第4話 村の守護者(仮)、勇者パーティーに巻き込まれる!?

「おい、アシェル!まだ野菜煮えてないのかい?」

小さな村の村人の声に、手元の作業を止める。畑の草むしりに没頭していた僕は、名前を呼ばれてようやく顔を上げた。

見ると、鍋をかき混ぜるおばちゃんが腕を組んで僕を睨んでいる。

いけない、また薪の火加減を間違えたらしい。「す、すみません!」僕は慌てて鍋へ駆け寄り、焦げ付きそうな野菜シチューをかき混ぜた。


平和な日常——村の守護者「仮」なんて肩書きを持つ僕、アシェルの日々は大体こんなものだ。

村の誰かが忙しければ手伝い、畑仕事に鍋の見張り、時には近くの森で魔物退治。

そう、多少魔物を退治したことはあるけれど、それはこの辺りでは誰でもやっている普通のこと……のはずだった。


「アシェルさーん!大変だよ、村長さんが呼んでる!」

畑の向こうから少年が息を切らして駆けてきた。村長が僕を? 何事だろう。

「すぐ行きます!」と返事し走り出した。胸騒ぎがする。最近は魔物も出ていないし、平和そのものだったのに。


村長の家の前に着くと、すでに人だかりができていた。村人たちが興奮気味にざわめき、家の中から村長の張り上げた声が聞こえる。

「こちらが我が村の英雄アシェルでございます!」

ちょ、英雄!? 僕は思わず足をもつれさせそうになる。慌てて中へ入ると、立派な鎧を着た男性が一人、村長の隣に立っていた。鋭い眼差しに日焼けした肌、胸には冒険者ギルドのエンブレム。見るからにただ者ではない。


「君がアシェル君だね?」

男性——ギルドの使者が、じろりと僕を見る。その視線に圧倒され、僕は思わず背筋を伸ばした。

「は、はいっ、僕がアシェルです」

「私は冒険者ギルド本部から来たロイと申す者だ。突然ですまないが、君をスカウトしに来た」

「スカウト…ですか?」

意味が飲み込めないまま鸚鵡返しに尋ねると、ロイさんはうなずいた。

「君の武勇伝は本部にも届いている。森でオーガの群れを撃退し、巨大イノシシを素手で倒したとか」

「ぶ、武勇伝? い、いえ、それは違うんです!」

僕は顔を真っ赤にして首を振った。オーガだって森の奥で偶然出くわした一匹だけだったし、巨大イノシシも村のみんなと罠にかけただけだ。

しかしロイさんは聞いていないのか構わず続ける。

「村を陰ながら守る実力者がいるとね、ギルド長自ら君に目をつけたんだよ」


村人たちは「アシェルが都会に!」「さすが我らの守護者だ!」と口々に盛り上がっている。やめてくれ、そんな大げさな…。僕は冷や汗をかきつつ、ロイさんに向き直った。


「で、でも僕なんてまだまだ未熟ですし、村もありますし…」僕は弱々しく訴えた。


ロイさんはニヤリと笑って僕の肩を叩いた。「謙遜することはない。実力はちゃんと見極めさせてもらうさ。それに…村のことなら心配はいらんぞ」ロイさんが合図すると、村長が大きくうなずいた。


「アシェルよ、安心して行ってまいれ。この村のことは任せなさい。お前の活躍は村の誇りじゃ!」

村長は満面の笑みで言った。


「そうだぞ、行ってこいアシェル!」「帰ってきたら土産話頼むぞー!」周囲の村人たちも口々に声を上げる。


「う…わかりました…。僕でよければ…」腹をくくるしかなかった。こうして僕は、人生初の大冒険に巻き込まれることになったのだ。



「ここが王都…すごい、人の数が全然違う…!」

馬車を降りた僕は、目の前に広がる王都の街並みに息を呑んだ。石畳の大通りに活気ある露店、市場には見たこともない品物が並び、行き交う人々の服装も様々だ。

田舎者丸出しでキョロキョロしている僕の隣で、ロイさんが苦笑する。

「はは、驚くのも無理はないな。さ、ギルド本部はこっちだ」


僕は大人しくロイさんについて行った。昨日のうちに村を発ち、一晩かけて馬車で王都へ着いたばかりだ。

正直、まだ頭が追いついていない。自分がこれから勇者パーティーと魔王討伐…夢か何かじゃないだろうか?


