第55話 ヒツジ二頭の謎

 兄弟の冒険者二人を見送ったあと、トキトが判断します。

「ケルシー入りすんの、ここが潮時しおどきじゃね? ドンを隠して、集落に入ろうぜ。いつもみたいに回りこんで、えーっと西側から」

 アスミチがすぐに同意します。

「それがいいね。今の情報も整理したいし」

 ドン・ベッカーからもつぎつぎに賛成の声が上がりました。


 ドン・ベッカーを人目につかないようにするのも慣れました。

「えへへ。砂に本体を隠したから安心。イワチョビの体を作ってもらって、ボクはとても自由になったよ」

 と、ルリビリの背中でピコピコと両腕を動かすドンキー・タンディリーです。イワチョビのボディは、頼れる防御と怪力要員になりました。

 全員でケルシーに向かいます。

 騎乗生物に分乗しています。同行人のネリエベートも「私も、今日は集落に入るからね!」とハヤガケドリを呼びました。七頭の騎乗生物。そこそこの大所帯おおじょたいです。

 ケルシーは西側が岩山でガードされています。サント・ジガサントがその岩山の名前です。通り抜けには向かない障害です。だからトキトの言うように西側から集落に入るということはできません。トアッカやイェットガとは集落のつくりが違うのでした。

 バノが提案します。

「ルシアの引っ越しのあとというのも、見ておきたい。どうだろう、時計回りにぐるっと回ってから、北または北東からケルシーに入るというのは」

 バノの考えでは、南側も警戒を兼ねて見ておくのがいいということでした。ラダパスホルンの首都の方角であるのと、デロゼ・アリハの特殊部隊が去った方角も南だったからです。少しだけリスクがあるという判断です。

 ウインがくり返します。

「私たちが避けたいラダパスホルン。そしてデロゼ・アリハの部隊。この二つが南にいる可能性があるんだね。だから見回り。ケルシー入りはそのあと北か、北東から。ついでのルシアさんの引っ越し跡も見学する」

 カヒがそのことについて言います。

「わ。きっとケルシーの人たちがいるよね、引っ越しあと。機械の巨人が歩いた足跡を調べていると思う」

 パルミが笑います。

「にししっ。そんじゃ冒険者が見に行ってもむしろ自然だわなー。あたしたちが大回りするのは、機械の巨人の見学ツアーでえいっす、ちゅーことにすればいいっしょ?」

 まさにそのとおりでした。気になる事件があったおかげで、楽にふつうの旅人のふりができます。

 アスミチがそこに情報を追加します。

「ケルシーの東側にはヒツジの放牧場があるって言っていたよね? だからケルシーに入る前に、ぐるっと回りながらさっきの情報をみんなで話し合って、最後にヒツジのようすを見る。それからケルシーの集落の中に入る。こうするのがいいんじゃないかな?」

 その考えは全員の希望と一致していました。決まりです。


 ケルシーという都市は、三日月型の岩山の内側にある二万人弱の集落です。

 どうやら今のところ人口は増える一方のようです。広いダッハ荒野の要所だからです。

 広がった居住区は、東に延びています。だから仲間の移動する先にも、すぐに粗末な家がぽつぽつと見えてきました。ほとんど掘っ立て小屋のようなものです。

 貧しい人々が暮らす地区を右に見て、ドンタン・ファミリーはケルシーの周辺を時計回りに移動します。


 イワチョビがアスミチの後ろで情報収集です。

「岩山は三日月型に見えるけど、ほんとはまるいんだね。東のこっちはをえがいていない。途切れてる。ところどころに岩山の先端が残る感じ」

 カヒがすぐにたとえます。

「うん。そうだね。とびとびに岩山。もし全部つないだら、時計の文字盤の文字みたいに、円になるって感じがする」

 トキトが「カヒの説明、わかりやすいな!」と言ってカヒが「えへへ、うれしい」と答えました。

 ネリエベートにはもう少しくわしい様子がわかったようです。

「こっちにはグーグー族が多いみたい。きっともとのグリジネ集落の人たちが移動してきたのも、ここだ……たぶんね」

 アスミチが答えます。

「そうか。数年前に巨大シロアリのツチュたちに追い出されてしまった旧グリジネの人たち。彼らは、きっとこのあたりにいるんだね。人の服装とか、家の感じが、エスニックな感じ」

