第13話 自分だけのやり方で

 毎日のようにマフィン作りを続けているが、やはり味はプロの料理人には敵わず、手から生み出す"聖女のギフト"のような効能が付与されることもなかった。


「お母さんってどうやって作ってたんだろう」


 朝からキッチンを借りて、作ったマフィンは袋の中に入れてある。

 ふと立ち止まったセリーナはキョロキョロと廊下を見渡し、ごくりと喉を鳴らした。


「い、いいよね。誰も見てないし」


 食欲に負けたのではない。

 歩きながら物を食べるという行為に背徳感を抱いたのだ。


「一つだけ、一口だけ」


 袋から取り出したマフィンをかじる。

 いつも以上に美味しく感じてしまい、「どうせ誰も見てないし」と開き直ったセリーナはそのままマフィンを頬張りながら私室へ向かった。


 手作りのマフィンの見た目は当初よりも改善しているが納得のいく、見た目と味にならないことがもどかしい。

 セリーナは失敗作を他人に振る舞うことを良しとせず、小腹が空いた時のおやつとして、全て自分で食べるようになった。


 自らをマシュガロンⅢ世と名乗った契約精霊もただ見守っているだけで助言をすることも味見をしてくれることもない。

 食いしん坊の度を超えていた聖獣イグニスとは全然違う種族のようだった。


 私室に着く頃にはマフィンを食べ終えて、指先についた甘い油分を舐めてから扉を開けた。


「セリーナ様、本日の20名のリストです」


 受け取ったのは王都にある聖堂を訪れる15人の名前と、自力で聖堂まで辿り着くことができない5人の名前が記載されたメモだ。


「今日も20人か。時間が余っちゃうな」

「そう言うと思いましたので訪問を5名にしたのです。せっかくですから、陽の光を浴びてください」


 護衛兼メイドのミリアーデは、セリーナを放置すれば1日どころか平気で5日間は部屋にこもってしまうことを知っている。

 聖女であることを良いことに飲まず食わずで限界まで活動を続けて、たらふく食べて、気絶するように眠る。

 主人にそんな不規則な生活をさせるとはメイドとしての矜持に反する行いだった。


「また失敗作のマフィンで済ませるおつもりでしたね」

「ギクッ……どうしてそれを」

「私は誰よりも近くでセリーナ様を見ているんですよ。お見通しです」


 そう言うとミリアーデは袋に入ったマフィンの失敗作をひょいと奪い、背中に隠してセリーナを食堂へと促した。


「しっかり食べてからお役目に出発していただきますからね」

「気持ちは嬉しいけど、そんなにお腹空かないよ。たったの20人、しかも近くに居てくれる人たちを癒すなんて訳無いもん」

「セリーナ様の普通に付き合っていれば、こちらの体が持ちません。私たちの普通に合わせることで、セリーナ様のズレた感覚を正そうという試みです」

「ふぅん」

 

 最近では、サチュナ王国民による『聖女様の過重労働反対活動』が活発化しており、否が応でもセリーナを休ませようと画策されている。


 その主導者というのが、セリーナに腰痛を癒してもらったディナス・イネ公爵だ。


 元よりロイハルド王太子派を敵視していた彼は今では杖を振り回しながら聖女セリーナの素晴らしさと活用方法を国民に説いている。


「わたし、ズレてるの?」

「それはもうお見事なまでに」

「傷つくわ」

「歩きながら物を食べるのも、お行儀が悪いのでお屋敷以外ではやめてくださいね」

「お屋敷ならいいの?」

「はい。少しくらい羽目を外してくださった方がバランスが取れるというものです」


 そんな調子で同年代のミリアーデと軽口を叩きながら朝食を終えたセリーナは、お屋敷からほど近い聖堂にやってきた。


 まだ開門前だというのにすでに数名が列を作っていた。


「今日も待たせてしまったな。やっぱり、もっと早く家を出ようかな」

「いけません。これでも充分、早く到着しているんですよ。約束の時間よりも前に並んでいる連中が悪いのです。セリーナ様のお役目を急かす行為は許しません」


 ミリアーデは切り揃えた赤髪を揺らし、腕を組んだ。

 セリーナはきっちりした性格のミリアーデらしい発言に笑ってしまった。


(もしも、向こうの世界で仕事をしていたとしても、こんな感じだったのかな)


