第23話 やっぱ滅んでた件


 朝起きたらオーマが部屋に繭を作っていた。羽化まであと十日。いや、困るが!?


 解体所からなんかの内臓をもらったホクトは猫の間の前でもりもりと食べ終え、部屋へ戻っていった。



「バアアアア?」

「いや、またすぐ出るよ」



 メラがなんか戻ってきたわこいつって感じだったけどまずは延泊願いをしに行かなきゃねー。



▽▽▽



 で、先程の車庫の受付へと戻ってきた。すでに解体所のおっさん連中は居なくなっていて受付の辺りは怠惰な気配がする。


「やぁ、さっきは悪かったね、これぐらいの時間帯は解体所の人達の終業時間でさぁ、彼ら夜を徹してやってるからピリピリしたりしててねぇ、大丈夫だった?」

「きっぷの良い方でしたよ、徹夜仕事じゃしょうがないですよね」

「ま、今日なんかは昨日搬入された量が少ないからまだマシさ。これで大物だとか量が多いとかだと怒号が飛び交うからねぇ……ナマモノだし翌日に残すと置く場所が無くなって大変だしさ。君も持ち込むときはその辺気をつけてくれると嬉しいかな、象とか持ち込もうとしないでね、ほんと酷い目にあった」

「ぞ、象を持ち込む人が居るんですね……とりあえず今いる猫の間なんですけど十日延泊したいんですが大丈夫です?」

「問題無いよ、いや、タイミングが良かったよ。銀貨十枚ね、君もオークションが目当てかい?」

「はい十枚……オークションって、なんですか?」



 いや、オークションは知ってるよ?商品を一番高い金額を提示した人に売るシステム。



「おや?てっきりオークション目当てで来たのかと、ま、暇だし説明ほしいならするよ、椅子はそこ、飲み物は自分でなんとかしてね」

「あ、はい。お願いします」

「オークションっていうのは、まぁ簡単に説明すると、ある商品に対して金額を募集して、その中で一番高い値付けをした人に売るって形式の取引かな。で、クーオの街は王国中から飛行船や鉄道を使って人が集まりやすいちょうどいい場所にあってね、土地も広いしオークション会場としてここ数十年使われているんだ」

「うわぁ、思ったより規模が大きい」



 いや、本当にヤバいな、鉄道と飛行船が使えるんじゃ本当にたくさん人と物が来るじゃないか。



「最初は街だけで、クーオ大樹海から拾ってきた遺物の値付けがメインだったらしいけどねぇ。そういうわけで宿が簡単に埋まるんだよね、良い宿なんかはもう一ヶ月前から確保してるとか当たり前のようにあるし」

「これ、オークションの日取りはむしろ街から出て野宿でもしてるほうが安全ですかね」

「盗賊もいっぱい来てると思うけど?」

「……延泊ってどこまで許されるんですかね」

「基本無いね、南西支部には居ないけど、五年十年居座ってる人とか居るし」



 それはもう家買えよ……いや、金払えば色々やってもらえるしな。しかし、ふぅむ。盗賊かぁ、あの地下空洞に戻るのを考えていたんだけどな。というかあの森に遺物……?まぁうんあったわ。



「盗賊が来るって話ですけど、来るとしたらクーオの森ですかね?」

「うん?あんな大樹海にしょぼくれた盗賊共が行くものか、このへんの草原で野営するのさ。馬車すら隠すような背の高い草を見ただろ?焚き火すら隠しちまうから草原に潜むのさ。そんな厄介者の草をタウン一等級やグラス級が刈りとって、道を保持したり刈った草を運ぶ仕事が冒険者ギルドには出ているから、君も依頼が残っていたら受けると良い」

「ふむ……考えときます、身体強化魔術なら使えますし」

「まぁエルフなら使えるよな……あぁ、そういえば猫の間の新人エルフ君には昨日ご指名が来てるけど……」

「ピアさんですかね」

「うん、昼の三回の鐘の後、本館の受付前で待ってるってさ、まったくあの人は強引なんだよ……俺も新人の頃から散々世話にはなってるけど……」

「ご迷惑をおかけします……」



 あとは長々と会話することも無いだろうし、時間も勿体ない。一旦猫の間へ戻って準備して買い物だ。




▽▽▽




 買い物のほうは本館に冒険者ギルド付属の店がちょうどあったので、そこで木桶を三つや木皿を四枚、鍋を二つほど購入した。


 ついでに食堂らしきものも見つけた。フードコートスタイルのようだったが、持ち帰りが出来たのでとりあえずバスケットボールを半分に割ったような半円球の大きな硬いパンを一つ、鍋に野菜スープを二人前、そこで気がついたので、また付属の店に戻って木さじを二つ、木製のお玉を一つ買って自室へと持って帰った。


