転生したら短編小説作家だったので、短編小説を沢山書こうと思います。

翡翠ツバキ

Episode1:対の華

「ツバキ。今日、私はこの暗い世界を終わらせようと思う。」

それが、美術室に来て、サクラが最初に発した言葉だった。


部員がそれぞれの思いを込めた絵画や、気の合う相棒である画材が並ぶこの美術室は、私のお気に入りの場所のひとつだった。

親友のサクラは、今日からそんな私達美術部員の仲間入りをする。


サクラは私と同じ中学二年生で、思ったことをズバッと言うタイプだった。

その性格のせいか、前に入っていたバレー部では、嫌がらせをされていたので、入る部活が無いならと私が美術部に誘ったのだ。


「もう、何時までも厨二病拗らせてんじゃないわよ。サクラ。」

「何を言っているんだ、ツバキ。私は本気だぞ。」


笑い混じりに茶化す私に対して、サクラはやけに真剣な目付きで返答する。


私の声を一とすると、サクラの声は十くらい。

部室中に響くそんなサクラの声に、一瞬で場がシーンとなり、あちらこちらから生暖かい視線が飛んで来た。これはまずい。


「と、ところでなんですけど、新しい部員も入ってきたことだし、また絵画コンクールに応募してみませんか。」

このままだと前の部活の二の舞になる。そう思った私は、気まずくなった空気をかき消すように、コンクールの話を切り出した。


「いいね。どんなコンクールに応募するの?」

部長は少しだけ笑みを浮かべ、頬杖をつきながら尋ねる。

部長は、とても絵が上手なことで有名で、多くの絵画コンクールで賞を獲得している。私の憧れだ。


「はい、色々見て、このコンクールがいいかなと思いました。」

そう言って、私は『私の美しいもの絵画コンクール』のチラシを差し出す。

『自分が美しいと思うもの』の絵を描くコンクール。

締切は夏休みの終わりだから、締切もちょうどいい。

部長はチラシを見ながら、これいいね、と言った。


「そうだね。題材とかも描くの楽しそう。これにしようか。」

チラシを見た他の部員たちも、頷きながら、これでいいと思うよと口々に言い出す。

良かった。ほっとする私の隣で、私より一回り程身長の低いサクラは目を輝かせていた。


「じゃあ、締切日一週間前の一月十二日までに書いてくるってことで。それぞれ絵描いてていいよー。」

部長の掛け声とともに、私達は一目散に絵を描き始める。


楽しい。

そんなことを思いながら、私は絵を描く。

自分の思い通りに、自由自在に、自分が美しいと思うものを書くことが出来る。

そんな絵画の世界は、小学生の時の私なんてすぐに飲み込んでしまった。


あの時から、私は絵が好きになった。

描いても描いてもまだ描き足りない。そう思うようになった。


コンクールの絵。

私は、キャンバスと筆を描いた。

絵は私の全て。そうと言わんばかりのクオリティに、自分でも良くできたと思った。絶対に賞を取れる。そんなことを思っていた。



提出日、私は美術室に絵を持ってきた。

「お、ツバキはどんなの描いた?」

隣の席のサクラが話しかけてくる。


私はこんなの描いたよと言いながら、サクラは自慢げに絵を見せる。

夕焼けの絵だ。輝くような明るいオレンジ色の夕焼けと、全てを飲み込むような美しい黒色の夜空に、私は心を奪われた。

サクラは、私なんか比べ物にならない程絵が上手かったのだ。


「サクラ凄い、めっちゃ上手いよ。」

悔しさが無いと言ったら嘘になる。でも、それが私の実力なのだ。


「いやぁ、それほどでも。てかツバキの絵も見せてよー。」

「いやー、サクラの見たら自信なくなってきたよ。」

そう言って、私の絵を見せる。

「え、全然私のより上手いじゃん。自信無いは嘘でしょ。」

謙遜だ。絶対にサクラの方が上手かった。それこそ自信が無いは嘘になる。


「あはは、そうかなぁ。影の感じとか、サクラのを見たらなんか違うなってなっちゃったもん。」

いつもの様に、軽口に軽口で返す。それが暗黙の了解だった。


