第30話『抹消されし記録――ルナの過去と決断』

 


開かれた地下への扉をくぐると、そこは静寂に包まれていた。

黒曜石のような床と、鏡のように輝く壁。

その中心に、石碑のように立ち並ぶ“記録装置”が無数に設置されている。


「ここは……記録の保管所?」

ネムリが低く呟く。


「いや、違う」

ルナが進み出る。

その目が、微かに揺れていた。


「これは、“抹消された記録”を保管する場所……存在が否定された歴史が、ここに閉じ込められている」


ノクスが目を細めた。


「じゃあ……ここに、お前の過去があるってことか?」


ルナは何も言わず、奥の一基の装置の前で立ち止まった。


そこに記されていたのは――


【獣人族 ルナ=アークライド:反逆者・記録抹消済】


 



――ルナの記憶


ルナは語り始めた。

かつて、彼女は獣人族の王族として育てられた。

だが幼い頃、反乱に巻き込まれ、家族は全て粛清された。


反乱の理由は、ルナの父が“導師の指導”を拒否したからだった。


「……私の父は言った。“獣に知恵を与えるな、誇りを守れ”と」


ルナは、感情を抑えるように口を閉ざす。


「だけど私は、その誇りを守れなかった……

 あのとき、私は導師に“忠誠”を誓った。生き延びるために、ね」


 


「誇りを捨て、生き延びた者が今ここにいる」

魔剣ナグラヴェールが低く響く声で呟く。

「お前の中には、まだ“怒り”が残ってる。あのとき、誇りを棄てたことに、な」


ルナの目が、わずかに見開かれた。


「……怒りなんて、とっくに――」


「とっくに何だ?」

ノクスが問う。

「捨てた? 受け入れた? それとも、忘れたフリか?」


ルナは返せなかった。


 



――獣人の影、現る


そのとき、記録装置の背後から、一体の影が現れる。

銀色の体毛に、同じく冷たい瞳――獣人の青年だった。


「久しいな、ルナ・アークライド」


「……レイヴァン……!」


現れたのは、かつてルナと王位を争った異母兄――レイヴァン・フェングリム。

導師に忠誠を誓い、自ら家族を粛清した張本人。


「お前には“選択肢”がある。

 ここで私に従えば、再び“獣人王家”として導師の庇護を得られる。

 従わねば、すべてを敵に回すことになる」


 


ルナは静かに言った。


「私は……もう、どこにも帰る場所なんてない。

 でも、だからこそ“自分の選択”で進む。過去じゃなく、“今”を選ぶ」


彼女はノクスの方を振り返った。


「私が誇りを棄てたことを、後悔しているか?――否。

 私はあの日、“生き延びる”という意志を選んだ。それが、今の私を作った」


「だが今は違う」

魔剣が語る。

「“誇りを取り戻す”時が来た。お前がこの道を歩むなら――オレは、刃として力を貸す」


ルナの瞳に、力が戻る。


「ありがとう、ノクス。ナグラヴェール。

 ……ここからは、私の戦いだ」


 



――ルナVSレイヴァン


ルナとレイヴァンが、魔術を交えて激突する。


影と雷の交差。

互いの記憶を宿した魔力が、空間を引き裂く。


その戦いは、かつての“王族”の誇りと裏切り、血の宿命のぶつかり合いだった。


「……なぜ、お前は未だに“自由”を語る?

 誇りを守っても、死ぬだけだ!」

レイヴァンが叫ぶ。


「死んでもいい。

 でも、魂だけは導師に支配させない。私は私を、“選ぶ”!」

ルナが吠え、最後の魔導を解き放つ――!


 


閃光が全てを包み、レイヴァンの身体が崩れ落ちる。


その仮面が割れ、彼の目から涙が一筋流れた。


 



――そして選ばれた“仲間”


ルナは静かに、その場に立ち尽くしていた。


ノクスが近寄り、言った。


「……これからも、“参謀”頼むぞ」


ルナは、少しだけ微笑んだ。


「ええ。……誇りを取り戻した今、私はもう迷わない。

 あなたの“影”として、戦います」


ラキとネムリも、ほっとした様子で頷く。


「ようやく、“獣の誇り”を思い出したか」

魔剣ナグラヴェールが満足げに唸る。

「面白ぇ連中ばっかりだぜ、ノクス。オレ、こいつら好きかもしれねぇ」

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