 部屋で収納リングに全部収納、猫の間は平和にメラが寝ていることを確認したら、今度は冒険者ギルド本館で掲示されている依頼のチェックだ。


 冒険者ギルドの中を改めて見てみると結構広い。車庫のほうに面積が取られているはずだが、それでもここはサービスエリアなどのフードコートと同じぐらいの大きさがあるだろう。少なくとも冒険者ギルド付属の食堂だけで机が二十個ほどある。広すぎでは?改めて考えると車庫のほうも馬車が横に五台、縦に二列停められそうだったんだよな。


 さて、車庫側の壁が北だ。こちらには黒板サイズのコルクボードのようなものが二つ、ハイウェイとフォレストの物が掲示されている。ハイウェイは主に馬車の護衛依頼と町中の警備依頼が出ているようだ。フォレストのほうは薬草、象の牙やサイの牙に加え、様々な動物の死体が常設依頼として掲げられている。


 タウンとグラスの依頼が無いな?と思い探すとこれはすぐ近く、西側の道路に面したギルドの出入り口に掲示されていた。


 なるほど、タウンは石、外の草束など様々な荷運び、側溝などの掃除、こちらにも警備依頼があるがハイウェイ級の指揮下に入るように、と書かれている。どの依頼も最低金額が半銀貨もしくは銅貨五十枚で始まっている。


 なるほどなぁ……先程買った野菜スープがお椀一杯分で銅貨二枚、デカいパンは銅貨三枚だった。銅貨一枚が大体百円とするとタウン級は最低日当が五千円か、俺がこれやると大赤字だな?


 じゃあグラスランド級は?となるとこっちは文字通り外の仕事だ。外の草刈り、朝から夕方までやって銀貨一枚、刈った草はタウン級が持って帰る。常設依頼としてロングファーヒュージヘアの退治がある。一頭辺りが大体銅貨二十枚で買取、保存袋必須、らしい。


 オリックスもあったな、こっちは一頭辺り銀貨一枚で買取だ。血抜きと保存袋必須。昨日も聞いたなぁ保存袋。


 そんな依頼をシノノメと共にプスプスと眺めているとまぁ暇そうにしているやつがヒソヒソとこちらを指差しながら会話をしていらっしゃる。


 めんっどくさいなー。どれどれ鑑定、全員グラスランド級、魔力は……え?一番高いヤツが三十で他は無しか。種族はウォーカー、人ですね。絡んでくるのかな、来ないのかな。


 特に絡んではこないだようだった。面倒くさいから助かるけどヒソヒソされんの嫌だね……?なんか彼らの対象が変わった、入口のほうに……あれ、ピアさん居る。ちょっと驚いた顔をした彼女はこちらへズンズン進んできた。



「シン?まだ昼の二の鐘も鳴ってないぞ?」

「いや、普通に依頼と相場のチェックだ、タウン級の依頼だと普通に赤字だからオリックスを二頭ぐらい取ってくるほうが楽だな~って思ってたところ」

「グラスランド級にならんと保存袋は借りられんぞ」

「あー……やっぱそんな感じか、その保存袋ってなんなんだ?解体所のおっさん達も保存箱っていう名前出してきたんだが」

「その辺は新人研修で説明してやる、来い、飯食いながらとっととやっちまうぞ」

「うっす、ご飯奢りですか?」

「お前はレディにたかるのか?」

「そこは先輩っぽさを見せてほしいんですが」

「バカ言え、隠居の身だぞ、現役時代みたいに金を使えるか」



 ダメみたいです。



▽▽▽



 一旦、食堂で肉挟みパンを三つ、ソフトボールサイズのレタスと人参を全部俺の金で購入し、それぞれ器と水のコップを貰い、全てトレーに乗せて運んでいく。挟みパン一つはピアさん宛である。レタスと人参はシノノメがぱくつきます。メアやホクトの昼ご飯はキノコや刈った草を事前に部屋に置いてきた。