「名前に抗え。」

「え?」

聞いたことの無い言葉に、思わず聞き返す。

「私のオリジナル座右の銘。」

「何それ、面白。」

すると、サクラはペラペラと話し始めた。


「椿の花は、花弁が一枚一枚落ちるのではなく、花の額ごと打首されたようにボトッと落ちる。江戸時代の武士の間では、それが不吉だと言われていたんだ。」


でも、とサクラは続ける。


「平安時代の貴族の間では、『高貴な花』『聖なる花』として扱われてたんだって。だから全く同じ事柄でもさ、違う捉え方があるんじゃないの。椿の花みたいにね。」


いつも通りの小学生みたいな笑い方で、サクラは言った。


「そう、かなぁ。」

でも桜の花の方が、皆から好かれていて綺麗だ。

そんな釈然としない思いを抱えながら、私は『いつも通り』を取り繕う様に絵を描いていた。




冬ももう終わり、先輩方の卒業式が近づいて来ようと言う時、とうとうコンクールの結果が帰ってきた。


入選した人の名前が書かれた紙が、美術室内に張り出される。

先輩も後輩も関係なく皆が紙に飛びつく中、一歩出遅れた私は遠くから怖気付きながら紙を見る。


遠目で自分の名前を探す。


ない、ない、ない、ない。


私の名前が、無い。


皆が履けてから、近づいてもう一回紙を見る。


名前を探す。


やっぱり、なかった。


落選。そんな二文字が、私の心をギュッと握って離さない。


「あっ、た。」

隣でサクラが呟く。見てみると、『金賞』と書かれたエリアに、サクラの名前が書いてあった。


「やった。やったよツバキ。名前、あったよ。」

喜びが溢れ出るような震えた声で、サクラが話しかけてくる。


苦しい。


何で、何で、何で。

何で、サクラだけ。


「う、うん。良かったね、サクラ。」

必死に溜飲を下げながら、言葉を絞り出す。


「またまた。そう言うツバキも『どうせ』入賞してるんでしょ。」


どうせ、って何?


なんでそんな事言うの?

サクラは絵が上手くて、皆に好かれてて。なのに何で。


私の事、下に見てるんでしょ。


私は小さい頃から、何をやってもサクラには追いつけない。


成績も、人格も、運動も。

全部、全部、サクラの方が上。


これ絵を描くことだけは負けたくなかった。


なのに、どうしてサクラが金賞なの?

『どうせ』って、何?


何かがプツリと切れた感じがした。

次の瞬間には、もう歯止めが効かなくなっていた。


「は?」

言って、しまった。一度口から出た言葉は、もう戻せないのに。

自分でもびっくりするほどの低音に、サクラは目を見開く。


「え、何? サクラは私を怒らせたいの?」


「いや、そんなつもりじゃ」

「え、だったら何?落選してる私にマウント取りたかったの?」


ジリジリと距離を詰める私を見て、サクラは呆然とその場に立っているだけだった。


何なんだよ。何でこっちが勝手に怒り出したみたいな顔してんだよ。

これだけ色々言っておいて、今更被害者ヅラかよ。


必死に押えていた手は、いつの間にか動き出していた。

気がつくと、私はサクラの頬を引っぱたいていた。


「早く答えろよ。何がしたいんだよ。お前はさぁ。」

人を叩いてしまった。そんな事に罪悪感を覚えつつも、私はもう歯止めが聞かなくなっていた。


「ちょっと待て。ツバキもサクラも、お前ら一回離れろ。」

次の一発が入りそうだと思ったのか、部長が仲裁に入り、私達を物理的に引き離す。


「すみませんでした、部長。今日はもう帰ります。」

おい、と私の事を引き止めようとする部長を無視して、私は荷物をまとめる。


部室から出て、昇降口に向かおうとすると、桜が後ろから追いかけてくる。私が叩いた所はほんのり赤くなっており、サクラはその部分を手でおさえながら走ってくる。


「待って、ツバキ。ホントにごめん。」

涙目になりながら、しゃくり上げながら私に声をかけてくる。


ムカつく。じゃあ私はどうすればよかったの。

どうしたら良かったの?