 パルミがすぐに「エスニックっちゅーのは、民族の感じが出てるのを言うんだよねぃ」と補いました。

「南北アメリカ大陸のネイティブ・アメリカンにちょっと似た印象だなって思って。衣服にひし形とか、色のラインとかちりばめた感じが、さ」

 とアスミチはグーグー族の印象を語りました。


 ハートタマがさっそく感応の力を使ってくれました。

「そういや、ヒツジはこっち側にはいねーな」

 即座にアスミチが疑問を言います。

「あれっ? ハートタマはヒト以外の生き物もわかるんだっけ?」

「いいや。ヒツジを感知してるわけじゃねーよ。ほれ、話にあっただろ、オンボロとかいうヤツにヒツジを売りに来る人間が行列を作ってるはずだってさ。そーゆーのまとめて、こっちにゃ、ちっともだ」

「なるほどね! ヒツジは思考がうるさくない。ヒトは思考がうるさい。そのヒトの、行列で待たされてイライラした感じがないってこと……でいい?」

「そーゆーこったぜ。その行列ができてる場所は、東側つっても、もっと北のほうだったんかもな」

 だいぶ遠い位置からケルシーの南側に移動しました。ヒツジがいる場所が北寄りだったので見えなかったという可能性が高いと言えるでしょう。

 ウインがその会話を拾います。

「二人とも、それ! ヒツジのことを考えておこうよ。

 グーグー族の居住区を右手に見ながら、話すことにしました。


 先ほどの冒険者から得られた情報を、もともと彼らが知っていることと合わせて考えます。考える知恵が、ドンタン・ファミリーにはあります。


 情報と推理といえば、バノが圧倒的にすぐれた力を持っています。

 今回も、もしバノが考えを述べれば、すぐに話が終わることでしょう。

 見逃しや間違いも、ほとんどしそうにありません。

 バノは「天才王子」とまで言われた頭脳の持ち主です。その能力の高さは、仲間たちはとてもよく知っています。自分たちの体験として。

 ですが、最近のバノは、自分が前に出るよりも、ほかの仲間の誰かに役割を任せることが増えてきていました。バノが楽をするためではないことは、全員わかっています。

 アスミチが正式にバノに弟子入りしていますが、ほかの子どもたちもバノの生徒みたいなものでした。

 教わったことを生かして自分でやってみる。そういう時間が増えているのです。

 バノは今回も、仲間たちの考えるいい機会と考えたようです。

「じゃあ、アスミチに、ヒツジというキーワードから思い出させる記憶を言ってもらおうかな? ほかの子たちも、自分でも思い出してみてほしい」

 うなずいて、全員が思い出します。


 ヒツジ――

 ウインが言ったように、地球へ帰る手段になりうるかもしれないキーワード。それは、かつて出会って仲良くなり、別れた男が言っていたことでした。ボットー・ロンリネスが探していると言っていたヒツジ。

 記憶を探り始めるアスミチ。

 そのアスミチとともに、全員で振り返ります。

。これはとても大事なキーワードだった」

 あまりに多くのことがありました。黄金のヒツジがどんな意味を持つか、ぼんやりしてきた仲間がいるといけません。できる限り省略せずアスミチは語り始めます。

「ボットー・ロンリネスは、はっきりと名乗ったわけではないけれど、自分の名前を言えばドラゴンだと伝わるかもしれないと思っていた。ドラゴンであることを隠しているわけではなかったね」

 たしかに仲間たちのほとんどは、ボットーと出会ってから別れるまで、彼を古代人であると認識していました。ドラゴンだと気づいていたのはバノだけです。

「仕事として彼は黄金のヒツジを探していた。そして、自分の尊敬する人物ノル・ロン・ワン。通称ロナーン。この人物にもボットーは会いたがっていた」

 トキトがロナーンについて思い出します。先頭を走るウロコハヤガケの背中からアスミチを振り返るトキト。

「ロナーンのほうは、もう正体がわかったんだよな。ノルさんのことだった。俺たちはデバニア・ディンプにに移動してからノルさん本人に会えたし。ノルさんはきっぱりと自分はドラゴンだと名乗ったし、タッピー・ウイングも、シッポーも見せてくれたぜ!」