 冒険者ギルドの受付でピアさんが少し言葉を交わすと彼女は鍵を受け取った。



「行くよ、二階だ」

「はぁい」



 木造の階段を登り、四、五人はすれ違えそうな廊下を歩いて一つの部屋のドアを開ける。その中は長机が三つ、コの字型に配置され、一つの机に椅子が三つほどある会議室のようだった。


「適当に座れ、飯を食いながら新人研修だ」

「新人研修ってそんな緩いものなんだな」

「一人しか居ないしなぁ、種族エルフならまぁギリギリ身内だ」


 飯を食べながら始まった新人研修はまぁ、悪さをするな、文字を読めるようにしろ、喧嘩をするな、金をきちんと貯めろ、少しでも困った事態になったら誰か、職員にでも頼れ、そんな感じの話から始まった。



「何度もこういうことをやったが、やはりこの辺りは皆暇そうに聞いているな」

「内容が内容だからなぁ……文字は読み書き出来るようになっときたいが」

「お前本当に記憶喪失なんだろうな?厄介事を持ってたりはしないよな」

「記憶喪失だ。もし厄介事を持ってたとしてもきっと言わないだろう」



 異世界転移しました、勇者召喚です、はちょっとねぇ……。



「そうか……じゃ、次は保存袋の話だな、あれは時間遅延をかけた魔道具でグラスランド級になれば誰でも借りることが出来る」

「時間遅延をかけた魔道具!へぇ~あれ?でも昨日保存布ってのをかけた上で氷と一緒に運んでたけど、もしかしてそんなに効果が無い?」

「いや、効果はあるほうだがな、ただこれ、皆が借りられるわけじゃないってことに注意しろよ。布は袋に比べて効果がかかりにくい」

「え?えぇ……まさか早いもの勝ち?」

「そうなんだよな」



 マジかよ!過冷却水で冷やせるか試さないとダメかぁ~。



「ちなみにだが、収納の魔道具は当然高価だぞ」

「……収納?保存袋とは違うので?」

「普通、いきなり銀貨が手の上に出てきたらもっと驚くものだ。まぁ知らないフリしてやる」



 そっかぁ~……。



「あとは識別技能についてかな、あんた鑑定技能持ってるよね、私もだけど……他の人達に鑑定試した?」

「はい、なんか使えました、色々見てます」

「じゃあ識別技能を持っている人が居るのは知ってるね?あれを習得するためには推定百種類の物を自力で見極められるようになる必要がある。だから大抵これを持ってるやつは貴族か商人かかなり勤勉な農民かな。意外と職人は持ってなかったりするんだよね」

「へぇ~……じゃあ鑑定技能ってどうやって習得するんですか?」

「知らん、なんか識別技能が進化してた」



 えぇ……。



「で、まぁこの研修で新人冒険者には識別技能が出るように物の見極めを出来るようにしろって言って解説が入るんだけど、お前は要らないんだよな。ちなみに識別技能を一ヶ月掛けて覚える研修も有料であったりする」

「百種類をたった一ヶ月で?意外と頑張る時間少なめで済むんですね?」

「代わりにかなりキツイけどな、ちなみに技能の差は、識別は自分が知っていないとわからない、鑑定は未見のものでも情報が出るっていう違いがある。例えば名前だな、自己紹介されるとその名前で人に紐づくんだが……あっ」



 なんか説明中にピアさんが固まった。



「思い出した!お前、自分の名前が変わったの気がついてるか?」

「え?あ、はい。今朝自分に鑑定かけたら自分の名前の文字が変わっててびっくりしました」

「そうなんだよな、読めない文字から変わっててさ、思い出したんだよ。過去、そういう事例があってさ。うちの爺様いわく千年以上前の時代はたまに勇者が異世界から召喚されたんだけど、最初は鑑定で見ても名前が読めなかったんだって。で、その場に居た人が名前を聞いて呼んだら名前が──おや?お前まさか勇──」

