第27話 Battlefield 883
-第三者視点 エルフのピア-
三百年も生きると穏やかな生活を望みたくなるものだ。植物のように他者よりも早く上を目指す生活というのは大樹にでもなれない限りずっとずっと息苦しい。
森を焼かれて、故郷が亡くなり、まったく別の種族の街がそこに出来ていた時、私は何もかも諦めて別の場所へ移住した。
太陽暦八八三年というのはそういった隠居した身にはかなり苦労する羽目になった年であった。
ケツを拭くのって大変だ。
▽▽▽
クーオの街には冒険者ギルドの建物が五つほどある。そのうちの一つ、南西支部は懇意にしている場所であり、ここに居る年嵩の職員はアタシが暇潰しでバリバリ鍛えてやった連中だ。
一昨日も、暇つぶしに鍛えていたエルフが身体強化魔術を中級に上げることに成功した。勇者だけあって、あいつは成長が早い。
幸い、エンリカとの仲は大変、すっごく良好だ。唾を付けといた甲斐があったよ。このままいい感じに成長するだろうし、あの臆病さならよほどのことが無い限り死ぬこたぁ無いだろうしな。
今朝、アタシの家にエンリカを送ってきたあいつは大樹海に帰ると言って戻っていった。
昨晩は最終的に、アタシだけ帰ってあいつらに楽しませることにした。そしたらどうやら、ヤることはヤったみたいで、もしかしたら子供が出来るかもしれませんとは共に朝帰りしたエンリカの言葉。
いや、エルフがそんな簡単に出来たらアタシらは苦労してないし、大陸をウォーカーが席巻していないのよ。こっちは弓の弦がちぎれそうなほどに驚いた。
金が無いって言ってたくせにさぁ、手は早いんだよなぁ。その辺大丈夫かよって聞いたら、とりあえずで貯金をちょっと置いていったらしい。
その数は銀貨百枚ほどである。やっぱあいつなんか別のところで稼ぎ持ってんのか?解体や糸売りの代金を考えても計算が合わない。隠し玉持ってるのはまぁ確定。収納系の魔道具だな。
ついでに、従魔寮で精製した蜂蜜も両手で持てるサイズの壺を一つ分を置いていった。収納隠す気無くしたのかな?それとも最初から布袋に入れてあったのか……。
まぁご相伴に預かる分には良いんだけどね、甘くて美味しいから助かる。もっとも、あの壺一つで金貨一枚ぐらいになってもアタシは驚かないけどねぇ。
精製済みの蜜蝋もついでに置いていかれた。こちらは手のひらサイズ、なんか石鹸に使えるとか言ってたけど、普通は化粧品やろうそくに使うんだけどなぁ……。場合によっちゃこっちも金貨だ金貨。
なんだってこんな意味の無いことを考えているかと思えば、冒険者ギルド南西支部のマスターが、シンを見送った後、朝食を食べてたアタシのことを呼び出したからだ。
仲人おばさんが大成功して大変良い気分だったってのにほんと腹が立つ。エンリカはすやすや気持ちよさそうに寝てるし!
古めかしい木製のドアを強めにノック。割りたい気分だ。
「エルフのピア!来たよ!」
「入ってくれ!」
ドアを開けると中にはギルドマスターのくたびれたおっさん一人だけだ。なんだぁ?職員も居ないってことは茶を出すのはアタシか?
「休んでいるところ悪いな」
「本当だよ、茶は?」
「私が入れる」
「お前の入れる茶は不味いんだよな……」
こいつ、独自ブレンドにハマってる上にちゃんとした茶の樹の葉は一切使わないから困るんだよなぁ……稀に当たるのも腹立つところ。
とりあえずあいつはソファに座っていて、湯は小型の携帯炉によって用意されているようだったのでアタシもギルドマスターの向かいのソファに沈み込んだ。
あいつがそっと急須に湯を入れるけどうーん、あんまり美味しくなさそうな匂いだ。
「まぁ、そういうな。とりあえず聞きたいのは、シンと名乗るエルフのことだ、今はクーオ・シンと名乗っているんだったか」
「何があった?」
「今朝、総合ギルドが指名手配した」
どういうことだ。あいつ、何やらかしやがった?
「昨晩、貴族が襲われたんだが知ってるか?」
「知らん、そんときゃエンリカとシンと飯食ってたと思うわ」
「そうなんだよなぁ……従魔寮に来てたんだってな……」
「おい、話がややこしい気がしてきた。どうしてそうなった」
ふぅ、とため息をつくのは向こうだ。アタシもつきたい。
「オークションに襲撃の計画があった。それはいつものことだ、ほぼ捕まえたはずなんだが、何人かが逃げ延びててな」
「まぁ、金持ちと価値のある品物が来るからな」
「今回は困ったことにオークション襲撃の計画に北門の衛兵隊長が買収されてたんだ」
「はぁー……やってくれんじゃん」
「そいつがいうには、シンと名乗るドロエルフに計画書を渡したと言うんだ」
話変わってきたな。
「もっとも、シンは来なかったらしいが……もう一件。捕まえた冒険者が言うには、シンと名乗るドロエルフに計画書をねじ込んだと言うんだ」
ん?いやなんかおかしくない?
