16. 発光菌チャットナイト
静かな夜の温室は、どこか研究所めいた雰囲気があった。
昼間は生物部や園芸班で賑わうこの場所も、夕食後の今は僕と透のふたりきり。
ガラスの向こうには、まだ消え残った夕焼けと、星の予感だけが浮かんでいる。
「準備できた?」
透が、白衣の袖をまくりながら声をかけてくる。
理系の実験ノートを何冊も重ね持って、卓上にはAI端末と複数のセンサーが並んでいた。
「うん、発光菌も活性度MAXだよ」
僕はビーカーを覗き込む。
菌たちが作り出す生体発光が、暗い温室に幻想的な光のパターンを描いていた。
この現象――バイオルミネセンスは、ただの実験材料じゃない。
ひとつひとつの光が、生きて、何かを伝えようと“反応”している気がした。
「じゃあ始めよう。今日の実験テーマは“感情の可視化”だもんね」
透はAIタブレットのチャット欄に、
**「こんにちは」**とタイプした。
すぐに、水槽の中で菌たちが優しく淡いブルーに発光する。
「ね、今日の反応早いね」
透が、実験ノートに“打鍵→発光まで0.2秒”とメモする。
僕たちは交互に、AIチャットにメッセージを送る。
「楽しい」「おいしい」「きれい」――
そのたびに、発光菌はAIの指示でピンク、グリーン、オレンジとパターンを変える。
まるで、感情を物理現象として表現しているようだった。
「……すごいよね。
生物とAIと人間の感情が、ひとつのシステムでつながってるみたいだ」
透が、顎に手をあててつぶやく。
「うん。
AIが僕らの言葉を解析して、電気信号にして菌に送ってる。
その菌が光で答えて……まるで、見えない心の動きが現実に可視化されるみたいだよ」
僕は、どこか照れくさくなって俯いた。
「じゃあさ――」
透が急に、タブレットのAIに向かってこうタイプする。
「ふたりで同時に“好き”を送ったら、どんな発光になる?」
AIはすぐに答える。
「同時入力検出。シンクロ発光パターンで表示します」
ふたりで息を合わせて、チャット欄に「好き」と打つ。
エンターキーを押した瞬間、水槽のなかで菌たちが鮮やかなレインボーのウェーブを描いた。
それは今までのどんな色よりも強く、美しかった。
「すごい……初めて見るパターンだ」
透が、小さく息を呑む。
「これは……たぶん、
感情の共鳴――そう、シンクロニシティだよ」
理屈じゃ説明できない心の高鳴りが、
理系の言葉を超えて、発光菌のきらめきになって現れている。
静かな温室。AIがそっと祝福のBGMを流す。
「透……僕、ずっと君のことが好きだった」
言葉にすると、世界がひとつ次の段階に進んだような気がした。
透は、白衣のポケットからシャープペンを取り出して、
僕の実験ノートに、そっと「私も」と書き加えた。
発光菌の光は、まだ温室いっぱいに広がっている。
科学とAIと、ふたりの想いが混ざり合う不思議な夜。
“好き”という気持ちは、最も美しい現象として、
この小さな世界にそっと記録された。
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