第75話 ケルシー滅亡の予兆

 ふたたび、ケルシーの北の井戸――


 ナネンセと最後の打ち合わせをするドンタン・ファミリーです。

 カヒが、あることを申し出ようとしています。

 井戸についてです。

「ナネンセ、井戸が二か所あれば、『カルバンビルの帰りたい家路』のお店が続けられるんだよね?」

 聞かれたナネンセは、カヒがどういう意図で言っているのかはわかりません。けれども答えます。

「え、ええ。なんとか、なるでしょう。でも機械式井戸は、ケルシアンスの作成したもの。修復できない」

 ケルシアンス本人でなければ甲冑ゴーレムの破壊からの修復は無理であるのだと言います。

「残念だけれど、お店どころではないですわ。ゴダッチを使い潰せば一ヶ月は、飲み水くらいみ出せるかもしれない。そのあとは術者が交代で……しばらくケルシーの人口を支えないと……ソーホ組合によその集落からもジケーダーの術者を……商会のネットワークに相談……なんとか回るか……ケルシアンスにも相談したいけれど……」

 後半は独り言のようになりました。ナネンセは、集落全体のことを考えて動かなければなりません。両親のお店のことは、井戸が一つしか残らなかった時点できっぱりあきらめ、思考を切り替えたように見えます。

 けれどもカヒは、食い下がります。なぜなら井戸そのものを提供する手段を彼女は持っているからです。あらかじめ仲間全員に思念で伝えてありました。

「あのね。井戸なら、なんとかできるかもしれないの。完全になるには、何か月かかかるかもしれないけど……」

 ナネンセは、カヒの言いたいことがよくわかりませんでした。

 彼女が挙げたゴダッチ案、術者による水の吸引、ケルシアンス探しなどの対策。これらのいずれかを手伝うという申し出なのだろうか、と思ったのです。

 

 しかしカヒの取り出したものを見て、ナネンセはまたたく間に理解します。

「その苗木!」

「うん、そうなんだ」

 ナネンセの表情が希望の光に照らされました。新しい可能性が現れたからです。しかも最適で最高の手段でした。

「井戸の木ムアブ・トリチェラの苗木ですね? それがあれば! 井戸はよみがえるし、機械式井戸の倍のはたらきをしてくれることでしょう!」

 ムアブ・トチチェラは種をつけても、通常は発芽させることも育てることもできない特別な植物です。その技術を持っているのはグーグー族だけ。ダッハ荒野を時間をかけて巡り、自分たちに必要な井戸の木をあちこちに植えていく一団があるのです。

 バノがボリンを捕まえて質問します。

「ねえ、井戸の木の技術を持つグーグー族とは、ナネンセ商店は取引がないのかい?」

「ええ。ございませんの。それにグーグーは一部の技術を握りしめたまま、なかなか外に漏らしません。一族の中でさえも、秘密が多いんですわ」

「じゃあここにいるグーグーに言っても井戸の木は手に入らないんだね?」

「そうなりますわね。井戸の木を育てる技術を持ったグーグー族を見つけてこの地に呼ぶとしたら、いつになることやら……ええ、ここに苗木があるのは大助かりです。あとは、育てることさえできれば。私たちでもできるのかしら?」

 これまで井戸の木を持たず、機械式井戸に頼ってきたケルシーでした。

「そうですね、ボリン。成木さえなかったものを苗木から枯らさずに育てることは難しいかもしれませんね。でも、やらなければ……」

 パルミがカヒの後ろに立っています。カヒの肩を両手でパンパンと軽くタップしました。ナネンセとボリンに話しかけます。

「にっししー。ナネンセさん、ボリンさん。ケルシーにはグリジネ集落っちゅーとこから来たグーグー族がいるはずっしょ? 井戸の木の育て方はその人たちが知ってるよん」

 ナネンセとボリンがほっとした表情を作ります。

「まあ。グリジネ集落のグーグーなら育て方がわかるのですね!」

「ナネンセ、私、思いますの。グーグーの居住区に近く、日当たりがいい。東の井戸の跡地に井戸の木を植えたらいかが?」

「ええ、ええそうね。それがいいでしょうね」

 ドンタン・ファミリーの全員が、カヒが苗木を手渡すところを笑顔で見つめました。

 こうしてムアブ・トリチェラの苗木をナネンセに渡すことができました。

 アリバベルでの冒険が役に立ちました。

 東の井戸が、今後は井戸の木に生まれ変わることになります。


 またナネンセには、仲間たちからお願いが伝えられました。

 甲冑ゴーレムとトレアモロの車輪。この二つを回収させてほしい、と希望したのです。

 ナネンセは二つ返事で了承します。

「わかりました。私が責任を持ちます。あなたがたには、戦利品を得る権利も、ケルシーの感謝を受ける権利もあります。襲撃してきたデロゼ・アリハたちの遺したものは、すべて差し上げます」