 トキトはうれしそうに笑顔で思い出を言いました。

 ウインが小さく「ぷっ」と吹き出します。あらためて聞くと、強大なドラゴンが「タッピー」とか「シッポー」というかわいらしい言い方をしているのがおかしく感じたのです。ノルのおもしろおかしいしゃべりのときには、それほど違和感はなかったのですが、時間を置いて言われると、笑ってしまうのでした。

 ふたたびアスミチが情報整理を始めます。

「うん。二人のドラゴンによって黄金のヒツジの重要性ははっきりわかったよ」

 仲間たちは今度はなにも口をはさみません。“黄金のヒツジの重要性”という言葉が出たからです。

 記憶力の正確さでは、アスミチはバノをも上回ります。重要なことは、正しく思い出してもらって聞いておくべきでした。

「まず、ボットーが言っていた言葉を思い出すよ。イワチョビ、もし違うことをぼくが言ったら訂正してもらえる?」

「いいよー! よろこんで役に立つよ。ボットーとは、少しだけ、仲良くなったと言えなくもないからね。ボクも内容を覚えてる」

 これには一言だけトキトが「ぶは、イワチョビはボットーにだけ辛口からくちだよな!」と感想をもらしました。全員、この奇妙なボットーへの当たりの強さは感じています。りが合わないというやつなのでしょう。

 アスミチは話します。

「ボットーは、こう言っていた。彼の秘密の目的を。 ……


『黄金のヒツジだ。居場所がわかれば助かる。だが、ヒツジと言うが、動物のヒツジではない可能性がある。トマリド(リャマ)、ブンチッキ(ブタ)、ヤゲルク(ヤギ)などの一頭かもしれない。いや、私たちのような魔法を使える知性体を、たとえで黄金のヒツジと呼んだだけの可能性もある』


 イワチョビが首のない頭をピッピッと動かしてうなずいています。正確に言えているようです。


『手がかりは少ししかない。黄金のヒツジは人間のそばで、かならず群れの中にいる。それだけだ』


 これにもイワチョビがうなずき返しています。

 パルミがここから言えることを考えます。

「んで、ケルシーにはヒツジがいっぱい飼われてる。よう、もうメエメエ鳴くのはやめたのかい? 春の毛刈りですっきりしたのに、秋になったらまたモッサモッサに全身から生えウールのかい? っちゅー感じで、黄金のヒツジをドラゴンが探しにくるのは、理解できるよねぃ」

 ダジャレ混じりで言ったパルミに、カヒが真面目な顔で

「羊毛とウールがダジャレなんだね! すっごく笑っちゃった」

 と言いました。顔が笑っていません。

「カヒっち、表情筋がピクリとも動いてない顔で言わないで! せめてちょびっとくらい、笑ってほしいのん」

 悲しそうな演技で言われて、カヒはにへっと顔を崩します。

「えへへ。ごめんね。笑うのをがまんしてました。いつもパルミは楽しいから好き」

「にゃっ、それジョークちゃうんだよね!? 信じて、いいのん……?」

 今度はカヒは遠慮なく声に出して笑います。

「あははは、いいよー!」



 アスミチはこうやって楽しい会話にしてもらえて、うれしく思っています。

 ――ぼくは思い出すのに手一杯ていっぱいで、みんなが退屈しないようにとか、そういうことまで考えられない。パルミとカヒのおかげで記憶にも残りやすくなっている気がする。助かるなあ。

 そして自分の役割を続けます。

「うん。そうなんだ。ケルシーで黄金のヒツジ探しをするのは、理にかなっている。だからオンボロ・カーゴォというボットーやノルさんの仲間が現れたんだと思う」

 ウインがちょっとだけ補います。

「ボットーのほうはノルさんを探しにスルーマ国に向かっちゃったものね。仕事はそっちでしている可能性が高い。あと、オンボロ・カーゴォという人は、ボットーが名前を言っていたんだったよね?」

