うんうん、分かるぞ

「お、おい、何泣いてるんだよ…… あたし達、変な事を言ったか?」


「あ、あれ…… ? うっ…… ご、ごめんなさい…… ぐすっ…… 何でもないから…… 気にしないで……」


 いやいや、急に泣き出して何でもないわけないだろ…… 


「ごめんなさい…… うぅっ…… 幼馴染だった彼と一緒にいて楽しかった頃を思い出しちゃって…… それなのに私は…… 本当にこれで幸せなのかと疑問に思ったのが間違いだった……」


「まあ…… それはアンタ達の問題だからあたし達にはどうする事も出来ないけど、話して楽になるなら、アンタが今思ってる事を、あたし達で良ければ聞いてやるよ……」


「うぅっ、ごめんなさい…… 私……」



 …………

 …………



 ふむふむ、なるほど……


 幼馴染の彼とは家が近所で親同士が仲が良く、物心がついた頃から常に一緒にいて、兄妹みたいな存在だったと……

 そして高校生になり、お互い異性として意識し始めて…… 色々あって恋人同士になったのか。


 だけど恋人になったは良いけど、家族に近い存在だった彼との恋人として過ごす日々が、世間一般でいう恋人との付き合い方と何か違うと、一緒に過ごすうちに疑問に思うようになって…… そんな時にサッカー部のイケメン先輩に言い寄られて、つい彼との事を相談してしまい、そして……


「彼の事は大切だったし好きだったけど…… 先輩が優しく話を聞いてくれて、そして悩みを打ち明けているうちに先輩に口説かれて…… 私は……」


 あぁ…… 良くあるパターンのやつだわぁ…… あの先輩イケメンだしな。


「うんうん、分かるぞ、何たってイケメンだもんな、口説かれて舞い上がっちゃったわけだ」


「そ、そういうわけじゃ……」


「イケメンに優しい言葉をかけられたらコロッといっちゃうもんな、分かる分かる」


 カスミ…… イケメンイケメンって俺の方をチラチラ見るな! 俺はどちらかというとブサメンだぞ? バカにしてるのか!?


「しかもああいう下半身でものを考えるタイプのイケメンって上手くては下手くそな割合が高いんだよなぁ…… 顔だけじゃ身体は満足しないってな! わははっ!」


 お、おい! いきなり下ネタをぶち込むな! 彼女も困って……


「う、うーん…… 一度だけだからよく分からないけど、とりあえず天井のシミを数えようと探していたら終わってた……」


「ぎゃはははっ!! シミすら見つけられなかったってか!? ひぃぃー、ウケる!! でもそれも分かるぞ、気持ち良くないと『早く終わんないかなー』って変なところに目が行くよなぁ」


「幼馴染の彼とはそんな事なかったんだけど…… そういうのも含めてやっぱり彼が好きなんだと再確認出来て、先輩とは一度だけで関係を断とうとしたら……」


 あー、幼馴染にバレたってか? まあ、浮気は良くないからその辺は擁護出来ないわ。


「そうだな、浮気は良くないのは当たり前…… でも同じ浮気でも少しだけ違うのかもな、彼は好きなのは間違いないけど、きっと彼との関係に悩んでいて、彼への『好き』っていう気持ちの比重が軽くなっていたんだよ」


 比重、ねぇ……


「そして本来なら幼馴染と二人で解決するべき話だったのに、早撃ちヘタニシャンイケメンが横から現れて、隙を見せたばかりに心の天秤に乗ってしまい…… 少しだけイケメンの方に傾いちゃった、ってだけの話だな」


 ふーん…… って、早撃ちヘタニシャンってなんだよ。


「下手くそのクセにテクニシャンぶってるバカ男のあだ名だよ、あたしが考えた!」


 あっそ……


 でも心の天秤って…… 恋人がいたら乗せちゃダメなんじゃない?


「そうだな、でも夢中になるくらい好きだったら天秤なんて出てくることはないんだけど、好きって気持ちが弱くなると突然、スーッと現れちゃう時があるんだよ、よく聞かないか? 別れてすぐに新しい彼氏が出来たとか…… あれは別れる前にはもう天秤が現れていて、好きという気持ちがゆっくりと次の相手に傾いていたからなんだ、それくらい女の子の気持ちはすぐに変わって、簡単に切り替えられちゃうんだ」


 ほぉーん…… 男は結構引きずる人が多いって言うけど、女の子は切り替えが男より早いというか、すっぱり次に行っちゃうように感じるのはその辺の違いなのか?


「まあ、すべての女の子がそうじゃないけどな、天秤っていうのは気持ちの移り変わりや揺れ動いている様子を簡単に分かりやすく説明するための例え話だよ」


 なるほど、例え話か…… って事はカスミにもその天秤があるのか?


「ああ、きっとあるぞ、だから天秤の存在を忘れるくらい大切にしてくれないと…… 何かあった時に天秤が現れて大変だぞ?」


 こ、怖い事言うなよ…… でも悪い例え話で『釣った魚に餌をやらないと……』っていうのがあるし、それと似た感じで付き合ったからってそこで満足して何もしなかったら、いつか気持ちが変わってしまう可能性がある、って事か?


「誰が魚だ! こんな可愛い魚がいるか!」


 でも、たまーに『キスぅ』って言いながら口をパクパクしてるよな? あれは『きす』の真似じゃないのか?


