第31話 幼馴染みは敵に塩を送るのが得意みたいです

「……どうなるか分かっててわざわざ自分から背中を押すなんて、君も存外お人好しだよね」

 ハイネが去っていくのを見送るとアベルが呆れた様子でそう呟く。

「……分かってる」

 そんなの自分が一番よく分かってる。

 別にユーリに恨みはない。

 だけどこのまま行けばオレにも少しばかりの希望が見えただろうに、それなのにあのハイネの様子を見ていたら黙ってはいられなかった。 

「騎士として、がなければカッコいい告白だったのにね」

「……分かってるって」

 さらに刺してくるアベルにオレは少しだけ語尾を強くして文句をつける。

 お前のことをよく見てる。

 勢いで言ったそれはあまりにも恥ずかしくて、慌てて騎士だからを付け足したわけで。

 それがなければ少なからず気持ちは、伝わったかもしれないけど、オレは今の関係性を壊したくはない。

 シグナのことヘタレなんてもう思えないなこれは。

「……あいつが私に謝ったのは、初めてじゃないか?」

 オレが悶々とそんなことを考えていればシグナはシグナで少し驚いた様子でさっきのことを振り返っている。

「多分彼女も似たようなことかんがえてるんじゃないかな、それにしても、ユーリはどうしたんだろうねいったい、このままだと私の独り勝ちになってしまうね」

 アベルは苦笑しながらセリムに突っ込むと困ったようにそうぼやく。

 いや、独り勝ちする分には上々なんじゃないのか?