 アスミチの正確な記憶で、そのボットーの言葉を思い出してもらいたいウインでした。

「そのものズバリ、仲間だって言ってたよ。こうだね。


『我がはらから、オンボロ・カーゴォを知ってはいないか……?』


 はらから、というのは仲間という意味だよ。彼が話していたのは日本語じゃないけど、たぶんこのバニア・アースの少し古い仲間っていう意味の言葉が自動翻訳されたんだと思う」

 トキトも「俺にもはらからって聞こえた。仲間だっつー意味も、伝わったよ」と、忘れずに覚えていたようです。

 全員、お互いを見回します。置いていかれているメンバーはいないようです。

 副班長のウインが、うなずいて次の話題に進めます。

「じゃあ、今度はノルさんからもらった情報だね。おおまかに言えば、ドラゴンは滅亡するかもしれない。そういうことだった」

 パルミが「ひゃー」と高い声を出して言います。

「それそれ! 巨大な生き物とか亜竜とかがみんな死んじゃって、そのあとドラゴンも滅亡するっちゅー話でしょ。タマランデガスとかいうドラゴンの予言」

 トキトが笑います。

「ぶっ。俺も正確に覚えてないけど! タマランデガスは間違ってる気がする」

 アスミチがさっそく正しい記憶で訂正します。

「予言の能力のあるドラゴン、タマラガリスだったね。当人も予言の意味がわからない。そして滅亡を避けるために必要なのが――


 


 だったよ」


 聞いて、カヒはあらためて質問します。自分がまだ九歳で、ものを知らないからわからないだけなのかもしれないと思ったのです。

「生き物が滅亡するとかいう話のとき、なにかと友だちだと助かるなんてこと、よくあることなのかな? わたし、ぜんぜんイメージできてないよ……」

 年上の仲間たちはイメージができているかもしれないとカヒは考えています。

 ウインが太鼓判たいこばんを押します。自分だってわかっていない。だからカヒがわかっていなくても大丈夫、と。

「心配いらないよ、カヒ。芝桜ウイン、ちっともさっぱり、意味がわかりません!」

 ちょっとずれて押された感じの太鼓判です。

 読書好きで成績もいい小学六年生のウインの言うことです。カヒはそれなら自分がわからなくても当たり前だと思って安心します。

 しかも、もっと知恵がある二人も同じようなのでした。

 ネリエベートが言います。

「その話、私ははっきり目が覚めていたわけじゃなかったからだと思ったけれど、今聞いても意味がわからないわね」

 バノも同じ状態のようでした。

「種の滅亡、つまり絶滅というのは環境要因で起こるものだよ。黄金のヒツジと友だちかどうかが関係あるなんて、私も聞いたことがない。似たような話さえ、ない」


 ここでふたたびアスミチがまとめ役をします。

「誰も知らない、前例がない条件。生き残るには黄金のヒツジと友だちになるしかない。期限がいつなのかわからないけど、おそらくドラゴンが今、活動を開始したということは滅亡が起こり始めるときが近い。あるいは、もうそれが始まっている」

 この話をしたのは、全員が覚えています。ある印象的な出来事のときだったからです。

「――ぼくたちが目撃した、カルバ・エテラの落下が、そのはじまりだったかもしれない」

 恐ろしい指摘でした。カルバ・エテラは四十メートルもある空飛ぶエイです。巨大生物が滅亡するというのなら、これらも死んでしまうということ。その一匹の不自然な死を、仲間たちは先日見たばかりでした。

 アスミチは続けます。

「ドラゴンは、予言を信じている。きっと今までにもタマラガリスの予言は当たったんだね。だから今回も絶対に当たると信じた。回避方法のあるタイプの予言だから、がんばれば滅亡は回避できるって思ってるんだ」

