第4話 最推しについに出会ってしまったわ
私は子供の短い足をもつれさせながらもスピードを落とすことなく走り続ける。
腕に巻いた時計を見るに予定時間をかなり押している。
頭の中にしっかり暗記されている限定版特典のこのローズクォーツの姫君の舞台となるラインハルト王国のマップを頼りに道を進んではいるものの思っていたよりも子供の足では移動に時間がかかるようだ。
「早くっ……行かないと!」
ゲーム内ではマップは選択式だったからこんなに体力を使うものだとは考えていなかった。
私はそのままの勢いで町の外れの森へと駆け込む。
このまま間に合わなければローズクォーツの姫君の時系列表、勿論特典冊子参照のそれを加味して立てた計画が水の泡となって消える。
それだけは絶対に阻止せねばならない。
「あっ!! やっと見つけ――え!? きゃあ!!」
その薄い桃色の柔らかそうな頭髪を目の端に捉え、その綺麗な透明感のある、それでいて控えめな歌声につい興奮を押さえることが出来ずに叫びそのままの拍子で足をもつれさせて一人の少女の前に思い切り頭からスライディングして転ける。
「え、えっ……だ、大丈夫ですか……?」
私の派手な登場に彼女は歌うのをやめて立ち上がると私のほうへおどおどしながら近づいてくる。
「あ、ええ! 大丈夫大丈夫、あなたこそ怪我はしていない!?」
私は慌てて起き上がると服や手についた土を払いながら身を乗り出して聞き返す。
私が転けたことで彼女に土埃でも飛ばしていれば土下座ものだし怪我でもさせていればそれこそ切腹ものである。
「う、うん、してないけど……自分の心配したほうがいい気がします……? 泥だらけだし……」
そんな私に彼女は手を貸してくれようとするが慌てて身を引く。
「えっ……」
もちろん彼女は驚くけれど
私ごときが彼女に触れることすらおこがましい
そう、目の前に立つ薄桃色の長くふわふわとした頭髪と髪よりも少し濃い桃色の瞳を携えた見るからに天使のような、いや最早天使である彼女こそがこのゲーム、ローズクォーツの姫君の主人公であり私の最推しであるユーリ・ローレライその人だ。
「ああ、泥だらけなのは気にしないでちょうだい! それよりも……素敵な歌声ね」
本当であれば一度着替えに戻りたかった。
人生の最推しに初めて同じ次元で会えるのにこんな泥が所々に飛び散ったような状態で初見を迎えるのは本当に躊躇われたがどう足掻いても戻っていては間に合わないということで苦渋の決断をしたのだ。
それもこれもこの、一言を伝えるためだけに。
「……そんなこと、ないですよ」
私が歌声を褒めれば彼女、ユーリたんは謙遜とかではなく本当にそう思っているのだろうという声色で否定した。
成る程、ここでこの台詞を吐くのが彼ではなく私だったとしてもユーリたんは同じ反応を示すのか。
それなら、この後続ける言葉も自ずと決まってくるわけで。
「そんなこと大有りだわ! 今まで聞いた歌で一番綺麗な歌声だったもの」
これは先ほどとほとんど変わらず彼の言葉を引用した台詞だ。
しかしこの言葉自体には嘘も偽りも一寸もありはしない。
実際に生で彼女の歌声を聴いて、前よりも好きになった。
作中、そしてゲームのサウンドトラックで幾度も、数えきれない程に聞き込んだ彼女の歌声はどんな世界の歌姫達の歌声すらも霞ませる程に美しく心に染みた。
「……ありがとうございます」
そんな私の手放しの絶賛に戸惑いながらも少し照れたように頬を染めて視線を反らすユーリたんにくそでかため息を吐きそうになるがすんでのところで飲み込む。
下手にアドリブを入れてしまえば上手いこと彼の行動をなぞることが出来なくなる。
そうなってしまえば困るわけで。
「ところで貴女こんな森の中で何をしていたの?」
私はそのままテンプレな台詞を返した。
「……歌を歌いに、ここは人が来ませんから何も考えずに歌えるので」
そう、彼女は何よりも歌を歌うことが好きだ。
彼女の家、ローレライ家は没落貴族でありそんな家にある日突然桃色の髪と瞳を備えた所謂ローズクォーツの姫と呼ばれる魔法の精に愛され魔法に対する適正がどんな人物、それこそこの国の国王よりも高い彼女が生まれればそれこそ御家は必死になるだろう。
だからこそ幼少期の彼女は家での扱いに疲れ、度々こうして誰もいないところで歌を歌うのだ
「なるほど、それならこれからもここに来ればあなたの歌が聞けるのね」
そんな環境に置かれながらも彼女は腐ることなく成長していく。
そんな彼女の芯の強さもまた、私が彼女を好きな要因だ。
そして私はまた、ゲームと同じ台詞を吐いた。
「えっ……まぁ、そう、なりますかね?」
おどおどした様子で疑問符を浮かべる彼女の手を両手で握りしめ……たかった。
出来ることならそうしたかった。
むしろシナリオ通りであればそうするべきだった。
しかし私の手はセリムとの一件で乾いた泥が張り付いている。
そしてそんな汚れた手でユーリたんの手に触れることは心の底から憚られた。
「ねぇ、あなたさえよければまたここに聞きに来てもいいかしら?」
代わりに私は笑顔を浮かべながらただそう、問いかける。
「……別に、大丈夫ですけど……」
一瞬、逡巡した後にユーリたんはおどおどしながらもそう、肯定してくれた。
「よかった! 断られたらどうしようかと思って」
否、そうは言いつつも断られるかもしれないなんて可能性は微塵も危惧していなかった。
何故ならここまでゲームと同じように進めているのだから。
そしてこの台詞も私の考えたものではない。
勿論本当はこの台詞を言うのは私ではないがシーンは全く一緒であり先ほどまでの流れからしてもここで分岐は発生しない。
「でもそんなに良いものでもないないと思いますけど……」
「そんなことないわ! 私はあなたの歌声、大好きよ、あなた、お名前は?」
まだ謙遜しようとする彼女に食いぎみに私は聞く
これもまたゲームの台詞と同様に。
「ユーリ、ユーリ・ローレライです……」
ユーリたんは名前だけ端的に伝えるとにこりと微笑んで見せる。
ああ、ユーリたんの笑顔マジ天使。
本当に、急にゲームの世界に転生して、よりにもよって転生した先が悪役令嬢だったりと踏んだり蹴ったりだったがこれが生で見れただけで全てがどうでもよくなりそうだ、ありがとう転生。
「そう、私はハイネ、これからよろしく――」
「おい! せっかく気付かれないように聴いていたのにいきなり現れて何なんだ君は!」
私は頭のなかで軽く有頂天になりながら返事をしようとすればひとつの憤慨した声に遮られた。
ああ、最悪だ。
せっかく私が登場シーンを潰した、否奪ったのにどう足掻いてもやはりゲームのシナリオという運命からは逃れられないのだろう。
「あなたは……」
振り向いた先にいた彼は
このゲームのメインヒーローであるアベル、アベル・ラインハルトだった。
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