 また、ナネンセはさらに約束を追加してくれました。

「最後の井戸は私と冒険者たちとで守りきったというだけで、ごまかしきれると思う。トキトさまたちの存在はあえて言わなければ、知られることはないと思います」

 目立ちたくないという思いに答えてくれました。北の井戸での最後の戦いをあいまいにしてくれるなら、ラダパスホルンに注目されずに安全に旅ができることでしょう。

 バノが急ぎます。

「それなら、今、もう回収作業に入ったほうがいい」

 ラダパスホルンに知られる前にドンキー・タンディリーで車輪と甲冑ゴーレムとを「食べる」ことに決まります。

 北の井戸の近くの住民からも目撃されないように、ナネンセが気を回してくれました。

 住民は家から出ずに隠れているようにと通達されていました。住民には少しだけ事実を変えて「ベルサームの襲撃が終わったと確認されるまで今はまだ隠れていろ」という伝え方になりました。

 これだったら、シンプルに、確実に住民を建物の奥に押し込めておくことができる。ナネンセとボリンの相談の結果です。

 偶然ですが、このことがまもなく訪れるケルシー最大の災厄の対策にもつながりました。


 まもなくドン・ベッカーが隠したばかりの砂の下から現れて、ケルシーに近づきます。木のさくのバリケードを壊さないために、人型に変形して、歩いてケルシー集落の境を越えました。このときは誰も操縦せず、ドン自身の意思で動きました。

 ナネンセとボリンは目を丸くしてその十七・七六メートルの巨体を見上げます。

「先ほどの巨大ゴーレム生成にもおどろきましたが……それ以上のおどろきです」

「きっとこれ、アマンサ・ウェポンですわね。とうとう、アマンサ・ウェポンが修復されて現れはじめたのね」

 世界中でアマンサ・ウェポンの破片や、一部分が見つかっています。いつか誰かが組み立て直して復活させるだろうと、ウワサされているのです。

 ボリンの誤解はそのままにしておくのがいいと思われました。


 作業中、ウインがずっとそわそわしています。

 トキトはドラゴンの仮面だけ外して、石畳の上で大の字になって休んでいました。あまりにウインがうろうろとあてもなく歩き回っているので、声をかけます。

「なあ、ウイン。ラダパスホルンに見つかるのが心配なのか? ま、わかるけど」

 違う、とウインは答えます。

「そうじゃないんだよ。ベルサームの襲撃で終わらない気がするんだ。もうすぐなにかが来る。早くしないと間に合わない。そういう感じが、まだ続いているの」

「そか。さっき両方間に合わなくなる、みたいなこと言ってたっけ。あと一つあるってこと? 軍隊の襲撃よりは、ピンチじゃないんだよな?」

「いやあ、ごめん。私にもわかんないんだ。でも、ああ、もう、どうしようかな。ハートタマとカヒも、なにも感じてないって言ってるのに……」

 ウインは一人だけ、なにかが起こりそうだ、危機が近づいていると感じています。自分でも木のせいかもしれないと思うくらい、危機感だけが強くて、根拠はないのです。

「でもウイン、さっきの襲撃も、ちょっと前から察知できてた感じじゃん? やっぱりなんかあるんじゃねえかな」

「そう言ってもらえて助かるよ。うん、そう、外れてたら笑い話でいいんだけどね。当たっていたら……」

 そんな会話をしているとき。ウインの予感を裏付ける連絡が入るのです。

 思いも寄らない人物から。


 オンボロ・カーゴォ。その正体はドラゴンが人の姿になったもの。魔法の力も人間とは比べ物にならない強大な存在です。

「トキト、それからナネンセ。重大な警告がある」

 思念で言ってきました。

 ナネンセにとっても、オンボロ・カーゴォから連絡など、はじめてのことでした。その“重大な警告”とはよほどの危機なのだろうとナネンセ商店の二人も背筋を伸ばして緊張します。


