第31話 なんて、面白い。
「紅藕さん、二つだけ聞きたいことがあるんですが。」
「答えよう。」
教頭室での会議の翌日、朝早くからバースは紅藕と共に、学院の闘技場で特訓していた。鍛錬場だといかんせん人が多く、集中できないためだ。幸い今は決闘が行われていないので、闘技場に出入りする者は稀だった。
剣での打ち合いをしながら、バースは紅藕に問いかけた。
「どうしてあなたはオリオが魔王だと知っていたんですか?」
「そんなこと、聞くまでも無いと思うけど、答えようと言ったからには答えよう。リズベル教頭から事前に聞かされていたんだよ。魔王を魔研に入れるから驚かないでくれって。」
「そんな馬鹿な…」
もし自分がそんなことを言われたら、絶対驚くだろう。やはり魔研の人々は、どこか頭の螺子が外れているなと、バースは改めて実感した。
「では二つ目の質問。俺をこのまま強くしたらどうなる?」
「………それはね。まず、王族間で伝わる剣技、直角剣は、元々別の技なわけなんだ。」
紅藕は、自らの武器である太刀を、胸の前で構えた。刀身は真っ黒く、紅藕の顔の被っている部分だけ、影がかかっているような錯覚がおこる。
そして彼は、その太刀を、誰もいない空間に振った。
「一発目を無駄打ちすることをフェイントだと言っているけれど、元はもっときれいな、美しい剣技なんだ。」
そして直角剣を再現するように、一発目を放ったまま、直角に、バースの方へその太刀を振るう。バースは咄嗟に剣でそれを受けたが、刃と刃がぶつかった感じがしなかった。目を向けると、しかししっかり受け止めている。
「最初は直角剣を二度行うイメージだ。一度目の始点と二度目の終点が交わるようにすることで直角剣は四角剣になる。」
「四角剣………」
紅藕は目の前で、一閃、一閃、一閃、一閃を結び、斬撃で四角形を構成した。
「それを何度も練習していけば、四角剣のイメージで四角剣が使えるようになる。その次は、三角剣を目指す。」
と、彼は一閃、一閃、一閃を結び、今度は三角形を構成した。
「正直、四角剣を極められれば、三角剣の習得は早いし、その次、最終段階の
「……どうしてそんなことを知っているのか、聞いても良いですかね?」
「残念ながら、質問権はもう使いきってるよ。」
ふう、と一息吐いて、紅藕は太刀を肩に背負った。そして、バースの顔をちらりと見た。
「三日で
「……そんなことを言われたら、やるしかないじゃないですか。」
バースは今一度、胸の前で剣を構えた。
グレイは、一人で魔研の部室に訪れていた。部室は全くいつも通り、散らかっていて、汚い。この場で唯一綺麗で神聖なものと言えばこれしかないだろう、と、グレイは壁に立て掛けられている灰色の石板の前に立った。
そして、気付く。その石板に、何やらメモのようなものが張り付けられていることに。彼女はそれを手に取り、書かれているのを読み始めた。
「グレイドールへ 問題 どうしてこの校舎は灰色なのでしょうか? ヒント:この校舎の形に関係があります。これが解けなきゃ、英雄譚にもならないよ。」
おそらく晨曦が書き残したであろうそのメモ、グレイは少しだけ考えて、そしてすぐに、答えに辿りついた。そして、懐からある一枚の羊皮紙を取り出した。それはいつか、オリオが入部した時に課された課題の紙。この校舎を上から見た絵である。
「………なるほど。なんて、面白い。」
グレイは呟き、今度は懐から、木で作られた剣の柄を取り出し、それを目の前の石板に突き刺した。そして、言う。
「
☆☆☆
ふかふかの椅子に座っている。僕は気を失ってから、巨大な城に連れてこられて、その城で一番豪華な椅子に座らせられている。そうしてまた、彼女達が話しかけてくる。
「思い出してください、思い出してください、魔王様。メスピアでございます。」
「私です。ガナードです。思い出してください。」
魔王城に来てからというもの、白黒ゴスロリメイド二人が、僕の左右に立って、耳元でささやいて言ってくる。思い出してと言われても、分からないものは分からない。別にこの状況が続けばいいなんて思っているから、何も言わないという事じゃない。役得とか、決して思ってない。
「二人とも、下がりなさい。」
と、これまたいつも通り、白と黒を基調としたメイド服に、赤いラインの入った服を着た大人しめの女性は、ガナードとメスピアの二人を制止した。
「クレイダル、どうして邪魔をするのですか?」
「魔王様が困っていらっしゃるからです。」
「それは無いですよ、クレイダル。もし嫌だったのなら、私達の事をご自身でどかされるでしょう。」
「魔王様は慈悲深い方です。あなた達は好きにさせてもらっているのですよ。分かったのなら、早くお退きなさい。」
メスピアとガナードの二人は渋々、僕の横から離れた。そして、クレイダルの両隣りに移動した。クレイダルは僕の前に跪いて、僕の事を見上げた。
「魔王様、我々の事は思い出していただけたでしょうか?」
「……いや、まったく。」
「そうですか……ご自身の事は、思い出していただけたでしょうか?」
「……いや、まったく。」
これは本当。僕は自分が魔王であるなんて事、一切合切思い出せていない。ただ言われているだけで、そうなんだ、と思っている。
クレイダルはなんだか深刻そうな顔をして、親指の爪を噛んでいる。
「こうなったら話すしかないんでしょうか…ですが、私も全ては知りませんし…」
独り言を呟く彼女を見て、なんだか色々苦労していそうだと思った。
そんな彼女の様子を観察していたとき、唐突に僕の後ろから、なんだか聞き慣れた声がした。
「マアマア、オイラに全て任せときなっテ。」
そんな喋り方に、振り返る。黒い肌に黄色い髪、黄色い瞳の美少年。雰囲気がどことなく、ルームメイトに似ていて、僕は愕然とした。
「え、お前、七波…?」
「エ、ダレソレ……知らん。」
元々僕はこの人の主人だったんだと思うけど、それにしては結構雑な言葉遣いで、彼は僕の問いかけを一蹴した。そうして彼は、自らの胸を張って、それに手を当てた。
「オイラはプティットゥさ。忘れたとは言わナイゼ?オイラが司るのは他者の頭サ。だから、魔王の記憶を呼び起こすことだってできるんダゼ?」
「…え、最初っからそれすれば良かったんじゃない?今までの囁きのアレって何だったんだ。」
僕がメスピアとガナードの方を見た。すると、彼女達はたちまち目を逸らした。
「………私達がやってみたかったから…でございます。」
答えたガナードの肩を、メスピアは叩いた。
「聴覚による情報の方が、視覚などより強く印象に残ると聞いたことがありますので…記憶を効率的に取り戻せるかと思索した結果でして…」
「え、じゃあ、二人が偶に隣でアンアン言ってたのも……?」
「…………。」
プティットゥは、メスピアとガナードの方を向いた。彼女達はまた目を逸らした。
「きまずいナア。もう初めて良いカ?」
「…よろしくお願いします。」
クレイダルの返事を聞いたプティットゥは、僕のすぐ目の前まで来て、額にその手をかざした。その瞬間、無くしていた思いが、情景が露わになる―――
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