始動する羽音
サクヤとリーナのこれまでをイェルクに話しつつ、食事が終わった。気付けばイェルクはデザートまで食べており、満足気な様子であった。食事を終え、三人が席を立とうとした時、街に激しい鐘の音が鳴り響き、住人達に避難の命令が出された。それを聞いたサクヤ達は食事代を置き急いで店を後にし、フェリックスを置いている塔の近くへと戻る。いきなりの事で街の人達は困惑していたが、すぐにそれは現れた。空に三つの何かの影が映る。その影は徐々に街の中心である塔の近くに降下を始め、それを見た住人達はすぐにそこを離れる様に散り散りになりながら避難を始める。
現れたのは蟲の様であり竜の様でもある異形の生物であった。10mほどあるその生物はとてもこの世界の生物とは思えないものである。しかし分かりやすく蟲と形容すべきだろう。
「何だよアレ!」
「リーナ、アレも竜なのか?」
「私の知っている竜にあんなものは居ないは。何なの・・・」
蟲は無作為に人や建物を襲い始める。それを見てイェルクはフェリックスに乗り込もうと急ぐが、周りに蟲が居るせいで近づくことが出来なかった。
「サクヤ、アイツらをフェリックスから離してくれ!俺はその隙にフェリックスに乗り込んでアイツらを空に誘導する!」
「分かった!」
サクヤはエスペランザを召喚し、操縦席に乗り込んだリーナが蛇腹剣で蟲を薙ぎ払う。そのおかげで出来た隙にイェルクはフェリックスに乗り込み、即座に空へ飛びながら攻撃を加え蟲の注意を引き付け、同時に戦闘機の姿へと変形させる。その攻撃に気を取られた蟲達はフェリックスを追う様に空へと飛び立つ。
「リュード、手伝ってやってくれ!」
サクヤのその言葉にリュードは答え、マジードラッヘを召喚しフェリックスの援護に向かった。
マジードラッヘが口から炎を吐き蟲へ攻撃をすると、蟲が二体マジードラッヘの方へと向かう。
「頼もしいドラゴンだ、助かるぜ!」
1対1の状態となった蟲とフェリックス。蟲がフェリックスを追いかける形となっていたが、フェリックスは急に上昇しながら後ろへと回り込み、変形をしながら蟲の背中へと取りつく。蟲は振り下ろそうとしたが、気にもせずにイェルクはフェリックスのナイフを取り出し、背中に突き刺そうとする。がしかし、そのナイフは弾かれた。
「なんとッ!?」
蟲の背中はとても固く、生半可な武器では通らない物となっていた。
蟲の固さに驚いた時、フェリックスは蟲から振り落とされる。イェルクは即座にそれに対応し体勢を立て直すと、次の一手を講じながら蟲の攻撃を回避する。
「私達も行くわよ」
地上から見ていたリーナがサクヤに声をかける。
「行くって、エスペランザじゃ空中戦は無理だ!」
エスペランザは飛行能力が無い。正確に言うと空中を自由に動き回る術が無い。なので、飛行をする際にはマジードラッヘの背中に乗るしかないのだ。
「でも、飛ぶくらいなら出来るでしょ!」
そう言うと、リーナは踏み込む。するとエスペランザの背部と足裏のバーニアが火を吹き始め、エスペランザが直上へと上昇していく。20mほど上昇すると、蛇腹剣を塔に巻き付けると、塔と垂直になる様に張り付きながら膝を屈め、狙いを定める。すると、蛇腹剣を消すと同時に塔を強く蹴り、目標である蟲に目掛けて勢いよく飛び、それにバーニアの加速を加えて蟲へと急接近をする。
だがしかし高さが足りず、届かない。そうサクヤは思ったがそれは杞憂であった。
リーナはエスペランザの右腕の位置を調整し、そこから風を魔法で引き起こす。エスペランザの能力もあってか、機体を飛ばすには十分な風が生まれ、そのまま蟲の背中に乗る事に成功する。
始めは姿勢が安定しなかったが、右腕で掴んだ上で踏ん張る事で落ちずに背中に掴まる事が出来た。
するとその時、通信が入り、サクヤの座る後部座席の方のモニターにイェルクの顔が映し出される。
「繋がったか?サクヤ、奴らの背中は固い皮で覆われていて生半可な刃物じゃ通らない。注意しろ!」
そう言い終わるとモニターからイェルクの顔が消える。
「聞いたか?」
「えぇ。ならッ!」
リーナはエスペランザの右手にファイラムを出すと、即座に斧の形へと切り替え、大きく振り上げる。その斧を蟲の羽の付け根に一気に振り下ろすと、刃が入り、蟲が唸りながらバランスを崩す。事実上片翼と同じ様になってしまった蟲は飛行不能となり、エスペランザと共に段々と地上へと降下していく。エスペランザはそれに必死に右腕だけでしがみつきながらも、地表が近づくと蟲を地面に叩きつけるかのように蟲に刺さったままの斧を振り離し、自身はバーニアで減速をしながら地上へと着陸をする。