ギルド本部の建物は、王都の中でもひときわ大きかった。

重厚な扉を押し開け中に入ると、広間には屈強そうな冒険者たちがたむろしている。

その奥、階段を上った先の会議室のような部屋へ通された。中には既に数人の男女が待っており、みな一様にこちらを注目した。


「あ、来た来た!待ってたよー!」

ひときわ元気な少女の声が響く。


見ると、部屋の中央で手を振っているのは——金色の髪に碧い瞳、眩しい笑顔が印象的な美少女だった。

年は僕と同じくらいだろうか。動きやすそうな軽鎧にマントを羽織っているが、そのデザインは可愛らしく、そして…少し露出が多い。

え、その胸当て、そんなに谷間が強調されて…ってどこ見てるんだ僕は!

僕がどぎまぎしていると、少女——勇者のユウキさんがパタパタと駆け寄ってきた。


「君がアシェルくんだね!待ってたよ〜!」

ユウキさんがいきなり両手で僕の手を握ってきた。柔らかな感触と共に、距離ゼロの笑顔。ち、近い…!しかもいい匂いが…じゃなくて近いです勇者様!


「あ、あのっ、勇者…様…?」鼻先が触れそうな距離に混乱しつつ呼ぶと、彼女は首をかしげた。


「勇者様だなんて堅苦しいよ〜。ユウキでいいから!ね、アシェルくん♪」ユウキさんは僕の手をぶんぶん上下に振りながら満面の笑みだ。


「これから一緒に頑張ろうね!あ、そうだ自己紹介しなきゃ。私は勇者のユウキ!16歳!好きなものはお肉とお酒!最近はお風呂でアヒルのおもちゃと遊ぶのにハマってるんだ〜」

周囲の仲間らしき人たちが「またそれか…」という顔で見守っている。僕はと言えば情報量の多い自己紹介に返事をするタイミングすら掴めない。


ユウキさんはニコニコと僕の顔を覗き込んでくる。

「アシェルくんは何歳? 彼女とかいるの?」


「え、えっと、17歳です。彼女はいませんけど…」


「あはは、そうなんだ!じゃあ旅の間にいい感じになっちゃったりして〜?なんてね!」

ユウキさんが屈託なく笑う。や、やばい、この人天然なのか確信犯なのか分からない…!


顔が熱くなるのを感じ、僕は慌てて話題を変えようとした。「そ、そういうユウキ…さんは、その、何というか噂に聞く超実力派の…」


「んー? 私のことはいいの。それよりアシェルくん!」ユウキさんは僕の腕をぎゅっと掴んだ。むにゅ。——やわらかい何かが僕の肘に…。


「ひゃあっ!」思わず変な声が出てしまった。あまりの密着に心臓が爆発しそうだ。ユウキさんはきょとんとしている。

「どうしたの?」


「い、いえっ、何でも…!」必死に平静を装うが、腕に感じた弾力の衝撃は大きい。勇者様、無防備すぎませんか…!


「その辺にしてやれ。新人が困っているだろう」苦笑交じりの男の声が割って入った。見ると、部屋の片隅で腕組みしていた壮年の剣士が口を開いたのだった。他の仲間もようやく安堵したように息をつく。


「あーん、せっかく仲良くなれそうだったのに〜」ユウキさんは拗ねたように頬を膨らませている。最初から飛ばしすぎです勇者様…。


改めて部屋を見回すと、ユウキさん以外にも三人ほど仲間がいるようだった。先ほど声をかけてくれた渋い剣士の男性、奥でこちらを興味深げに眺めているローブ姿の女性、そして扉近くにも大きな体の戦士らしき男性。

彼らが勇者パーティーのメンバーなのだろう。皆一様に只者ではない雰囲気を放っているが、勇気さんのインパクトが強すぎて頭が追いつかない。


「ええと、皆さん、はじめまして。僕、アシェルと申します。この度…勇者パーティーに同行させていただくことになりました。未熟者ですが、よろしくお願いいたします」

遅ればせながら、僕は深く頭を下げた。


「硬い挨拶は抜き抜き!仲間なんだからさ!」ユウキさんが僕の肩に手を置く。

近い、近いんです勇者様…!


