第3話 夢
フードコートで見つけたオーブに魔力を流すと、青白く発光し、ぼんやりと映像が浮かび上がった。
「うそ……え……っ」
「おい、これって……」
そこには見覚えのある顔が映っていた。
目覚めてすぐショーウィンドウ越しに見た顔――つまり俺がいるのだ。
「これ、俺、だよな…………?」
頭の奥がチリチリと
どうやらダンジョン内で食事休憩をとっている様子だった。
映像の中の俺は3人パーティに助っ人として加わっている様子だった。
そんな編成でも、俺は仲間に冗談を言って笑わせていた。
こんな表情ができたのかと、自分でも驚くほどに明朗快活な様子であった。
「この配信、わたしも見たことある。すっごく強いソロ探索者が現れたって有名になり始めたときだと思うけど、どうだったっけな……」
俺は映像を凝視した。
確かに少女の言う通りのような気がするが、はっきりとしたことが言えるほどには思い出すことができなかった。
少女がこちらの顔を覗きこんでくる。
「記憶、戻った?」
「……少しだけ。でもやっぱりダメだ。このモヤモヤした感じ……例えば、夢の断片は思い出せるのにその前後が思い出せないような、そんな感覚だ」
少女は俺の言葉を聞いて微笑んだ。その笑顔は少し強張っているようにも見えた。
俺はさらに何か思い出すことがないかと配信映像に目を戻す。
しかし、オーブからノイズのような異音が鳴り始め、ついには映像が途絶えてしまった。
「あれ? 普通はダンジョン攻略の最後まで映るものだとばっかり思っていたが」
「うーん、古いオーブだし、故障気味だったのかもしれないね」
俺は途切れた映像の続きを思い出そうとするが、網から記憶の粒がこぼれ落ちていくようであった。
これ以上考えても無駄だと思い、短くため息をつく。
「ありがとう、少しだけでも思い出せてよかったよ」
「ううん。見つけたのは偶然だよ。でも、お礼のお返しはきっちり求めます!」
「唐突だな。無一文の俺にできるお返しならいいけれど」
俺の言葉を聞いて、少女は神妙にうなずく。
「使えなくなったお金なんて無意味だもん、いらないよ! ――それでお願いなんだけど、さっき配信でパーティメンバーから呼ばれていた名前、わたしも使っていい?」
「あの『ノビー』ってやつか? 構わないけど」
「やったぁ!!」
少女は小躍りするほどに喜んでいる様子だった。
「じゃあじゃあ、私のことも『ハル』って呼んでね!」
「要求が2つになってないか?」
「数じゃなくて大きさで計ってるからいいの!」
そのとき、場違いにも俺のお腹が大きな音を立てた。
「映像でも飯食ってたし、場所もフードコートだし、なんだか腹が減ってきたな。でもレストランの飯は食い尽くされてたし、まあ残ってても腐ってるだろうし……」
「ふっふっふ、このハルちゃん、準備に抜かりなし!」
そう言うと、ハルは背負っていたリュックを逆さにし、テーブルの上に大量の缶詰をバラまいた。
「民族系の洋服屋さんに置いてあったの! モール先住民たちも盲点だったみたいだね!」
散らかった数々の缶詰は見るからにカラフルでポップなデザインが施されている。見た目だけでいえば、食品というよりオシャレ雑貨のようだ。
そのうち1つを適当に手に取るが、そこに言葉通り
「なんだこれ、名古屋たこ焼きタイカレー風味? ボルシチ風おでん? バインミーのパクチーだけ詰めちゃいました? 開発者の頭の中どうなってんだ……」
「ご安心ください、ノビー様。あなた様のお腹に合う、ベーシックなやつをお用意してありますです。せっかくのお食事ですから、外の見晴らしの良いご特等席へ案内していきます」
ハルは変な敬語を使ってウェイトレスの真似をしながら俺をテラス席に誘導する。
モールの中の澱んだ空気から一転、風通しの良さとひらけた視界に開放感を覚える。
濁った湖の色や遠くに見える瓦礫の山に目を瞑れば、誰も人がいないプライベートビーチのほとりのように思えなくもない。――いや、思えないか。
ハルは大袈裟にリュックの奥に手を突っ込むと、慣れた手つきで缶切りとアルコールコンロを取り出し、テーブルの上に缶を並べていく。