マジードラッヘは空を駆け、それを追う様に蟲は飛び攻撃を仕掛けようとしていた。蟲はマジードラッヘに追いつきそうになると噛みつこうとし、リュードはそれを避けながら飛行をしていた。しかし、エスペランザのおかげで1対1の形に持ち込めたため、リュードは勝負に出る。リュードはマジードラッヘを直下へと急降下させる。すると蟲もソレに釣られて後を追う。リュードはギリギリまで地上へ近づくと、地面スレスレの所で急上昇を仕掛ける。すると、その行動が読めなかった蟲は勢いをそのままに頭から地面へと激突し、鼻の辺りから伸びた角と思われる部分が突き刺さってしまう。それを見たリュードは再び急降下をし、蟲へ近づき、四肢で蟲の羽を掴み、一気に引きちぎる。蟲は抵抗しようにも身動きが取れず成すすべがない。羽を引きちぎったリュードは次に蟲の脚を掴み、固い脚を強引に引っ張りながら噛みつき、千切り取っていく。
身動きが取れないまま羽も四肢も失った蟲に成すすべは無かった。しかしリュードの攻撃はそこで終わらない。蟲の首に噛み付き、そのまま喉元を力任せに食い破ろうとする。蟲の固い表皮のせいで苦労はしたが、遂に喉元を食いちぎると、蟲はその生命活動に終わりを迎えるのだった。
「あのドラゴン中々やるじゃないの!」
イェルクは蟲との攻防を繰り広げながらもその様子を見届けていた。
「ならこっちも!」
蟲から逃げる様に進んでいたフェリックスが方向転換をし、蟲に正面衝突を仕掛ける。フェリックスと蟲の距離はドンドンと縮まり、同時に蟲は自身に向かってくる戦闘機に噛み付こうとしていた。フェリックスが限界まで近づいたその瞬間、フェリックスは人型へと変形し、同時にビームファイラムを構え銃口を蟲の口へと突っ込むのだった。
「とっておきだ!たらふく食らいな!」
イェルクは引き金を引き、蟲の体内へと数発のビームを撃ち込んだ。いくら表皮の固い蟲でも内側からの、それもビームの攻撃には耐えられなかった。ビームは身体を突き破り、ビームのエネルギーと熱の影響で蟲は爆散してしまう。間一髪の所でイェルクはビームファイラムを引き抜きその場を逃げる事で、爆発の衝撃には巻き込まれずに済むのだった。
「こっちは片付いた!サクヤ、後は頼むぞ!」
残る蟲はエスペランザと対峙する一体のみだった。羽をもがれ、地面に叩きつけられながらも、蟲は起き上がり、エスペランザへと突撃し、頭突きをする。蟲に突撃された事にエスペランザは吹き飛んだものの、すぐにその体勢を立て直した。その後も蟲が何度も襲い掛かってきたが、エスペランザは回避し、またファイラムの斧で受け止めていた。
「リーナ、火と水と風の魔法が使えるんだよな?」
「今それどころじゃないでしょ!」
「良いから、それ以外は?」
唐突なサクヤの質問に困惑するしかなかったが、リーナは蟲を視界に捉えつつ答えた。
「雷や氷や回復系とか。とにかく一通りは使えるわ」
「分かった」
それを聞くとサクヤは少しだけ考え、続ける。
「リーナ、今から俺の言う通りに動いてくれ。奴を倒すぞ」
「いいわ。やってあげる!」
再びエスペランザに蟲が突撃をしてくる。するとエスペランザはバーニアを駆使し、蟲の後方に向かう様に飛び、そのすれ違い様に魔法で多量の水をかける。蟲は一瞬動揺したものの、再び大勢を整えエスペランザの方へと顔を向ける。すると、エスペランザの蛇腹剣が蟲の顔に巻き付く。
「未だリーナ、奴に雷を!」
サクヤのその指示に従い、リーナは腕に魔力を込め、蛇腹剣に伝達させるように雷魔法を放つ。その雷は強力な物であり、蟲を感電させ、弱らせる事に成功する。しかし、エスペランザの攻撃はそれで終わらず、蛇腹剣を解き蟲に一気に近づくと、蟲の首を掴み持ち上げる。すると、持ち上げた右腕に魔力を流し、蟲に氷魔法で凍結させようとする。蟲の首はジワジワと凍っていき、最後は頭部や胸に当たる所まで凍結され、最後はその動きを止めるのだった。
戦闘が終わると、エスペランザは戦闘で発生した熱を輩出するために、マスクを開き、人の口の様な部位から熱を排出する。
こうして、突如メラルの街に現れた謎の蟲は無事討伐されるのであった。
三体の蟲との交戦は終わり、その終わりをイェルクが街の上空を回り伝えた。戦いの音も止み、イェルクの言葉を聞いた住人達は外の様子を伺いつつも、ゾロゾロと顔を見せ始める。イェルクはフェリックスをヒューマフォーム・人型のまま街の中央へと着陸させ、リーナとリュードもそれに合流し自身のフレームゴーレムを収める。すると人が集まってきたためスピーカーで呼びかけを始める。
