第7話 推しが傷付くぐらいならヘタレ騎士の闇落ちフラグなんてバッキバキに折ってしまいましょう

 まずは今回のイベントについての説明からしたい。

 今回のイベント、通称シグナ闇落ちルートはゲームの中盤回想のような形で入るユーリたん幼少期編屈指の鬱イベントである。

 シグナと名前の入っている通りシグナが関係してくるイベントでここの選択肢をミスるともれなくシグナが闇落ちするうえにユーリたんの心境を考えると本当に心が痛くなる。

 まず、このイベントではいつものようにお気に入りの森で歌っていたユーリたんを父がさがしているとシグナが呼びに来ることから始まる。

 そして急いで帰宅している途中に人攫いにあいそれをシグナが孤軍奮闘して助けようとする、というイベントだ。

 このイベントではシグナはどう足掻いてもユーリ

を助けることは出来ずユーリの心か身体のどちらかに傷を残すことになる。

 身体に傷が残るルートが正解のルートであり心に傷を残すルートはバットエンドへと直通するルートだ。

 ただ今はゲームの時とはかなり状況が違う。

 あのときはユーリたんとシグナの二人だけで立ち向かわなければいけない状況だったが今回は二人以外にも私とセリム、そしてアベルもいる。

 そこで私がふと考えたこと、それは。

 ユーリたんの心にも、そして勿論身体にも傷を残すことなくこのイベントを突破して見せる、というものだった。

 ユーリたんが傷つくくらいならそんなイベントへし折ってやる。

 だがまさかのタイミングでイベントに突入してしまった為にあまり考える時間がない、というのが一番の問題だった。

 誘拐現場に特攻しようにも魔法の素質が高いアベルとセリム、この先の展開を知っている私がいるとしてもいかんせん子供三人では心もとない。

 かといって他の誰かに助けを求めていればその間にユーリたんが傷付く。

 どうすればいいのか。

「おいハイネ!」

「な、なに?」

 思考の渦に飲まれていれば横からセリムに名前を呼ばれて現実に引き戻される。

「いつまでこそこそつけるんだ?」

「そ、それは……」

 散々考えているが未だにどうするのか決めかねているのが現状だ。

「ハイネ嬢、一体何を考えているんだ?」

「ちょっと待って今考えてるから……ってヤバイもうすぐあの路地に……」

 そんな状況についにアベルも口を開く。

 その間にもユーリたん達はあのイベントのおきる路地裏へと足を進めていてイベントはどんどん進んでいる。

「ユーリお嬢様! こんな路地を通っては危ないですよ!」

「大丈夫よシグナ、父さんが呼んでるんでしょ? それなら早く行かないと」

 ユーリたんはシグナの制止も聞かずに薄暗い路地へとどんどん入っていく。

 当たり前だ。

 ユーリたんの父親はいかにして自身の名誉を回復させるかばかりで普段からユーリたんに関してはかなり扱いがぞんざいで、よく言えば放任主義なのだ。

 そんな父親が呼んでいるとなればそれこそ嬉しい以外の何物でもないだろう。

「で、ですが……」

「なぁ、お嬢様ーってことは……どこかのご令嬢?」

 来た

 ユーリたん達の行く手を阻むように現れたあの赤い髪の卑しい瞳をした男は、人攫いのリーダーだ。

「あなたは……別に、そういうわけでは」

 目の前に現れたいかにも人相の悪い男にユーリたんが後退りしてその前にシグナが庇うように出る。

「そう? まぁどっちでもいいか、お前ローズクォーツの姫だろ、いやぁ運がいいなぁ、ローズクォーツの姫は希少だからなぁ……高く売れるんだこれが」

「お、お嬢様に手出しはっ……ぐっ!!」

 ユーリたんに手を伸ばす男にシグナが腰の剣を抜こうとするが後ろから現れた男の仲間達の一人に思い切り壁のほうへと蹴り飛ばされる。

「シグナ!! は、離してくださいっ!」

「悪いがそっちのガキに用はねーんだなこれが」

 呻くシグナのほうに駆け寄ろうとするユーリたんを男が小脇に抱える。

 そう、ローズクォーツの姫は存在自体が希少だ、だからこそそういう魔術とかの研究をしている人間などの間ではとても高額で売り買いされる。

 自身の子供がローズクォーツの姫だったから人売りに売ったとか、ローズクォーツの姫だったばかりに人攫いにあったとか、そういうことが多くてこの世界ではそれなりに問題視されていることだ。