分からないよ。もう。


私は一度立ち止まってから、サクラの方をちらっと見て、そして言った。


「本当に、アンタのそういうとこ、大っ嫌い。」


吐きそうなくらい単純で、純粋で、無意識に人を傷つけてしまう。

本当に、私はサクラのそういう所が本当に大嫌いだ。


私はそんなことを思いながら、学校を後にした。




その日の夜、サクラの1つ下妹のカエデから、『明日の夕方、ツバキちゃんと二人で行きたいところがあるんですが、もし良かったら行きませんか。』というメールが来た。


カエデは、サクラよりもしっかり者で背が高いので、初対面の人にはよくカエデが姉だと勘違いされる。


多分、今日の事だろう。何か言われるんだろうな。


そりゃそうだ。カエデからしたら、サクラは大事な姉だ。そんな存在がクラスメイトに殴られたとなったら、私も怒るだろう。


しょうがない。私は『分かった。じゃあ明日の帰りに校門集合で。』と返信した。



「ツバキちゃん。」


次の日の夕方、私達は校門で待ち合わせをした。


「じゃあ、行こっか。」

行先も言わないまま、カエデは歩いていく。

私も、それに続いてただ歩いていた。

何を言われるんだろう。そんな複雑な思いを抱えたまま。


「着いたよ。」


着いたのは、近所の河川敷だ。

サクラと前に自転車で遊びに行った時に帰りに通って、綺麗だねと話していた所。


「ここ、お姉ちゃんがコンクールの絵を描く時にモデルにした所なんだよ。」


熟れた蜜柑のような綺麗な橙色と、夜の訪れを告げる鴉のような黒色が、火花を散らすように頭上でせめぎ合う。

ああ、世界って、こんなに綺麗だったんだ。


「お姉ちゃんだって、ツバキちゃんに関する愚痴を結構言ってたんだよ。でも、最後は決まって、ツバキちゃんにも良い所がある、って言ってたの。」

お姉ちゃん、ツバキちゃん嫌われた、って家で泣いてたよ。

カエデはボソッと一言付け足して、下を向いて俯いてしまった。


サクラも、努力してたんだ。


認められない、絵を描けないなんてボヤいている場合じゃなかったんだ。

頭をキャンバスでぶっ叩かれたような、そんな感じだった。

私はスカートが土で汚れることも気にせず、呆然と河原の土手に座り込んだ。


私は一体今まで何をしていたんだろう。絵も描かずに、サクラに酷いことを言って。


サクラは、こんな時なんて言ってたっけ。


『名前に抗え』って言ってたな。


そうだ。どんな時も、サクラは悪い面じゃなくて良い面を探してくれていた。


私は、サクラとちゃんと話し合いをしていなかった。

どんな時も、我慢していたのは『私だけ』ではなかったんだ。


私はゆっくりと立ち上がって、俯いたままのカエデに話しかけた。


「ごめん、カエデ。私、一回サクラと電話で話してみる。」

カエデは少し驚いた表情を見せた後、何となく安心した様子で、「うん。」と小さく返事をした。


そう言って、私は電話を掛ける。

プルルル、と鳴る電話を見つめて、覚悟を決める。


こういう時、サクラだったらなんて言うんだろう。


オレンジ色の夕日を直視しようとして、でも眩しくなって。

暗い藍色の空が迫ってきている中、考えた。


ほんの少しだけ、見方を変えてみよう。

そうしたら、もっとサクラの事が解る気がするのだ。


『私は今日、この暗い世界を終わらせる。』

そんな言葉を心の中で唱えながら、空を見つめる。


今日は一層、夜の闇が明るく見えた気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る