第2話 最新科学研究部

「森本 堅太君だね、まずは一週間遅れの高校入学おめでとう」

 

 あの爆発から一週間。何とか退院を許されたぼくは、入学時の説明を受けられなかったため、職員室に呼ばれていた。


 目の前に座っているのは白いポロシャツに紺のジャージという典型的な『体育教師スタイル』の男性だ。首からはホイッスルを提げている。彼はぼくが持ってきた医師の診断書や保険書類を軽く目を通して、デスクに投げた。


 きっと内容がわからなかったのだろう。

 

 ぼくの頭の中で『体育教師は脳みそまで筋肉』は公然の定理として成り立っている。

 

「おれが君の担任の近藤だ。よろしくな」近藤先生は椅子に深く腰掛け、ぼくを見上げた。「入学早々災難だったな、ところで体のほうはもう大丈夫なのか?救急車で運ばれたときは重症のようだったが」

 

 一言話すたびに大胸筋がぴくぴくはねる。

 できるだけそちらを見ないように気をつけながらぼくは答えた。

 

「はい、もう大丈夫です。昔から体は丈夫なんです」

 

 爆発にまき込まれた生徒は、ぼくを含め5人いた。

 爆発の目の前にいたぼくが一番重症ではあったようだが、ぼくは持ち前の回復力で今では完全に復活していた。

 こんなことでせっかくの高校生活を台無しにはしたくない。

 

 しかし、被害にあった他の生徒は、例外なく全治半年以上の重症を負っているらしい。まったくそんなやつらがいるから最近の子供は体が弱いなどとひとくくりにされてしまうのだ。

 

 ぼくは勉強もするが三度の食事と睡眠は欠かさない。それが健康の秘訣だと両親から教えられて育ってきた。

 

「森本も何本か骨折していたと聞いたが……」

 右手と肋骨三本がぽっきり折れていたらしい。たいした傷ではない。


「大丈夫です。その程度、三日もあればくっつきますよ」

 近藤先生は意外そうな顔をしたが、すぐに気を取り直して説明を続けた。

 

「そうか、それならばいいが、まだあまり無理はするなよ。学校のほうもまだ授業らしい授業も始まっていないから、勉強もすぐに追いつけるだろう。早く友達でも作って入院中のノートでも見せてもらうといい。そうだな、友達を作るなら何か部活でも入るといいぞ。」


 今にも校庭を走り出しそうな勢いで、体中の筋肉を振るわせる。

 

「高校生活といえばやっぱりスポーツだ。どこの部活がいい」

 部活といえば運動部と決め付けた近藤先生が言うが、ぼくにそのつもりはない。

 

「先生、ぼくもう部活は決めてあるんです。」

 この学校を受験すると決めたときから、部活はこれしかないと決めている。

 

 高校科学コンクールの常連『科技高・科学部』

 

 高校生でありながら最先端の実験にも挑戦し、数々の研究成果を収めた科学系部活の頂点。いま世界で活躍する研究者を多数輩出し、学校からの期待も熱い。ここに在籍することが研究者への第一歩だ。


 ぼくは入学前からの希望であるその希望を熱く語った。しかし、返ってきた近藤先生の言葉は信じられないものだった。


「ああ、科学部か、残念だけど科学部は昨年人員不足で廃部になってしまったよ」

 

 秒針がきっかり一周するまで、ぼくは言葉の意味を理解できなかった。


「そんなバカな!」思わず声が上ずる。「高校科学コンクールの常連ですよ。科学を好きな人が集まるこの高校で科学部が潰れるなんて、そんなわけないじゃないですか」

 

 近藤先生は落ち着いた声で説明した。


「仕方ないことだよ、この時代、科学離れが進んでいてね、理系の生徒も部活するくらいなら塾に行くからね。好き好んで放課後まで実験したがるような生徒はもういないんだよ。授業でも実験はかなり行われる、放課後くらいはスポーツで汗を流したらどうだ」


「いえ、ぼくは科学者になるためにこの学校に入ったんです。科学部がないなら他に理系の部活はないんですか、このさい地学でも、生物でもかまいません」

 いきり立って先生に詰め寄る。

 

「ちょっと落ち着け、おれは文科系の部活は良く知らないんだ。これが一覧だから、ここから探してみてくれないか」


 近藤先生は机の資料を探り、部活動の一覧表を取り出し堅太に渡した。

 用紙にはサッカーや野球、バスケットというスポーツ系の部活がつづく、下のほうにいくとやっと文科系の部活があらわれた。


 筆頭は科学部だが二重線で抹消されていた。そして漫研、吹奏楽部、写真部とつづき、一欄はそこで終わっていた。


 堅太は見落としがないか目を皿のようにして再び用紙に向かう、再三読み返し、あきらめかけたそのとき、欄外にかかれた小さな手書きの文字を発見した。

 

「最新科学研究部?先生、ここ!ここは科学部とは違うんですか」

 堅太が指し示した文字に近藤先生は眉をひそめた。

 

「う、うん。まあ。同じようなものではあるが……、ちょっといいうわさを聞かないというか、悪いうわさが多いというか……」

 

「何か問題でもあるんですか?」

 

「いや、君がやりたいというなら何も問題はないんだが……」

 

 いまいち歯切れの悪い回答に違和感はあったが、ぼくの科学にかける思いは強かった。

 

「じゃあ、ぼくここにします」 

 早速、席を立とうとする堅太に先生が声をかける。

 

「ちょっと待ちなさい、どうしても行くというなら、念のためこれをもっていきなさい」

 奥から引っ張り出してきた段ボール箱を堅太に渡す。

 

「部室は研究棟の一番奥だ。まずは見学だけさせてもらうといい、何もあせることはない。じっくり部の性質を見極めてからでも遅くはないからな」

 

 しつこく念を押す近藤先生にお礼を言い、職員室をでる。廊下に出てダンボールの中身を確認すると、中には機動隊が持つようなジェラルミンの盾と工事現場でかぶるヘルメットが入っていた。


 爆発から一週間。ぼくの高校生活は、思いもよらない方向へと動き始めていた。

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