 咄嗟に身体が動きそうになるがここで感情に任せて飛び出していっても物語は何も変わらない。

 考えろ

 考えろ私

「お、おい……これ、どうするんだよ」

「どうするも何もないだろう! 助けに行くしか……!」

「そんなこと言っても相手は大人だ、それに人数も多い」

「このまま見過ごすというのか! ハイネ、君は――」

「五月蝿い今考えてる!」

 言い合いを始める二人に私は小声で怒鳴り付ける。

「は、離してくださいっ!」

 必死で思考を転らせている間にもユーリたんはどんどんと連れていかれてしまっている。

「おいおいあんまり暴れないでくれや、商品を傷物にしたくはねーからさ」

「それにしてもついてるなー」

 男達はゲラゲラと下品た笑いをしながら路地の奥へと消えていく。

 よし、この作戦で行こう。

 そもそもこのイベントの時にはいないはずの私達が起こす行動。

 必ず上手くいくなんていう確証はない。

 それでもやらなければいけないときがある。

「おい……行っちまうぞ、ハイネ、おいハイネ!」

「……ここは一旦出て行くのはやめましょう」

 慌てた様子で急かすセリムを私は手で制する。

「っ、それはユーリを見捨てるということか!」

 私のその言葉にアベルが私に掴みかからん勢いで身を乗り出してくるがそれをセリムが落ち着けと止める。

 セリムはストリートチルドレンだ。

 こういう世界の闇に触れてきた回数は死ぬまでの何十年を日本という比較的治安の良い世界で生きてきて転生してからは公爵という爵位の家で生きてきた私や王族であるアベルとは桁が違う筈。

 やはり先程からの二人のやり取りを見ていてもこの中で、私を含めて一番冷静なのは彼だろう。

「そんなわけないでしょうっ! 私とセリムはこのままあいつらの後を追うわ、アベル、あなたはこのことを大人に伝えに行ってちょうだい、出来る限り大袈裟に、嘘でもなんでも吐いて大人を連れてきて、あいつらのアジトは……オニキス通り三丁目に入ってすぐの黒い屋根の空き家」

 私は必死で特典のマップを頭の中で思いだしながら指示を出す。

 恐らくこの中で一番足が早いのはセリムだ。

 だがストリートチルドレンの彼では周りの大人が動いてくれない可能性が高い。

 私とアベルでは足の速さはとんとんぐらいだろうが私が行こうにもこの後の展開を考えれば私はここに残るのが最善作。

 だから私は助けを呼びに行くのはアベルが最適であると判断した。

「な、なんでアジトの場所を……」

「そんなことこの際どうだっていいわ、あいつら、移動を始めるみたい……アベル! 早く行って!」

 戸惑うアベルの背中を叩いて私は急かす。

 アジトの場所を知っていることもさっきから互いに様や嬢が取れてしまっていることもこの際どうだっていい。

「わ、分かった!」

 アベルもそう判断したのか踵を返して人通りの多い道を目指して走り出した。

「シグナ! 大丈夫!?」

 私とセリムは倒れこんだままのシグナの元へと駆け寄る。

「げほっ、ごほっ……みな、さんは……お嬢様がっ……」

「分かってる、見てたから、立てる? 早く追いかけましょう!」

 シグナに何とか今の状況を説明しようとするが大の大人に思い切り蹴り飛ばされたことで息をするのもやっとの状態だった。

 ゲームのシナリオ通りに進んでいるのであれば今シグナは骨にヒビが入っている重傷の筈だ。

「……ボクが、ついていっても、何のやくにもたてない、今だってみすみすユーリお嬢様を連れていかれてしまった……いつだってボクは――」

「バカじゃないの! 今はそんな自嘲的になってる場合じゃないでしょ! 今の状況を考えなさい、単刀直入に聞くわ、あなたはユーリの何?」

 そのままゲーム内のように独白にでも入っていこうとするシグナの胸ぐらを掴んで無理矢理立ち上がらせる。

 傷に響いたのかシグナが顔をしかめるがこの際それだってどうだっていい。

 そしてこの質問は本当であれば私がしてはいけない質問だった。

 何故ならこの後何とかユーリたんの後を追ったシグナがユーリたんとする問答の答えになってしまうからだ。

 再開したシグナはユーリたんに自分は何なのでしょうかと泣きながら問いかける。

 そこでユーリたんがシグナを自身の騎士と呼ぶか自身の幼馴染みと呼ぶかの選択でシグナが闇落ちするかが決まる大切な質問だ。

 シグナを闇落ちさせないには自身の騎士、を選択しないといけない。

「ボ、ボクはユーリお嬢様の騎士……」

 それを今、ここでシグナ自身に選択させるのはかなりの賭けかもしれない。

 それでももしシグナの傷に合わせて動いていればユーリたんが怪我をする。

 もしそれを防げてもユーリたんが選択を間違えてしまえばシグナは闇落ちする。

 ここでゲームのシナリオから大きく離れたことをすれば物語が崩壊するかもしれないけど、そんなこと言ってる場合じゃない。

 なのであれば無理矢理にでもここでシグナに自身が何をしたいのかをしっかりと認識させたほうがいい、というのが私の選択だった。

「その腰に刺しているものは、何を守るためのもの?」

 私は言いながらシグナが腰に刺している剣に視線を向ける。

「お嬢様を、守るためのもの……」

 シグナは自覚するように剣の柄に手を置く。

「あなたのこれまでの鍛練は、どんなときのための物?」

 そして私は、最後の発破をかけた。

「お嬢様が危険にさらされた時に助けるための、ものだ……!」

 怪我を押して自身の足で立ち上がったシグナは先程とは違う、しっかりとした騎士の顔をしていた。

「よし、分かったならとっとと立ち上がりなさい、ユーリを追うわよ!」

「……はい!」

 こうして、私達三人は人攫いの消えていった路地へと駆け出した。

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