「この街の町長、一番偉い人間を呼んでくれないか?」
そう呼びかけると誰かが「呼んできます」と言いどこかに向かう。しばらく待っていると、他の住人とは違い明確に身なりの整った男が現れる。
「其方が町長か?」
「えぇ、そうです!」
町長の男は声を張り言う。
それを聞くと「少し待っていてくれ」といい、イェルクはコックピットから降りてゆく。
「先ほどの戦闘で倒した蟲だが二体ほど死骸が転がっている。数日以内にはディナルドの人間に回収させようと思う。もしもの事もある、悪いがそれまで死骸に誰も近づけさせない様にしてもらえるか?」
「えぇ、それは問題ありません」
ディナルドが統治している場所だからだろうか、魔族・デミスの絡む話でも素直に事が運ぶ。すると町長が「一つ気になる事があり」と口を開く。
「先ほど蟲が飛んできた方角にとある村がありまして、実はここ数週ほどその村と連絡が途絶えており・・・」
町長は申し訳なさそうに続ける。
「そろそろこちらで調査をしようと思っていたのですが、もしその先にあの蟲が他にも居るかもしれないと思うと一度考えなおさなければなりません」
「話が見えてきた。つまり俺やサクヤの様にロボットが使える人間に向かってもらいたいと、そういうわけだ」
「えぇ、左様でございます」
イェルクは考え込む。
「ヴェルドに頼んでみてもいいが、こちらで動かし向かわせるとなると時間がかかるな・・・」
「なら俺が行ってみようか?」
横で聞いていたサクヤが申し出る。
「いいのか?あの蟲が、しかも何体も居る可能性だってあるんだぞ?たった二体のロボットじゃ危険だ」
「まあその辺は何とかなるさ。それに早くしないと今日みたいな事がまたどこかで起きるかもしれないだろ」
その答えにイェルクはフッと笑う。
「サクヤらしい答えだ。そういう奴だったな、お前は」
親友の変わらぬ言動に、イェルクは懐かしさで嬉しくなっていた。
「なら頼めるか?」
「あぁ。寄り道になるけどいいよな?リーナ」
「嫌だ、って言ってもどうせ一人で行くんでしょ?私も行くわ」
サクヤの首を突っ込む性分にリーナも慣れ始めており、半ば呆れながらも同意をした。
イェルクは懐から魔力式音声通話機器、通称・魔声機を取り出した。
「俺の携帯番号を教えとく。何かあったらすぐにでも呼べよ。絶対に無茶はするな」
「あぁ、分かってる」
イェルクはサクヤと番号交換を行うと、ついでなのか、はたまた本命なのかリーナの方にも番号交換を求め、無事に手に入れ、小さいながらもガッツポーズをする。
その後、イェルクは町長にサクヤ達の宿を調達してもらうように頼む。町長の話が終わったのを合図に野次馬達がサクヤ達の周りからハケていくと、ようやく落ち着き、ホッと肩の力を落とした。
「そうだサクヤ。せっかくカメラもあるんだし、久しぶりに俺でも撮ってくれないか?二枚だ」
その言葉にサクヤは乗り、リーナとリュードにも入ってもらいながらフェリックスをバックにキメポーズをするイェルクを撮る。インスタントカメラなのでその場で写真が浮き上がると、一枚をイェルクに渡した。
「中々よく撮れているじゃない」
「一枚はもっておけ。Amulett、お守りだ」
「イェルクがお守りなんて不安だな」
冗談っぽく言うサクヤに対し、イェルクもソレに乗る様にサクヤの頭を抱え込み、拳で頭をグリグリと押さえる。
「そう言えば、お前のハイ・ムーバーはどうしたんだよ」
「あぁ。この世界に来た時の着陸の衝撃で動かなくなってさ、修理は頼んでるんだけどこっちの技術じゃ難しくて」
「なら一度俺もディナルドの技術者でも連れて見てやろう。フェリックスの構造が分かればソッチも修理が出来るだろう」
「ならサフラト村のランドって人を訪ねてくれ。その人に頼んである」
「分かった。折を見て行ってみよう」
そうこうしていると町長の遣いの者が現れ、「宿の準備が出来ました」と迎えに来る。
「なら俺は一度ディナルドに戻る。Wir sehen uns wieder. 二人とも、また会おう」
「あぁ」
イェルクは二人と握手をするとフェリックスのコックピットへ戻り、メラルの街を後にする。
それを見送った二人は宿へ赴くのだった。
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