番外編 リリアーヌとエドワールの……ざまぁ?

番外編01-リリアーヌの前途

 リリアーヌが釈放されたのは、怠惰で無知、そして正直だったからだ。

 エリゼーヌ断罪ののち、彼女も拘束され、取り調べを受けた。


 ***


 取り調べ初日。

 灰色の壁、消毒薬の匂い、高窓から差し込むわずかな光。

 尋問官の声は冷たく、乾いていた。


「妹をいじめていたのは事実ですね」

「……そうですね、事実です」


 リリアーヌは神妙にうなずきながら、素直に答える。尋問官は表情を変えず問い続けた。


「どのようなことを?」

「外見をからかったり、用事を押しつけたり。脚を引っかけて転ばせたことも……冬に水をかけたことも。反応を見るのが楽しくて」


 さらさらと書き取る書記。尋問官は少しだけ目を細めた。


「暴力を振るったことは?」

「直接殴ったりは……でも、水とか、転ばせたりとか、暴力ですよね」


 尋問官は渋い顔をしてうなずく。


「はい、痛かったろうし、風邪を引かせたかもしれません。そういう暴力をふるいました」

「宿題の確認も?」

「はい。全部やらせたわけじゃありません。自分でやった宿題を……仕上げさせていました。いっぱい雑用があるノンナをかして、あざ笑って……」


 沈黙が落ちた。


「罪悪感は?」

「当時は……ノリでした。みんながやっていたから、私も。母上、ゴード、エドワール様……皆ノンナを見下していた。その空気に合わせた方が安心できたんです」


 しばしの沈黙ののち、リリアーヌはつぶやく。


「でも、悪いことだったと今は思ってます。ノンナは父や私と同じ髪色の、私の妹でした。守るべきだった」


 ***


 リリアーヌは怠け者ではあったが、頭は悪くなかった。

 記憶力はよく、嘘もつかず、証言は正確だった。

 母とゴードのしたことも包み隠さず語り、証拠の裏付けにも協力した。


 裁判所はこう述べた。


「再配分魔法の習得は確認できず、幽閉の必要なし。虐待への加担は重いが、反省の色が濃い」


 情状酌量の理由としては、次のように説明があった。


「被告は19歳と若く、更生の可能性がある。被害者側からも『絶縁を前提として寛大な処置に同意』との意見書が提出されている」


 なお、リリアーヌは謝罪のためノンナとサンディに対面を申し出たが、あっさり断られた。


 そして、判決。


「ロルウンヌ男爵を身元引受人とし、その監督下で釈放する」


 こうして、リリアーヌは正式に釈放された。


 ***


「お前はフォートハイトの姓を失い、平民となった。しばらくこの別邸で暮らすことになる」


 セオドアにはまだ幼い息子たちが居る。

 従姉と会わせるのは、もう少し後にするつもりだった。

 食事も別にすることは説明済みだ。


「後妻か側女か、働くか……だが、働きたいなどとは言わんだろう?」


 ロルウンヌ子爵セオドアは冷静を装いながら、内心では姪の行く末を案じていた。

 正直、今まで育てたどのバラより手がかかる。

 セオドアの趣味は、亡き母が残したバラ園の手入れを、庭師に教わりながら手がけることだった。

 忙しい日々、植物の世話は憩いだった。


 リリアーヌはほんの少し、考え込むように黙った。

 何かを振り払うように、顔を上げた。

 そして、セオドアはリリアーヌの予想外の言葉に、口をあんぐりと開けた間抜けな顔になった。


「おじ上……私、働きたいです」


 セオドアはぽかんとした。まるで珍獣でも見たような気持ちになって姪を見る。


「……働くって、何を?」

「娼婦になりたいんです」

「……は?」


 盛大にむせ、机を叩いた。


「何を馬鹿なことを!」

「冗談じゃありません。結婚なんてしたくないんです。父上と母上みたいになるの、絶対イヤ。だったら……いろんな人とイチャつく方が気楽でいいです」


 男爵は頭を抱える。

 リリアーヌは得意そうに言う。


「エドワール様とのイチャつき、うまいってほめてもらってました」

「……純潔は……?」

「守りました! 彼は求めてきましたけど、私は許しませんでした!」


 ――いや、それでも十分にふしだらではあるのだが。


 セオドアは沈痛な面持ちで姪を見つめ、深くため息をついた。


「お前は確かに美しいし、教養もある。だが、貴族としての未来はもうない。……少し考えさせてくれ」


 神妙にうなずいたリリアーヌに、「他に何か質問は?」と聞く。


「この間差し入れてくれたロマンス小説、続きってありますか?」


 セオドアは渋面を保ちながらうなずく。

 次の面会のときに渡そうと買ってあったのだ。


 ***

 

 家族と食事を摂り、セオドアは書斎に引きこもった。

 今日は姪の進路を真剣に考えることにした。


 そして夜が更ける頃、彼はふと思いつく。

 

 それはとても奇抜な思いつきだった。世界を回ったセオドアでないと、そんなことは思いつかなかったろう。

 ――本人に自覚はないようだが、彼女の強みは「素直さ」かもしれない。

 さらに、口が達者で、容姿がよく、一定の教養もある。


 それを活かすには……

 そうだ、あの教国のあのビジネスでなら……。

 リリアーヌは本領を発揮できるかもしれない。

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