第6話 魂
本堂に向けてさらに一歩、踏み出した時だった。
こちらに背を向けていた人形の髪が揺れた。
関節が捻じれるようにひとつ、またひとつと動き始める。その度に錆びた機械を無理やり動かした時のような音が聞こえてくる。
そうしてコチラを向いた人形は、顔に笑みを湛えていた。
「み つけ た」
女の声にも男の声にも聞こえたし、若い声にも老いた声にも聞こえた。
「ハル、あいつは何なんだ! 例のマシンで鑑定を!!」
恐怖に縛り付けられていた様子のハルだったが、俺言葉で我に返る。
「そ、そうだね! いますぐに――」
そう言ってハルは鑑定装置を構えたが、その顔色が青ざめていくのがわかった。
「ウソ――でも、そんな――」
俺はハルの手元に表示されたホログラムを確認し、絶句する。
そこには日本人形ではなく、明らかに人の形が浮かび上がっていた。
【名前:リュウト】
【レベル:985】
【攻撃:???、防御:1583、敏捷:25099、魔力:4039】
【スキル:諠ィ陌】
たしかハルの話では、上級探索者で各能力値が1000程度だったはず。
敏捷性がとんでもなく高い。
さらに、攻撃が俺と同じ???ということは、マシンで測定できない値であり、すなわち10万以上ということになる。
さらに全く読めないスキルには気味の悪さを覚えた。
「ハル――これは一体……」
「突出したスピードに乗った圧倒的な攻撃力でダンジョンの蹂躙者って言われていた元探索者ランク
「そのリュウトとあの人形、一体何の関係が」
「たぶんだけど、人形の中に魂が入っているんだと思う……。この文字化けしたスキルは、魂が歪んで別物になっている証拠なの」
そこまで聞いて、脳内に知識の断片がきらめく。
この世界には死霊系統のスキルを自在に扱う珍しいモンスターがいたはずだ。
俺の思考を補足するように、ハルがモンスターの正体を口にする。
「だから、つまり、ここにはネクロマンサーがいるってことになるね……本体は見当たらないけど……」
すると、まるで俺たちの話を聞いていたかのように、人形は本来開かないはずの口を不自然に開けた。
「それわたし。そう。みつけた。世界最強。世界最強。探したぞ。世界最強。私のモノ。許せない。私のモノ。コレクション。世界最強。不完全。未完成。許せない。可哀想。私のモノ。許せない。手に入れる」
「……悪いが、お前のものになるつもりはない」
「子供たち。入れ。子供たち。愛。コレクション。入れ」
ネクロマンサーの言葉に続いて、コチラを向いていた無数の人形たちの目が変わっていく。いずれもどこか虚ろで濁った色だが、こちらを意識的に見ていることが伝わってくる。
それと同時、揺らいでいた俺の視界が徐々に安定していく。
それはどうやらハルも同じであったようだ。
「もしかして、目の前がぐにゃぐにゃしていたのは全部魂だったの?」
「魂? ククク。魂。よこせ。世界最強。よこせ。今すぐ」
場の空気が、一瞬にして殺気に満たされる。
俺は即座に構えた。魔力が右腕に集まり《絶対の矛》を呼び出す。
「来るよ、ノビー!」
ハルの叫びと同時に、周囲の人形たちが、動いた。
ギッギッギッと人形の動作音が境内に響き渡る。
剣を振るう者、呪文を唱える者、拳を構える者……それぞれが、違う戦闘スタイルを取ってくるが、いずれも人間的な攻撃手段に見えた。
一体一体の動きがいずれも洗練されていて、強者の魂が人形を動かしているのだろうことは、一目見てわかった。
俺は、最前列の人形が繰り出してきた剣の突きを最小限の動作で躱し、同時にその体を真っ二つに割った。
だが休む暇など全くない。
どこかの人形が発したであろう風の斬撃が俺の体を取り囲むが、矛を回転させながら上手く斬撃をいなす。
続けて、まるでロケットのように飛んで頭突きを繰り出してきた人形を、ギリギリのところで粉砕する。
「クッ、次から次へと!」
ついこの間戦ったスライムキングなんかと比べても格段に強い。
だが、倒せない相手じゃない。
問題は、この数だ。
「ノビー、上!」
上を確認すると、空に空間の裂け目が現れ、そこから巨大な木槌が現れる。
木槌が振り下ろされる瞬間に、その速度を逆に利用して持ち手を叩き斬る。
頭の部分が吹き飛び、多くの人形たちがいる境内の中央に落下した。
ズン、と空気が震えた。
「ナイス! でも、まだまだ来るよ!」
「これじゃキリがない!」
俺は全力で矛を振るう。
ハルも対モンスター用の探索者アイテムらしいもので、俺の背後のモンスターの動きを止めてくれているが、このままでは埒があかない。
「魂から体を復元できず、わざわざ人形に入れなくちゃいけないってことは、このネクロマンサーは上位個体じゃないはず」
「そうなのか?!」
「うん。それなのにこれだけの量の魂を操るってことは、本体は近くにいるはず! ネクロマンサーは人間よりふた回りくらい大きいから、隠れるとしたら――」
「この寺で一番でかい建物、つまり本堂の中か!」
俺は行先を見据え、ハルの腹部に腕を回し小脇に抱えた。
「きゃっ! な、な、なにするの!」
「そりゃ決まってるだろ」
俺の敏捷力が???になっていたということは、ここの誰よりも早いということだろう。
俺は足に力を込め、思い切り地面を蹴る。
「走って突っ切るんだよーーー!!!」
「きゃぁぁぁ! 横から攻撃が来てるぅぅ!」
「積んでるエンジンが違うから問題ない! それより振り落とされるなよ!」
「わたしを抱えてるのはノビーなんだから、わたしにはどうしようもなくない!?」
「それもそうだな」
くだらない会話をしているほんの数秒の間に、俺達は本堂の入り口に立つ。
本堂の賽銭箱上で佇んでいたリュウトの目が激しく怒りに揺れたかと思ったが、構っている暇はない。
サッと本堂に入り、扉を閉める。
思いの
「よし、それじゃ、早速探しますか」
俺が振り返ると、そこには床に座った日本人形があった。
「……!?」
佇まいが他のヤツらとは一線を画していた。
リュウトと対峙した時にもこんな圧力を感じることはなかった。
知らずのうちに矛を握る手に力が入っていた。
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