 ここでパルミが手を挙げていました。

 バノにうながされて、パルミが質問を口にします。

「あのさあ……ちょっち、ドラゴンの話からそれるんだけどね。いい?」

 どうやらジョークを言いたいわけではないようです。ときどき出る、おちゃらけをおさえ気味のパルミのしゃべり方になっています。

「ドラゴンが滅亡する部分はたぶん本当だよね? でもタマタマタマリンは、ドラゴンだから自分たちの予言をしただけじゃん? ? 人間のほうが、弱いわけだし、ね?」

 バノがすぐに答えを引き受けました。この疑問はいずれ出ることがわかっていたのです。

「もっともな疑問だね。これまで黄金のヒツジはとくに出会う可能性を考えなかったために、触れなかったんだけれど……私も、考えてみたよ」

 すでに考えたと知り、仲間たちは安心します。ただし半分だけ。考えた結果が、悪いものである可能性も残っています。

 バノの考えは、特別に重みを感じる仲間たちです。

 緊張が高まっていく中、カヒが不安を口にしました。

「わ。わ。ドキドキするよ……滅亡は、嫌だよ」


 バノははっきりと答えます。

「私たち純粋ヒト種が滅亡する可能性がゼロではないが、と判断する」

 バノからその言葉が出たことで、一気に空気がゆるみました。

 あまり事情にくわしくないネリエベートさえ、まぶたを閉じて自分の胸に手を当てています。ドラゴンや人類の滅亡という言葉だけで、とんでもない内容であることは十分に察せられたのです。


 アスミチは満足していません。

「バノ、理由も言ってくれるよね? ぼくたちヒト種はどうして平気だと思うの?」

 まだ弟子は、師匠に及ばない部分があります。考える射程は、かなりバノが他を圧倒しているのです。今ではアスミチはそのことを心地よく思っています。師匠のその知恵の長足に一番目に触れることができることが、うれしいと気づいたのです。

「ああ。予言の内容だよ。予言それ自体が人類の安全を示唆している。


『手がかりは少ししかない。黄金のヒツジは、かならず群れの中にいる。それだけだ。』


 そう、ボットーは言った。人間のそばにいるヒツジならば、もう私たちヒト種とは最初から友だちだと言っていいはずなんだ」

 これを聞いて大きな声を出したのはパルミでした。ほかの仲間も理解できています。けれどパルミは体験があるのです。

「そ、そーじゃん! あたし牧場でふれあい体験したことある! ヒツジの毛は、やわらかくなかった! ふんわりふわっふわを想像したけど、固かったんよねー。あ、そんで、言いたいことは、ヒツジはあたしたち人間と仲よしじゃん、ってこと! そんだけです!!」

 まとまりが悪くなってしまったので、珍しく「です」と敬語でめたものと思われました。

 トキトがパルミのあとを受けました。彼も野生動物や、ヒツジやヤギに触れ合った経験があります。

「だよな! とくにヒツジは羊毛目的で飼育することが多いだろ? 暑くなる前に毛刈りをしてもらうのって、ヒツジもうれしいはずだし。最初から友だちだよな、ヒトのそばにいるヒツジだったらさ!」

 声が明るくなっていました。ウインも、同じように安心の気持ちです。

「食肉のヒツジも、この世界にいるかもしれないけれどね。でも予言の内容からすればヒトのそばで幸せに暮らしているヒツジじゃないとおかしいって気がするよ。そうだね、バノちゃん。ヒトはもし滅亡の予言に巻き込まれたとしても、黄金のヒツジとは仲よしだ!」

 アスミチが一歩前に考えを進めます。

 ――ちょっとだけなら、ぼくもバノの真似ができる。考えた!

 口を開くアスミチ。

「そうか! だからヒトがもともと仲よしにしているはずだから、オンボロ・カーゴォはヒトからヒツジを買い取って、自分たちが次に黄金のヒツジの友だちになることを考えた。高く売れるとわかれば、ヒツジを売りにくる人は多いよ。わざとだ、わざと高く買っているんだ!」

 なんとなくは、言いたいことがわかる仲間たちです。しかし、二頭セットで買う意味まではっきりわかったわけではありません。

 カヒが疑問を声に出します。

「高く買うのはわかるんだ。そうすれば売りに来る人が増える。でも二頭セットにするのって、どうしてかな?」

 アスミチは、バノを振り返ります。すぐに答えるべきかどうか、迷ったのです。バノはウインクして、そっと唇に人差し指を当てました。

 ――まだ、言うのは早い。そういう意味だね。師匠!

