第07話:アイと勉強会

「それじゃ俺、何か飲み物持ってくる。その辺、適当に座ってて」


 そう言い残して、結城くんは自室を出ていった。

 ……えっと、なぜかわたしは結城くんの部屋にいる。

 何がどうなって、こんなことになったんだっけ?

 きっかけは……そう、朋美ちゃんに勉強会をしたいって言ったことだった。

 わたしの提案に朋美ちゃんはすぐに乗ってくれて。

 でも、わたしたちだけじゃ教え合いは難しいんじゃないかってなって。

 勉強ができる子を誘った方がいいんじゃないかって話になったんだ。

 そこで、成績上位の結城くんの名前が出た。

 まさかほんとに来てくれるとは思ってなくて、ダメ元で誘ってみたんだけど。


「え? 勉強会? いいよ。やろう」


 って、あっさりオーケーされたときは、びっくりしすぎて言葉が出なかった。

 朋美ちゃんが「善は急げだねー。それならさっそく勉強会しようかー!」なんて勢いで話を進めて、気づけば3人でぞろぞろと結城くんの家に向かっていた。

 結城くんの家は、学校から歩いて15分くらいの静かな住宅街にあった。

 白い壁に、黒っぽい屋根。見た目はシンプルなのに、なんだかモデルハウスみたいにおしゃれ。

 結城くんの部屋は、ベージュの壁紙。家具は、シンプルな黒いもので統一されている。きちんと片づけられていて、なんだか雑誌に出てきそうな部屋だった。

 でも、コルクボードに貼ってある写真や、棚に飾ってある小さなぬいぐるみが、ちょっとやわらかい雰囲気をかもしだしている。

 クールなんだけど、さりげなく優しい。……結城くんって感じの部屋だった。

 いや……なにこれ? 男の子の部屋に女の子ふたりでおじゃまするって……。

 わたしの頭の中では非常ベルが鳴りっぱなしで、胸のドキドキが止まらなかった。

 