「なんかな、有名なウォーカーの勇者の名を名乗る強いエルフが来るというから、そこで計画書を渡せという話になっていたのが、二つの組織であったみたいでな、たまたま被った」
「バカのやることがバカすぎる」
「そして困ったことに、昨晩に貴族を襲撃したのはエルフを中心とする盗賊団だ」
「勘弁してくれ、リスが森に埋めたどんぐりを拾うよりも面倒な奇跡が起きてるじゃないか」
「それが知っていたブルーセントラル伯爵という貴族は無事勘違い、クーオ・シンに指名手配するよう総合ギルドに働きかけ、通っちまった。そして今朝、手配前にクーオ・シンが北門を通ったことが確認された」
頭が痛い、何をどうしてこうなった。
「貴族は飛行船と騎兵、あと歩兵の準備をしているらしい。今ならギリギリ冒険者ギルド側の出兵依頼に混ざることが出来ると思う」
「本当にギリギリだな……単独行動をしたほうが早いか」
「クーオの街は今かなり騒がしいことになってる、巻き込まれて怪我をするなよ、茶は鎮痛と鎮静作用のあるやつだ」
「どれ……毒は入っていないし問題の無い組み合わせだな……うん、不味い」
「何年の付き合いだと思っているんだ……」
「金で裏切られたことなんて森に存在する木の数よりもあるんでね、堂々と飲むのが信頼の証だと思ってくれ」
ティーカップを置き、少し考えようか……さて、まずシンを助けることは確定だ。"私"はエルフの民を裏切らない。エンリカに子供が出来てたら、本当に困るし、まず貴族達の襲撃を躱す必要がある。
問題はその後か……お貴族様が勘違いを認めると良いんだが。あいつの持ってる隠し玉でどうにかしてもらねえかな。
エルフのネットワークを使うにしても、まだあいつをエルフコミュニティに紹介してなかったんだよなぁ、エルフの会合が二週間後だったし……どうすっかなぁ。
最終的にどこになにを着地させればいいのかわからんのが一番の困り所だな。それさえわかっていれば筋道が立つんだが、これにエンリカの意思の確認も必要なのかっていう点が問題だ。
「茶、助かった。いってくるわ」
「出来るだけ大事にならないようにやってくれよ、間違っても飛行船を落とすとかは考えないでくれ」
「ハハハ、いくらなんでも飛行船の障壁をぶち抜くような魔法を撃てるかよ、そこだけは心配しなくていいところだ」
「そうだな、こっちからも援軍は送っておくから、本当に、本当に、ほんっとーに頼むぞ」
どんな飛行船だって障壁魔術師を複数人用意してるのが常識だって、この時は思ってた。
▽▽▽
「飛行船の障壁ぶち抜きやがったあンのクソボケが!!!!!」
エンリカの元に寄らず、着の身着のまま急いでクーオの街の北門をくぐった時に自分の遅れを悟った。
すでに飛行船は動いており、居るであろう騎兵と歩兵が草原の向こうに麦粒みたいな大きさで移動をしていたんだよ。
だから身体強化魔術でもって強化ランニングが始まり、兵士達が捕獲を目的として動いていることを願っていたらコレだよ。
これもう戦争じゃん。
白金貨をいくつか積んで作るような普通の小さな飛行船の障壁が破られ、気嚢がいくつか破られたようで飛行船の姿勢が傾いた。
勘弁してくれ。
飛行船の浮遊能力が生きていることを願いながら、冒険者達や全身鎧を着込んで小走りに移動している極まった重装歩兵を追い抜いた。
視界には足元が急に悪くなり、黒やオレンジ色の糸が張られるようになった草原が映りだす。
どうやら騎兵隊は糸に絡まれたようで、立派な軍馬が動けず立ち往生しているようだ。そのうちの一人、兜を脱いでいる若いちょろそうな男が居たので声を投げかけよう。
「やつはどこへ行った!!」
「森のほうに走っていったぞ!飛行船は撤退するからこれ以上の道案内は期待出来ない!一人で行動するな!」
「大丈夫だ!」
目論見通り、彼はアタシのことを援軍に来た冒険者だと思ってくれているので足を止めず真っ直ぐ突き進む。
どろどろになった地面は水と土魔術の混合で少しだけ走りやすくしてやり、蜘蛛糸と蚕の糸には無属性魔術の念動で干渉してやって道を作り、糸に込められた魔力を抜いて粘着力を無くしてやる。
足元を気をつけないと糸に引っかかってコケるように出来ていて、じゃあ足元を気をつけすぎると上半身に粘着糸がひっついてつんのめる。そんな感じのトラップが草原には出来ていた。ちょっと気を抜いたらアタシも引っかかる。
これ、後処理どうすんだよ……大地はすぐ乾くだろうが、糸の粘着はすぐ無くなるように設定してるのか?
それにしても、足が速い気がするな?飛行船や騎兵の位置からもう少し近いと思ったんだが……うわ、見えた、メラに乗って移動してんのか、あの山羊ってあんな早かった──あっぶね。
石塊なんぞ投げてきやがって!もう容赦なんぞしねえぞボケが!!!
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