 ユーリは勿論だけどこの王子サマが考えていることも大抵分からない。

「……本当に何考えてるのか、オレはユーリの考えが一番分からねーよ」

 だけど、やっぱり一番分からないのはいつだってユーリだった。

 昔からそうだ。

 そして今だって何がしたいのか全然分からない。

「お嬢様は……いつだって一直線で、悪く言えば単純なお方だ」

 そんなオレをみかねたのかシグナが少しだけ考えた後にそう語る。

「ハイネの毒舌移ったかー?」

 普段のシグナだったらハイネ以外にこう、単純とかそういう言葉は使わない。

 なんならユーリ相手なら尚更に。

 だからそうしてからかえば

「っ……失礼なことを言わないでもらおうか、ただ、そういう傾向にあると教えたまでだ」

 心外と言うような顔をしてごほんと咳払いするとそう続ける。

「シグナから自主的にそういうの言い出すのめずらしいな?」

 だからからかうのは止めて、そう聞き返す。

「……あそこまで言われたのにそのまま変わらないのもダメだと思ったまでだ、それに……これはお前への礼だ、お前も動くんだろう、ハイネの為に」

「……ま、そういうとこかな、じゃあオレもちゃっちゃと行ってくるわー」

 こう見えて意外と周りを見ていないわけではないという事実に少しだけ驚いたけど、変わろうとしてるのは皆一緒ということだろう。

 良くも、悪くも。

 まぁ王子は全くと言っていいほどにぶれないんだけど。

 オレはハッと軽く笑うと自分は自分のすべきことをするためにハイネに続いて教室を飛び出した。


「おー、見つけた見つけた」

 オレは探知魔法で早々にユーリの居場所を見つけるといつもの調子で乗り込んでいく。

 ユーリがいたそこは何故か保健室だった。

「セリム! こんなとこまでどうしたの?」

 椅子に座って何かしていた様子のユーリはすぐにこちらを向いて特に嫌な顔をするでもなく聞いてくる。

「あー、お前を探してたんだよ、少し話したくて」

「……何か、あったんだ」

 流石に付き合いが長いだけある。

 オレの言い方で察したようで少しだけ真剣な表情を浮かべるから

「あったあったおおありだ、お前の騎士がめっためたにされたぞ、言葉の暴力で」

 かわいそうなシグナの末路を教えといてやる。

「あー、やっぱりあれのせいかなぁ」

「あれって?」

 そうすればユーリは思い当たるところがあるようで、困ったように唸るから今度はこっちから聞き返す。

「ハイネは私の騎士じゃないんだから身体を張ってまで助けなくていいって言ったの」

「……なるほどね」

 それがシグナにいつも以上に当たりが強かった理由か。

 まぁそんなこと言われれば当たりたくもなるだろうけど、シグナは完全に被害者であることには変わりはない。

「もうこんな無茶しないでって言ったの、これでハイネに三回も助けられたわ、どれも、自分の命を危険に晒して」

 ユーリは憂いげにその桃色の瞳を揺らしながらそう続ける。

「……それだけお前が大事ってことなんだろうな、ハイネは両極端だからな」

 あいつはいつだって懐に入れた者にはとことん甘い、シグナにたいするいつもの弄りもあいつなりの愛情表現だし……まぁ特にユーリは別格みたいだけど。

 そんなハイネだからどうしても周りが見えなくなる時があるのは事実で、だけどユーリにそう告げられたハイネがいったいどう思ったのか、それもまた計り知れない。

 それ程までにハイネの世界はユーリを中心に回っている。

「でも、私のせいで傷だらけになってくハイネは見てられない……」

「だから、距離取ってるのか?」

 困ったように呟くユーリの気持ちは分からなくもない……いや、よく分かる。

 だからこそ、少しだけ腹が立った。

「……」

「本人がそれを、望んでなくても」

「……」

 オレが少しだけ語尾を強くして詰め寄れば、ユーリは思案するように何も言わなくなってしまうから、だんだん自分が止められなくなっていくのが分かる。

「それって少しさ、独りよがりなんじゃないか?」

 そして、オレは確信に触れる。

 オレだってハイネに確かに無理はして欲しくないし、怪我も厭わないような行動も控えて欲しい。

 それでもオレが出来る限り止めないのはハイネの気持ちを最優先で考えているからだ。

 そりゃ騎士として止めなければいけないところは止めるけど。

 だけど今のユーリが考えていることは本当にハイネのことだろうか。

 自分の、心のことしか考えていないんじゃないか。

 そう、思った。

 だから

「……どう、だろうね」

「……じゃあ、オレがもらってもいい?」

 迷った様子でそう呟くユーリに、気付けばオレはそんなことを言いはなっていた。

「……何を?」

「ハイネを」

 何をなんて聞いといてオレが即答すれば、ユーリは答えは知っていたみたいな顔をする。

「……急に面白いこと言うのね」

 そして笑顔でそんな言葉を返してくるから余計にユーリの考えていることが分からなくなっていく。

「別に面白いことは言ってねーよ……あのお転婆に付き合いきれないなら、もたもたしてるうちにオレが奪うけど」

 それでもオレは引くことはせずにさらに宣戦布告をする。

 どうやらオレは……敵に塩を送るのが得意らしい。

「……」

「……」

「……あのねセリム、私だって、別に彼女のお転婆に付き合いきれないから離れたわけでもないし、何もしてないわけでもないんだよ、意外とね、これでもちゃんと考えてるの」

 無言で少しだけ見つめあった後にユーリはふっと優しく笑むとただたんたんとそう続ける。

「……それは確かに意外かもしれないな、出会ってからのこの数年で一番の衝撃事実かもしれん」

 いつも受動的だと思っていた。

 能動的なハイネとは真逆の存在だと。

 誰かがしたいと言い出したことに賛同するばかりで自分から行動を起こすことなんてほとんどなかった少女の宣言は、それなりに想定外なものだったのは事実だ。

 全く似てないような彼女たちなのに、もしかしたら心の奥底に抱えているものは似ているのかもしれない。

「ふふっ、そうでしょ、だから……あげないよ、ハイネは」

 少しだけ笑った後にユーリは、真剣な表情でオレを射貫いて、そう告げた。

 それはいつもの冗談ではないって簡単に理解できたし、やっぱり割り込めないんだろうなともよく悟らされた。

 「……ま、そうですよね」

 オレはただそうぼやきながら、また誰かの為に今頃どっかで何かをしているであろうお転婆姫さまのことを頭のなかで思い起こしていた。

「と、いうことで! セリム、ちょっとつきあって! やっと完成したの!」

「は、え、ちょっと待てって!」

 だけど余韻に浸る間も無くユーリはオレの手を取ると保健室を飛び出していた。

 こういうところ、本当にハイネに似てきたよなうん。

 だけど、本人達は楽しそうだからまぁいいか、っていうのがオレの結論だった。

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