「へー、結城くんの部屋、キレイなんだねー。男の子の部屋ってもっとぐちゃぐちゃーってしてるかと思ってたー」

「う、うん。……でも結城くんっぽい感じがするね」

「そう見せかけといて、実はベッドの下にエロ本でも隠してるんちゃうん?」

「そうだねー。ちょっと調べてみようかー」


 朋美ちゃんがそう言いながら、ベッドの下を探る。

 わたしも、あまりじろじろ見ちゃいけないと思いつつ、部屋の中をきょろきょろと観察していた。

 ふと、コルクボードに飾ってあった写真の中のひとつに目が留まる。

 笑って写っている小さな男の子と女の子。たぶん5、6歳くらい。

 男の子は、たぶん結城くん。女の子のほうは……どこかで見たことのある顔だった。


「これって……」

「なになにー? なにか面白いものでもあったー?」


 朋美ちゃんも興味を示したのか、その写真を覗きこんだ。


「んー? これー、江利さんじゃないー?」

「うん、そうだよ。江利絵里奈であってる」


 いつの間にか戻ってきていた結城くんがそう言った。


「へー。……ということはー、幼なじみってことー?」

「うん、そう。最近はあんまり遊ばないけど」


 結城くんが、コップの載ったトレーをテーブルの上に置く。

 氷の入ったコップから、ジャスミンティーの香りがふわっと香る。


「江利のやつがいつも迷惑かけてゴメン」


 結城くんがわたしの目を見て言った。

 わたしは顔が熱くなって、思わず目をそらす。

 わたし、最近、ちょっと変。

 校外学習の日から、結城くんの顔が真っ直ぐに見れない。


「う、うん。大丈夫。……でも、なんで結城くんが謝るの?」

「幼なじみだし。あいつ、本当はそんなに悪い奴じゃないから、嫌わないでもらえると嬉しい」


 江利さんをかばうその言葉に、胸がチクンと痛んだ。

 理由はわからないけれど、なんだかちょっと嫌な気分になる。


「それじゃ、勉強会、はじめよう」


 結城くんの言葉を合図に、わたしたちはテーブルにノートと教科書を広げる。

 中間テストは明日から2日間。

 1日目は、国語、数学、理科。2日目は、英語、社会。

 だから、順番に国語から手をつけることにした。


「漢字とか出そうなところチェックしよう」


 結城くんが自分のノートを開く。

 中には、授業で扱った漢字や熟語、慣用句なんかがずらりと整理されていた。


「うわー、すごい。見やすいし、きれいだし、参考書みたい」


 思わず声が漏れる。

 朋美ちゃんも「私にも見せてー!」と身を乗り出した。


「よかったら、コピーしてこようか?」

「え、いいの?」

「わー、助かるー」

「わかった。プリンターは父さんの部屋にあるから、ちょっと行ってくる」


 部屋を出ていこうとする結城くん。

 それをアイが「ちょっとええか?」と呼び止めた。


「プリンターあるんやったら、うちにも貸してくれへん?」

「いいけど、どうして?」

「うちが作った模擬テスト、印刷してほしいんよ」

「「模擬テスト?」」


 わたしと朋美ちゃんの声がそろった。


「アイちゃんってー、そんなこともできるのー?」

「あたりまえやろ。うち、最新の人工知能やで? 小テストの出題傾向はもうバッチリ学習済みやし、先生の出題パターンとか性格まで分析済みやからな。そこそこ精度ええ予想問題になったと思うで」

「へえ。面白そうだ」


 結城くんがそう言ってWi-FiのIDとパスワードをアイに伝えた。


「それじゃ、行ってくる」


 結城くんが再び部屋を出ていったあと、ぴたっと部屋が静かになった。


「ねー、花音ちゃんー」


 朋美ちゃんがひそひそ声で近づいてくる。


「さっきの話ー、聞いてたよねー? 江利さんと結城くんがー、幼なじみってやつー」

「う、うん……聞いてたけど」


 そう答えながらも、なんとなく胸の奥がモヤモヤする。

 さっきからずっと落ち着かないのはどうしてなんだろう。


「あの話でふに落ちたんだけどー、たぶん江利さんってー、結城くんのことが好きなんだよねー」

「好き……って、ええ!?」


 思わず大きな声を出してしまった。

 そんなの、考えたことなかった。


「江利さんって、やたらとからんでくるでしょー? そのときに気づいたんだけどー、江利さんー、ちらちらと結城くんのことを見てるんだよねー」

「そ、そうなんだ……」


 江利さんとはできるだけ目を合わせないようにしていたから、気づかなかった。


「花音ちゃん、結城くんの隣の席でしょー? きっとそれが気にくわないんだよー」

「隣の席って……、そんな理由で?」

「恋する乙女はそんなものだよー。もしかしたらもしかするとー、花音ちゃんや私にからむのはついででー、本当は結城くんに会いに来てるだけなのかも―?」


 江利さんが、恋する乙女……? あんまり想像できない。


「花音ちゃんも大変だねー。江利さんのライバルだなんてー」

「……ライバル?」


 わたしが首をかしげると、アイが「朋美ちゃん、あかんで。花音はほんまに何も気づいてへん」と答えた。


「んー、花音ちゃんも、まだまだ先がながそうだねー」

「それって、どういう――」


 そのタイミングでドアがノックされた。

 朋美ちゃんが口に指をあてる。「この話はここまでだねー」

 わたしはわけもわからないままコクリと頷いた。

 ドアが開くと、紙の束を持った結城くんが入ってくる。


「ただいま。持ってきた」


 結城くんが紙の束をテーブルに置くと、それを配り始める。

 ノートのコピーと、アイの作った模擬テストだ。


「わー、すごいねー。アイちゃんの作ったテストー」

「うん、すごいね。見た目もちゃんとしてるし、本当に学校の問題みたい」

「せやろ? うち、すごいねん」

「それじゃ、模擬テスト、やろう」

「了解ー!」

「うん、がんばる……!」


 まるで本当のテストのように、わたしたちは鉛筆を持って真剣に問題に向かった。

 部屋の中に、カリカリと答えを書き込む音だけが響く。

 ……なんだろう。勉強なのに、ちょっと楽しい。

 ちゃんと考えて、答えを出せたときは、うれしい気持ちになる。

 そして何より、みんなで一緒にやってるっていうのが、うれしかった。


 翌日。中間テストの時のこと。

 わたしは問題用紙をみてビックリした。

 それはアイが作った模擬テストと瓜二つだったから。

 テスト時間が終わって、わたしと朋美ちゃんと結城くんは顔を見合わせる。


「模擬テストの精度、ヤバかったな」

「うん……。なんだかズルしちゃった気分……」

「……あははー」

「すまん、うち、本気だしすぎてしもたな」


 結局、3人とも5教科で満点をとって、中間テストの幕がおりた。

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