「セリーナ様? どこを見ているんですか?」


 ぼーっと遠くを見つめるセリーナの視線の先を眺めるように、目の上に手をかざすポーズをとったミリアーデ。


 セリーナはすぐに首を振った。


「なんでもない。開門して。皆を待たせたくないの」

「承知しました」


 ミリアーデは規則や規律にはうるさいが、何よりもセリーナを優先している。

 セリーナが嫌なものは強要せず、一度言ってセリーナが譲らない時は素直に引き下がってくれる。

 だからこそ、ちょうど良い距離感で付き合うことができていた。


 セリーナは王都に建てられた聖堂を訪ねて来れる人たちを癒し終え、訪問の準備を進める。

 大きな鞄の中には薬草や薬を調合するための道具が所狭しと入っていた。


 自力で聖堂に来れないということは、それだけ弱っているということだ。

 身分差別しないセリーナは相手が誰であろうと要望があれば、数日間をかけて困っている人の待つ家に駆けつけることもある。


 その時に必要なのがこの鞄だ。


 今日の訪問先は王都に住む人ばかりだが、誰も彼も病状が重い。

 セリーナは最後の一人の元を訪れて、病床に伏せる老婦人の顔を覗き込んだ。


「初めまして。セリーナと申します。体調はいかがですか」

「聖女様……? 本当に? 私のような平民上がりの所へ来てもらって感謝の言葉もございません」


 この人がどんな人生を歩んでいようが関係ない。

 セリーナは聖女だ。聖女以外の生き方が出来ないから聖女の責務を全うするだけだった。


 セリーナは老婦人の背中をさすり、お腹を撫で、最後に白髪混じりの頭に手を置いた。


「はい。これで終わりです。ただ、鎮痛効果は3日しか持ちません。我慢ならない時は、こちらの薬を飲んでください」


 鞄の中に入っている薬草を調合した薬瓶をナイトテーブルに置いておく。

 頻繁に訪問できないからこその心遣いだった。


「ありがとうございます。ありがとうございます、聖女様」

「お大事に」


 セリーナは必要以上に優しい言葉を投げかけない。


 サチュナ王国でも聖女マリアベルの代役を強制されていたならば、彼女マリアベルらしく上辺だけの言葉を並べ、祈りを捧げ、「絶対にまた来ます」と無責任なことを言って、二度と足を運ぶことはなかっただろう。


 薬瓶を置くなんてことは絶対にしないし、させても貰えなかった。


 過去に「愛娘マリアベルはそんなことはしない!」とヴィンストン伯爵に怒鳴られ、頬を引っ叩かられて以来、セリーナは自分の気持ちを押し殺してお役目をこなしてきた。


 セリーナが人に会わずに癒すようになったのは、「この人にできる限り尽くしたい」という湧き上がる気持ちを抑圧するためだ。


 聖女とは薬に頼らずに傷を癒やし、大病をも癒すことができる唯一の存在だ。大きすぎる能力ちからゆえに1日に癒やせるのは限定1人、良くても2人。


 しかし、セリーナにその能力ちからはなく、患っている病気そのものをなかったことにすることはできない。痛みを取り払うことが関の山だ。


 この老婦人の命はもう僅かしか残っていない。その僅かな時間だけでも安楽に過ごして欲しい。そんな想いで調合したのが、あのナイトテーブルに置いてきた薬だった。


「セリーナ様は薬の調合もできるのですね!」

「驚くほどのことではないと思う。聖女でなくても、調合くらいできるもの」

「市販のポーションとは訳が違います。その人だけに合った薬をその場で作ることは薬師にも不可能です。それも聖女の成せる技ですか?」

「さぁ、どうだろう」


 セリーナの知っている本物の聖女はマリアベルしかいない。

 では、そのマリアベルが薬の調合を行っていたのか、と問われると答えはいなだ。


「本で読んだことを真似ているだけで、実際には何の意味もないのかもしれない」


 そう言いながら馬車へ戻るセリーナの背中は儚げで、捕まえておかなければ消えてしまいそうな、そんな弱々しさがあった。


「……不器用な人。私たちの聖女はセリーナ様だけなのに」


 セリーナがどこか遠くにいる"誰か"と自分を比べていることは、あえて指摘しないだけで皆が気づいている。


 その呪縛から解き放ってあげたい。でも、その権利も手段も持っていない。

 だから、ミリアーデはセリーナの後を追いかけ、これでもかと屈託なく笑った。


「あの婦人は最上の余生を過ごせるでしょうね! なんてったって史上最高の大聖女様がこの国にはいるんですから」

「ふふっ、なにそれ」

「明日からは王都を離れてのお仕事ですからね。早く帰って寝ましょう!」

「ちょっと、押さないで。危ないっ」



◇◆◇◆◇◆



 それからまもなくして老婦人は亡くなった。


 彼女の息子によってしたためられた文には、


『セリーナ様が訪問してから最期の時まで苦しむことやく、家族との時間を作って天の国に旅立つことができました』


 と書かれており、セリーナへの感謝の言葉の数々が並んでいた。


 国民も聖女セリーナが言い伝えと違って、傷も病気も治せないという事実には薄々気づいている。

 それでも王都まで出向き、あるいは訪問を依頼するのは、「聖女セリーナは誰にも平等に、真摯に寄り添ってくれる」という、国民の絶大な信頼を勝ち得たからだ。


 それはマリアベルの代役聖女をやっている頃には出来なかったことで、セリーナはすでに自分にしか出来ないことを見つけているのに気づかずにいる。

 

 誰も「言い伝えと同じことが出来ない役立たずの聖女」などという暴言を吐くこと無く、初めてありのままのセリーナを受け入れてくれたのはサチュナ王国という小国だった。

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