第22話 凱旋

 自分たちよりも部下を優先したヨハンとシュメーロ辺境伯の帰還が遅れたのは周知の事実となった。


 辺境伯領で治療を受けたヨハンたちは盛大な祝勝パレードで王都を凱旋し、魔物から国を守った英雄として国民の大歓声を全身で受け止めている。

 人目に晒されることを快く思わないセリーナも今日ばかりはヨハンに手を引かれ、フロート車に乗り込んだ。


 高い位置から見下ろす国民の大歓声には驚かされる。

 サチュナ王国に初めて来た時もこうして歓迎されたが、その時よりも遥かに大きな声援だ。


 サチュナ王国に来たばかりの頃は歓声すらも雑音だと認識していたセリーナは、今ではこの声に興奮し、自然と笑顔が綻ぶようになっていた。


 だが、手放しには喜べない。

 今回の魔物被害が拡大した要因の一つが自分だと思うと息が詰まりそうになった。


「気分がいいだろ。オレたち全員で国を守ったんだ」

「オレ……たち?」

「オレたち」


 そう言って、ヨハンは自分の胸とセリーナを交互に指差した。


「んんっ! あー、ごほん!」


 わざとらしく咳き込むシュメーロと肩を組み、黄色い声を送ってくれる国民に手を振るヨハン。


「シュメーロも大活躍だったな。後世に語り継ぐ必要がある!」

「それもこれも聖女様の支援のおかげです。改めて、感謝申し上げます」

「い、いえ。わたしなんて……」


 隣で恐縮するセリーナの自己肯定感が低いことを既に察しているシュメーロはどうしても聞きたいことがあった。


「聖女様は魔物によって人が殺される光景を見るのは初めてでしたか?」

「え、えぇ、仰る通りです」

「であれば、聖女様は凡人には想像もできないくらい、ジャマガン王国のために尽力されたのでしょう。おっと謙遜は不要です。あなたに謙遜されると自分が惨めに思える」


 セリーナの次の言動を読んでいたシュメーロはセリーナに発言権を与えないように続ける。


「魔物が襲来すると多くの犠牲者が出るのは、どの国にとっても当たり前なのです。それなのに、ジャマガン王国には被害がなかったとなれば、恵まれているなんて簡単な言葉では済ませたくなくなります」

「ずりぃよな、ジャマガン」


 険悪な雰囲気になりかねない話題だが、意地でもそうさせないのがヨハンだ。

 ヨハンは国民に笑顔を振りまきながらもセリーナとシュメーロの会話に割って入ってきた。


「これが普通です。大勢の人が亡くなったとしても、生き残り勝利した者は賞賛される。我々は振り向かないし、うつむかない。いつだって前を向いて歩き続けるしかないのです。それが命を賭して国を守った者たちへの礼儀です」


 シュメーロは異世界に召喚させて以来、初めてセリーナを叱ってくれる大人だった。

 これまで頭ごなしに、あるいは理不尽に怒鳴られることはあっても叱ってくれる人はいなかった。

 セリーナの謙遜に苛立つ人は居ても、「それは間違っている!」と面と向かって言ってくれる人は誰一人としていなかったのだ。


「ごめ――」

「胸を張りなさい。あなた様はサチュナ王国から魔物を退けた稀代の大聖女だ」

「……ッ、はい――っ!」


 その誇らしい聖女セリーナの顔を目に焼き付けようと国民は熱狂し、更にパレードは盛り上がりを見せた。



◇◆◇◆◇◆



 場所は王都、王宮の謁見の間。


 ヨハンとシュメーロ辺境伯は魔物討伐隊の代表として国王陛下から労いの言葉と褒賞を賜った。


「ご苦労だった、シュメーロよ。しばしは養生し、軍備を整えよ。犠牲者の弔い事に関しては国が執り行う。そなたが気に病む必要はない」

「はっ。勿体無いお言葉です」


 続いて息子ヨハンへと視線を向けたサチュナ王は「よく戻った」とだけ短く伝えた。

 ヨハンも「当たり前だろ」とでも言いたげな満更でもない笑みを浮かべるだけで何か発言するわけではない。


 そんな親子のやり取りを後ろから見ていたセリーナが不思議に思っていると国王に名前を呼ばれた。


「セリーナ殿。報告は受けているが改めて聞かせて欲しい。貴殿がサチュナ王国に結界を張り巡らせて魔物を撃退した、ということで間違いないのだな?」



――誰がそんな報告をしたの⁉︎



 セリーナは無表情を装いながらも内心は動揺していた。


 あの局面でセリーナが行ったのは、手から出した"聖女のギフト"を魔物に食べさせて、撤退させただけだ。

 決して、結界を構築したわけではない。


 当初はなぜ魔物が言うことを聞いてくれたのか分からなかったが、マシュガロンⅢ世が言うには『禁断の力を使った』ということだった。


「……あの、えっと」


 セリーナは答えられずにいる。

 肯定すればサチュナ王に嘘をつくことになり、否定すれば説明を求められる。


 焦りから鼓動が速くなり、口が乾いてしまって、余計に声が出なくなった。


「その通りです、父上。他でもない、ミリアーデからの報告です」


 その時、セリーナの代わりに答えたのはロイハルド王太子だった。


「聖女殿は負傷した兵士たちの治癒の最中に魔物と遭遇し、奴らを退けました。実際に今日まで我が国への魔物の侵攻は見られていません」

「慎め、ロイハルド。余はセリーナ殿に聞いている」

「失礼しました」


 ロイハルドの流し目がセリーナに語りかける。



「これなら嘘にはならないだろう?」と――



 セリーナは本心からは納得しなかったが、これ以上、国王への返答を渋るわけにもいかず、静かに頷いた。


「はい」

「であるか。ならば良い。我が国を守ってくれて感謝する」


 セリーナは顔を隠すように深々と頭を下げて、国王の謝辞を受け取った。



 その日の夜。

 魔物を撃退した英雄たちを讃えるパーティーの途中でセリーナはロイハルドに呼び出された。


 生ぬるい夜風が吹くバルコニーではワイングラスを揺らすロイハルドが待っていた。


「やぁ、聖女殿」

「どうして、あのような嘘をついたのですか?」

「貴公を助けたつもりだったのだが。今からでも真実を伝えに行こうか? "聖女殿は手から出す菓子で魔物を自由自在に操れるぞ"、とな」


 案の定、危険なお誘いだったと落胆したセリーナが背中越しにホールとバルコニーを繋ぐ扉へと手を伸ばしたが既に手遅れだった。


 閉ざされたガラス扉の向こう側には、ロイハルド王太子の側近たちが厳重に警備しており、誰も近づけないようになっていた。


「夜は長い。しばし我と語り合っていただけるかな、聖女殿」


 諦めたように見上げた夜空を彩る星たちはギラギラしていて、ヨハンと一緒に見上げた星空の方が好きだったな、とセリーナはぼんやりと思いを馳せた。

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