「さて、本日のメインディッシュは――――じゃん!」
ハルが取り出したのは、どこかで見覚えのあるラベルの缶だった。
「……あれ、その缶、どこかで……」
「でしょ? オーブの映像で、あなたが“これ、うまいな”って言ってたやつだよ。名前もバッチリ映ってたから、ちゃんとチョイスしておいたの!」
缶のラベルには「牡蠣とトマトのアヒージョ」と書かれていた。
蓋を開けると、オリーブオイルの豊かな香りが鼻をつく。当時のことははっきり思い出せないはずなのに、嗅覚を刺激された鼻が勝手に懐かしがっている。
缶詰をコンロにかけると、その香りは一層強く俺の空腹を刺激した。
「そろそろ良さそうだね!」
ハルは被っていないコック帽を取るフリをしてニコリとする。
箸を取り、ひと口。
「……ああ、絶対に食ったことある。大好きだった味だ」
その瞬間、世界が数秒だけ揺れたような気がした。
仲間たちと笑いながら缶詰を分け合っていた記憶が、脳裏にフラッシュバックする。
『これはうまい! 缶詰革命だな、これ!』『ノビー、それ何缶目だ! 俺の分もとっておけよ!』
誰かの笑い声。誰かのからかうような声。
色々な声が頭の中を飛び交う。
しかし、記憶の詳細を掴もうとすると、スルスルと指の隙間から抜け落ちていく。
「……くそ、思い出せそうで思い出せないっ!」
「うん、それでも、ちょっとだけ戻ってきたんでしょ?」
その声は優しかった。
「なんだか世話になってばかりだな、俺」
「そんなこと気にしないでよ!」
「ハルは何かやりたいこととかないのか」
「え、え? 急にわたしに惚れちゃった?」
おどけてみせるハルだが、俺は真剣な眼差しを返す。
「そういう冗談じゃなくて、俺は本気でハルのやりたいこと――夢を聞きたいんだ。ハルは俺の記憶を戻す手伝いをしてくれている。それなら、俺にもハルの願いを叶える手伝いをさせて欲しいんだ」
「む〜……」
ハルは黙り込む。口を
「こうして誰かと世界を旅して、缶詰とかジャンクフードとか食べながら、くだらないことで笑いながら旅とかして生きていけたらいいなーって。昔はそういうの全然思わなかったけど、なんかそう思ったの」
「もっとすごいお願いが来ると思ったが、そういうわけじゃないのか。なんだか、もう半分ぐらい叶っているような気もするが」
「うん、確かにもう半分くらい叶ってるかも!」
ハルが笑い、ステンレスのスプーンで缶をつつく。
日が傾きかけていて、廃墟となったモールの屋上に、うっすらと茜色が差していた。
「それにね、今日みたいな日が続けば、きっとノビーの記憶も全部戻ると思うから、――これが、う、Win-Winってやつ! ちょっと大人っぽかった?」
ハルは腰に手を当てて自慢げに胸を反らす。
俺は曖昧にうなづきつつ、最後の牡蠣を口に運びながら決意を新たにする。
――もっと思い出さなきゃならない。きっと、俺の知らない俺がまだたくさんいる。この世界で生き延びてハルの願いを叶えるには、全部を思い出してさらに強くなる必要がある。
膝を叩いて勢いよく立ち上がり、ハルの隣に並ぶ。
陽が沈み、ただでさえ薄暗かった世界に完全な闇が訪れる。
「夜は冷えるし、そろそろ中に入るか。はやいところ、寝られる場所を探しておかないといけないし」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ハルは元々寝袋を持っていたので、俺もキャンプ用品店でちょうど良いサイズのものを拝借することにした。
寝られないかと思ったが、どうやら想像以上に疲れが溜まっていたようで、すぐに眠気がやってきた。
だが、安眠は許されなかった。
眠りについてしばらくして、モール全体が大きく揺れて目を覚ます。
すでにハルも起きていた。
その数瞬後、どこか遠い場所からとてつもない轟音が響いてきた。
巨人が全力で鐘をついているような音だ。外から聞こえてくるはずなのに、モールの中にいても音が振動として肌に触れるほどであった。
俺とハルは顔を見合わせ、すぐに走り出した。
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