「カルバ・エテラのでかいやつだ。しかも岩塊を抱えたまま、このケルシーに向けて墜落してくるぞ!」


 ついに最後の脅威が明らかになるときが来ました。

 オンボロ・カーゴォがウインの予感を裏付けます。

 空を飛ぶ四十メートルの巨大エイ、カルバ・エテラ。高空まで舞い上がり、数千メートルの高度に達する飛行生物です。

 それが落下する——

 ドンタン・ファミリーは、その様子を見たことがありました。ただしそのときは地表ぎりぎりまで生きていたカルバ・エテラが飛行能力を失って落ちたというものでした。

 バノがオンボロ・カーゴォ、そしてドンキー・タンディリーと思念で会話を交わし始めました。手招きでパルミを呼び寄せてドンキー・タンディリーと三人で計算を始めます。

 ウインは自分の予感はこれだった、とはっきりとわかりました。

 バノはパルミとドンと相談を続けながら、仲間を全員呼び集めます。手でサインを送ってドンキー・タンディリーの操縦席に入るように合図しています。 

「八千メートルの高空で……」

「求愛行動のために岩塊を抱えて……」

「およそ直径二十メートル……」

 そんな会話を続けているバノに、質問して邪魔をするわけにはゆきません。ウインは年下の仲間を導いて、事態を「今は別れた仲間」にも説明することにしました。

「ネリエさん? あのね、ベルサームの軍隊は撃退できたの。でもべつの問題が……うん。落ち着いて聞いてね。まだ建物から出ないで、体を隠して……」

 落下物の危険がどんなものか、ウインはバノたちの会話からほんのちょっとうかがい知るだけです。けれどわかります。

 なにもしなかったら、ケルシーは滅亡する。

 それくらいのことが起こるのだと。

 恐ろしい事実が、バノやパルミ、ドンキー・タンディリーの会話からわかるのでした。


「ネリエさん、くわしいことはまだわからないの。でも私たちにできることは、するから。うん、またあとで」

 ウインはわかっています。脅威がどれだけ大きいものだろうと、バノも、オンボロ・カーゴォも、それになにか対処しようとしているのだと。

 だからネリエベートを建物の奥に隠れさせ、自分たちが大切な二人を守るんだと。

 ――守るよ。ネリエさんも、お腹の赤ちゃんも!

 

 バノが仲間たちとナネンセ、ボリンにだけ伝えます。

「聞いてほしい。おおよその計算結果だ。オンボロ・カーゴォの感知した、このあと起こる出来事」

 ハートタマが言葉を添えます。

「ま、わかってると思うがオンボロにゃあ嘘をついて人間をだましても得はねえからな。オイラの感知でも嘘の可能性はないと思うぜ」

 バノはうなずいて、説明します。

「カルバ・エテラが落下するだけではない。あの生き物は繁殖のための求愛行動として、自分の体より重い岩塊を持ち上げて八千メートルもの高空に飛び上がる習性を持つ。このうち一匹が、高空から岩塊を抱えたまま息絶えたらしい。風に流されて、このケルシーに落下してくる」

 パルミが体をぶるっとふるわせます。

「バノっちがおおよそ計算したけど、あたしとドンちーも、検算してみたの。間違いないと思う……」

 いつもの口調はなりを潜めて、深刻な話し方でした。

 バノがわかりやすく地球の言い方も交えて話します。

「私たちの故郷で、二十一世紀初頭に有名なテロがあったのを知っているね、仲間たち。乗客を乗せた航空機が世界的に有名な超高層ビルに突入して大規模破壊をした……」

 つぎつぎに仲間たちから「知ってる」「動画で見た」「まさかあれと同じような破壊の力なの?」と反応が上がります。バノは手でざわつきを抑えました。

「私たちが体験で知る、天空からやってくる大災害といえば、ツングースカ隕石落下と、あの航空機テロが代表的だ。今回の予測される被害は……」

 ごくりと、誰かが生唾を飲みました。バノの言葉は、予想よりも深刻なものでした。

「航空機テロよりは大きく、ツングースカよりは小さい……」

 その言葉だけでもショックでした。あの恐ろしい航空機テロは、二十一世紀の地球であっても世界中を震え上がらせた破壊です。

「西からケルシーに突っ込むカルバ・エテラと岩塊の破壊力は、七十から百九十トンTNT火薬相当の威力だ。君たちが見た映像の航空機テロの、機体激突時の百倍の威力だ……」

 その意味するところが、おぼろげながらに仲間たちにも伝わります。

 続けてオンボロ・カーゴォからも予測が届きます。彼は、街が半分以上壊滅するだろうと考えています。

 その上で警告してきた理由を告げるのです。


「このままでは何百人もの人が死ぬ」


 オンボロ・カーゴォの声が、これまでになくこわばった響きを帯びています。



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