「防音の魔術とかありませんか」

「『声をこの部屋の内外に通すな』」



 人のざわついた声が無くなり、俺の激しい鼓動の音だけが聞こえる。収納リングの青棒を強く意識した。シノノメがかなり警戒し始める。



「俺はあんたを信じていいのか?」

「ちょっと考えさせてくれ…………気が付かないほうがお互いによかったなこれは……」



 彼女は頭を抱え困惑しているようだった。



「記憶喪失は嘘か」

「勇者召喚陣で間違って召喚されました、って誰が信じますか?こことは違う別の世界があります、俺はその世界の住人でしたって堂々と言い放つので?」

「そうだな……そういえば、冒険者の中には記憶喪失をルーツにするものが極稀に居るんだが……」

「その世界の常識を知らない理由としては一番誤魔化しが聞きますからね」



 そっと椅子から立ち上がり、彼女から数歩、距離を取る。



「……お前に目的は何かあるのか?」

「文化的な生活をすること、従魔達を飢えさせないこと、穏当な時間を過ごすこと、この辺りでしょうか。群れの安全のために群れを大きくするのも考えてはいるところです」

「森の中に倒れていたのも、嘘か」

「前人未到めいた場所で目が覚めたことは本当です、森を抜けて偶然この街にたどり着いたことも。森って言ったほうがわかりやすいでしょう?」



 彼女はこちらから目をそらさなかった。俺もじっと見つめ、いつでもやれる体勢に入る。シノノメが二本足で立ってシュッシュとシャドーボクシングを始める。凄いそっち見たくなるからやめてほしい、絶対可愛いやつじゃん



「詳しく話す気はあるか?」

「無いです、俺はクーオ・シンであり、森の中で見つけた物は俺の資産にしようと思ってますので」

「そうか……ところでエンリカを嫁に貰う気は本当に無いのか?」

「特に提案を断る理由も無い良い女性でしたので、仲を深めてみようとは考えていましたよ。金が無いんですよ、金が」



 緊張感を持っているのは俺とシノノメだけなのだろう、彼女は明らかに余裕を見せている。



「ふぅ……森で拾った物は基本的に取得者の自由だ、誰かから奪ったものでなければ」

「オークの村に忍び込んでばっちり盗んできましたね、巣蜜を数十キログラムほど」

「お前なにしてんの????」



 彼女は酷く呆れた顔を見せ、座れというジェスチャーをしてきた。シノノメが机の上に乗っかり威嚇をし始めたが俺は素直に座る。まぁ、大丈夫かな。



「あぁ、そうだ、目的もう一つあるんですよ、ピアさんを信用してお聞きしたいんですが」

「言ってみ、言うだけならタダだ」

「街から出ないで毎日銀貨一枚以上を稼げる手段って無いですかね」

「……お前がさっき言ってたとおり、外で狩りして、私を代理売買させることでいくらでも味の良いオリックスとかを冒険者ギルドに買い取らせること出来ると思うが、今、外から人が大量に来てるから肉の需要上がってんだよ」



 つまり、収納使えってことね、収納……確かに使いだしたら便利だろうけど、まだ使う気にはなれないんだよなぁ。俺が現時点で他人の悪意を跳ね除けられるのかさっぱりわからん。今はピアさん側の認識としても存在していないっていう前提で居てもらいましょう。それよりも。



「オーマが……フォレストシルクワームが宿を安全な部屋だと思って繭作って変態始めちゃってぇ……借りた部屋から離れられなくてぇ……」

「えぇ……わかった、助けてやる、ちょうど良い仕事が冒険者ギルドにあるはずだ。代わりに二日に一回はエンリカに顔を出してやれ。それと……私はお前の敵になる理由が無いし当然その話は隠すことにしておくし、勇者召喚に関しても興味はほとんどないが、一つ聞かせてくれ。勇者が召喚されたということは世界に危機が迫っているのか?」

「わかりません、あの召喚陣は最後の手段、召喚させたナニかを暴れさせ、時間稼ぎをしているうちに王家が逃げ出す、というものでしたね……王国の名前はセントラルヒューマン王国」

「あぁ~……世界の中心に住む賢き人々って自称した勇者召喚中毒のウォーカーじゃん……千年前に滅んでる国じゃねえか!太陽暦が制定される前の話だぞ……。」



 やっぱ滅んでた。

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