「フフ、そうだな。私からも改めて紹介しよう」先ほどの剣士が静かに口を開いた。「私はカイン。剣士をしている。こちらの魔法使いがリリィ、そして盾役のゴードンだ」


ローブの女性——リリィさんはにこやかに会釈し、屈強な戦士のゴードンさんは「よ、よろしく」と照れくさそうに手を振った。大男なのに意外とシャイな人だ。


「みんな優しいから安心してね、アシェルくん!」ユウキさんが胸を叩いて笑う。

その弾みで胸元がぷるんと揺れて、僕は思わず目のやり場に困った。だから勇者様、そういうところ無自覚すぎます…!



自己紹介もそこそこに、僕たちは作戦会議——というより顔合わせの茶会のような時間を過ごした。冒険譚や他愛ない冗談が飛び交い、あっという間に夕方になる。

最初は緊張でガチガチだった僕も、皆さんのフレンドリーな雰囲気に少しずつ打ち解けてきた。ユウキさんのおかげ…と言いたいところだが、相変わらず彼女の無邪気な言動には終始翻弄されっぱなしだった気がする。

(この調子で本当に魔王討伐なんてできるのかな…)内心不安は拭えない。でも、こんな自分を仲間だと言って迎えてくれた人たちの期待を裏切りたくないとも思う。


「では、明朝出発としよう。馬車の手配も済んでいる。補給物資は先ほど渡したリストを各自確認しておいてくれ」カインさんがテーブルを叩き、会議を締めくくった。皆が一斉にうなずく。

ユウキさんが元気よく「はーい!」と返事し、続いて他の皆も「了解」「わかった」と応じた。


え、ちょっと待って明朝出発って…明日!? 話がトントン拍子すぎないだろうか。僕は慌てて口を開いた。

「あの、準備とか心構えとか…僕まだ全然…」


しかしユウキさんがニパっと笑って背中をバンと叩いてきた。

「大丈夫だよアシェルくんなら!困ったときは私がなんとかしちゃうから!」


「いや、あの…そういう問題では…」

痛いけど柔らかい背中の感触にまたもや動揺しつつ、僕は返答に窮する。ユウキさん、本当に能天気というかなんというか…でもその笑顔を見ると何も言えなくなってしまう不思議。


「では解散だ。各自ゆっくり休むように。アシェル君、今夜の宿はギルドが手配してある」

ロイさんが会議の締めにそう言った。そういえばロイさんもずっと一緒にいてくれたのだ。


「宿って…ひとりで泊まるんですか?」

僕が尋ねると、


「じゃあ今夜はアシェルくん、私たちのパーティー部屋に泊まろうよ! その方が色々教えてあげられるし♪」

ユウキさんが即座に手を挙げた。


「ええっ!?」僕は素っ頓狂な声を上げてしまった。パーティー部屋…つまり勇者パーティー全員で使っている大部屋とかだろうか。男女混合なのに一緒の部屋って、それ大丈夫なの!?


リリィさんがくすっと笑う。「心配しなくても、ちゃんと男女で部屋は分かれているわよ。ユウキはからかいすぎ」


「ちぇー、残念。みんなで雑魚寝も楽しそうだったのに〜」ユウキさん、どこまで本気なのか冗談なのか…。


とにもかくにも、こうして僕は明日から本当に勇者パーティーの一員として旅立つことになってしまった。


部屋を辞するとき、ユウキさんが大きく手を振って笑った。「それじゃ、明日からよろしくね! おやすみ、アシェルくん!」


「は、はい! よろしくお願いします…!」僕も頭を下げる。そのままロイさんに連れられ宿へ向かいながら、未だ信じられない思いで空を見上げた。


夕焼けに染まる王都の空はどこまでも広く、僕の未来もまた、あの空みたいにどこまでも未知の広がりを見せている——そんな気がした。


……いやいや感慨に浸ってる場合じゃない。明日から魔王討伐の旅? 本当に? 僕が?


心臓の高鳴りと不安を抱えながらも、逃げ出すことなく進もう。村のみんなに、そしてこの仲間たちに恥じないように。そう自分に言い聞かせ、僕はぎゅっと拳を握りしめた。


「…えっ、本当に僕も行くんですか!?」

結局心の準備が整わぬまま、僕の大冒険が幕を開けるのだった——。

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