「誰がパクパクしてるって!? このバカタレ! そういうお前こそ寸止めされた時にパクパクしてるだろ!」


 いやそれはパクパクじゃなくてビクビクじゃ……


「いーや、してるね! この目で見たから間違いない!」


 ど、どこ見てるんだよ! 下半身を見るな! ……えっ? って寸止めされるとパクパクするの?

 

「ふふっ、二人は本当にラブラブなんだね…… 羨ましいよ……」


 あっ…… 話がかなり脱線してしまった……

 そういえばいつの間にか泣き止んでいる…… 良かった良かった。


「こんな事聞いて失礼かもだけど…… 二人は付き合ってから長いの?」


「んっ、あたし達か? 恋人として付き合い始めたのは…… 確か半年前くらいからかな? それまでは友達だったからなぁ、付き合い自体は中学からだから長いぞ」


 友達…… というか、ほとんどカスミの愚痴を聞かされる係みたいなもんだったけどな。


「ほら、あたしって見た目はそこそこイケてるだろ? 胸だって大きめだし」


 自分で言うか? まあ黙っていれば可愛いし、スタイルも良いのは事実だけど。

 中学の頃は金髪プリン頭で、見た目も服装もヤンチャな感じだったがそれでも可愛かった。

 高校に入ってからは少し落ち着いてきて、俺と付き合い始めてからは『清楚系を目指す!』とか言って服装も落ち着いてきたんだよな。


「だから結構モテてさ…… 一時期、調子に乗ってバカみたいに男を取っ替え引っ替えしてたんだよ、その時の男の愚痴をコイツに聞いてもらってたってわけだ」


「と、取っ替え引っ替え!? す、凄いね……」


 そうだなぁ…… 俺と付き合う前までは見かけるたびに違う男と歩いていて、その男達の愚痴や生々しいシモの話を一方的に聞かされていたから、どんな人と何人くらい付き合っていたかはある程度知っているんだよ。


「ああ、それにあたしってば惚れっぽいというか、『良いな』と思ったらすぐアプローチしたり付き合ったりしてたんだ、ただ…… 男を見る目が絶望的に無くて、かなり痛い目にあってなぁ……」


 ああ…… 詳しくは知らないが、話を聞いた限り本当に見る目がなかったと思う。


「それこそ顔だけでイケメンを選んでみたり、ちょっとヤンチャしている男と付き合ってみたり…… でも、どいつもこいつも付き合うまでは調子良い事ばかり言うくせに、結局は身体目当てで、しかも自己中ヘタニシャンときたもんだ…… それが嫌になって別れて、すぐ次に行って、と短いスパンで付き合う男をコロコロ代えてたら、あまりにも切り替えが早くて『浮気してた』だの『二股だ』だの色々言われるようになって…… 最終的に修羅場になって大変だったんだよ」


 あの時が一番酷かったなぁ…… ヤンチャな元彼と別のヤンチャな元彼が互いの仲間を引き連れて、カスミを巡って乱闘騒ぎになったんだよ。

 しかもその時のカスミはというと、イケメン大学生と付き合い始めていて…… 結局カスミは男達から『三股浮気女』とか色々悪口を言いふらされて…… そんな愚痴も聞かされたな。


「そんでフリーになって、コイツに愚痴っていた時にたまたまムラっとして…… つまみ食いするつもりが逆に全てを塗り替えられるくらいに食われて…… 今はこうなったってわけだ」


 うぉっ! いきなり抱き着いてくるからビックリしたぁ…… 

 っていうかそんな覚えはないぞ? 俺はカスミに食われると思って必死に抵抗していただけだ。


「細かい事はいいんだよ! まあコイツは顔はイマイチだけど、あたしのやらかしを知っても変わらず接してくれて、顔はイマイチだけど、色々と相性が良い事に気が付いて…… だからコイツの彼女になったんだ」


 顔がイマイチで悪かったな! 二回も言うなよ!  正しさは時に人を傷付けるんだぞ!


「あぁん? もしかして怒ってるのか?」


 ああ、めちゃくちゃ怒ってるから…… 放課後になったら覚えとけよ!


「……うん、分かった、楽しみにしてる」


 何でそこで顔を赤らめるんだよ! 楽しみにすんな! ああもう…… ほら、お前がアホな事を言うから彼女がポカーンとした顔をしてるだろ?


「おっと、悪い悪い…… だからあたしが何を言いたいかというと…… 大切な人を裏切ったのはアンタが悪い、だからしっかり反省して…… これから同じ失敗は二度としないようにして、切り替えて次に行けばいいじゃないか」


「切り替えって言われても…… やっぱり悪いのは私だし、そんな簡単には……」


 そりゃそうか…… 彼女が悪いのはもちろんだが、幼馴染の彼が派手に言いふらしてくれたおかげで学校で知らない人はいないくらいの話題になっちゃったしなぁ……


「よし! じゃあが少しでも前を向けるようにあたし達が一肌脱いでやろう!」


 はっ!? 関わらないって言ってたのに…… なんだかんだ言いつつお節介なやつだよな、カスミは。


 とりあえず俺が出来る事は…… 何が何でもカスミのそばにいて、一番の味方でいるって事だな。


 穏便に済めばいいけど…… 大丈夫か?

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