼女の目線はお姉さんの方に固定されていて、その顔は青くなり、呼吸は安定しておらず荒くなっていた。

 私と繋いでいた手もいつの間にか冷たくなっていて、尋常ではない程に震えていた。



 この反応はどう見ても、操ちゃんはお姉さんに対して怯えていた。操ちゃんのお姉さんっ子振りは、私もよく知っている。その彼女がお姉さんの無事を喜ぶのではなく、恐れの感情を前面に出すなんて普通ではない。



「……操ちゃん。落ち着いて。私が傍にいるから」

「……うん」



 お姉さんには聞こえないように、小声で呟く。それに操ちゃんは小さく頷いてくれた。言葉だけではなく、繋いでいる手にぎゅっと力を込める。私は絶対に傍を離れないと意思も一緒に。

 操ちゃんの手の震えは、少し収まっていた。



(……じゃあ、次は――)



 視線をお姉さんの方に戻す。いつか見た時と同じ、白色のドレス。確かお姉さんの魔法少女としての衣装だった気がする。

 相変わらず何かしてくる訳でもなく、微笑みを浮かべたまま私達のやり取りを見守っていた。しかし、それが余計に不気味だった。



 助けも期待できそうにない。魔法少女が現れているのに、周囲から何の反応もない。気がつけば、周りにいたはずの登校中の児童の姿もなくなっていた。お姉さんの魔法の効果だろうか。



 何で操ちゃんが、お姉さんにあれだけ怯えている理由は分からない。だけど、十中八九それには一人の魔女――『人形遣い』の魔女が関係しているに違いない。



 テレビのニュースやインターネットで、『人形遣い』の魔女にまとめられた情報の中には、使用する魔法についてのものがあった。

 正式名称は不明。その効果は、少女の洗脳や支配。その対象は魔法少女や魔女にまで及ぶ、らしい。



 その全ては鵜呑みにすることはできないが、『人形遣い』の魔女の魔法が他者を操る類であることはほぼ間違いない。



 ならば、そんな碌でなしの魔女に捕まっているはずのお姉さんが、いったいどんな状態にあるのか。考えるまでもないだろう。

 だが、まだ確定した訳ではない。確認の意を込めて、重たい口を開けて質問をする。



「……お姉さん。今の貴女は、本当にお姉さん正気ですか? それとも、『人形遣い』の魔女操られていますか?」



 ――それまで微笑を絶えさなかったお姉さんは感情が抜け落ちたかのように、すっと無表情になる。と思ったのも一瞬。すぐにまた、その顔には笑顔が戻った。



 しかし、それは操ちゃんのお姉さんに相応しいものではなく、他人の幸せをいとも簡単に踏み潰す魔女を思わせる嘲笑に起因するものだった。



「『あははっ! やっぱりにはバレちゃうかー。どうも、改めまして。薄々察しはついていると思うけど、僕は『人形遣い』の魔女』だよ。見ての通り、今はそこの操ちゃんのお姉さんの体をお借りしているよー』」



 お姉さん――の体を通して、別の誰かが顔を覗かせる。口調だけでも分かる。数え切れない『ループ』の中で、母親の命を奪った魔女と同類で、この世に存在してはいけない破綻者だ。



 何で、『人形遣い』の魔女が私の名前を知っているのか。そんな些細な違和感は露のように消えていく。



 無意識の内に、怒りで手に過剰な力が入ってしまう。隣から小さな悲鳴が上がる。



「い、痛いっ!?」

「あっ!? ごめん!? 操ちゃん!? 大丈夫?」



 急いで操ちゃんから手を離す。よほど力を込めてしまったのだろう。操ちゃんの掌は、少し赤くなっていた。



 何をやっているんだ、私は。今度こそ、操ちゃんを守ってるって誓ったのに。その対象を自分で傷つけるなんて……。



 取り乱す私に対して、操ちゃんは消え入るような声で「……私は大丈夫だから」と呟く。



 『人形遣い』の魔女は、そんな私達のやり取りを見て、笑う、嗤う。



「『やっぱり美代ちゃんって、見ていると面白いなー。今日は操ちゃんが惜しくなって『回収』しに来ただけのつもりだったんだけど、気が変わっちゃった。――ねえ、美代ちゃん。君が良かったら、操ちゃんお友達と一緒に僕の『お人形さん』になってみない?』」



 ――『人形遣い』の魔女の甘いささやき声に、地獄の始まりとなった黒兎悪魔の言葉が重なる。



『もしもーし、聞こえていますかー? お嬢さん、もう一度会いたい方とかいらっしゃいますかー? よろしかったら、その願い。この私が叶えるお手伝いをしてあげましょうか?』



 ――あの時と同じで、私は。

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