 こんなサインさえ、とてもうれしいアスミチでした。

 また仲間たちは、考えをしゃべっては、ほかの仲間の意見を聞くというサイクルに入りました。しばらくすると、解答が得られました。

 ウインが満足そうに鼻から息をふーんと吹き出しました。

「そうかそうか! ポイントは質の悪いヒツジを買うほうだったんだね。そりゃ、そうだね。そこに意味がなければ、損するような買い方をしないもん」

 トキトも今や完全にわかっています。

「黄金のヒツジは、品質がいいヒツジかどうかも、わかんねーもんな! 毛のひと房さけ黄金かもしれないってボットーも言ってた。そういうのが質のよくないヒツジのほうにいたら、探せない」

 パルミも笑顔です。

「そーだよねえぃ。世界中のヒツジを買い占めることができればいいけど、できないから、変な買い方をしてるわけっしょ? 自分にとって損失するっちゅーことは、相手の利益と同値よね。相手、つまり人間が質の悪いヒツジまでぜーんぶ持ってきてくれる」

 カヒが感心して言います。

「ドラゴンって、賢いね! 一頭ずつ買っていったら、質のいいヒツジしか集まらない。でもその買い方なら、質の悪いヒツジも集まってくるんだね!」

 アスミチの解説が加わります。

「そうなるよ。資金には限りがある。オンボロ・カーゴォが買取をやめる前に、急いで売りたいんだ。だから知り合いから買ってでも、ヒツジを持ってくるはず」


 オンボロ・カーゴォに面会する前に、彼の考えた作戦がわかりました。

 ウインがバノとアスミチを交互に見ながら、言います。

「いやあ、おもしろかったなあ! 推理ゲーム! 私たちには凄腕の師匠と弟子が揃っているから、知恵比べも強くて、ほんとうに助かるよ」

 褒めています。けれどお世辞だとはウインは思いません。感じたままの、正当な評価です。

「ぼ、ぼくまでそんなに評価してもらうと……えっと」

 アスミチがとまどいます。そこにハートタマが伝えるのでした。

「ちゃんと本心でウインはお前さんを褒めてるぜ、アスの字。それから、オイラも、おめーはすげえやつだって思ってる。小学四年生で恐ろしい知恵者だな!」

「ハートタマに言ってもらえるなんて……すごいや。ありがとう、ウイン、ハートタマ」


 移動していきます。

 ハヤガケドリとルリビリは、大きく回ってケルシーの真南あたりを見ることができる位置にやってきました。

 

 貧しい人たちの家々は姿を消しています。

 ケルシー中央部が見えてきています。岩山の切れ目には、ケルシーを守る木の柵が何重にもなっています。ハヤガケドリであっても飛び越すことはむずかしい状態です。

 柵に守られた向こうに、ケルシーの産業地区があります。工房、専門店の看板をかかげた石造りの頑丈がんじょうな建物が見えます。街路がいろの奥に人がたくさん見えるのは市場でしょう。

 カヒは柵を観察しました。

「イェットガのコロッセオみたいな城壁と、違うんだね。ただの木の柵……みたい。守りは大丈夫なのかな?」

 パルミが推理してみせます。

「三重、四重に柵があって、道はそこをジグザクに通って遠回りする感じ。ちょっと上り坂。人やモンスターが侵入しにくいようには、してあるわよねえぃ。ちょっち足りない感じもする。んーと、んじゃ、魔法のなにかで防御をしてるんじゃね?」

 ウインも思い当たります。

「ルーガさんのお屋敷では目立たないようにゴダッチが置かれてたね! そういう守り方もあるんだと思う」

 ルーガのいたミクマーフ邸を訪ねたのはウイン、パルミ、カヒとイワチョビでした。イワチョビも話します。

「ゴダッチがいるようには見えないけど、地面に埋めてある可能性もあるよね。あとは忌避きひ物質とか、魔法の矢避やよけみたいな自動防御とか? あるかもー」

 バノが右腕をLの字型に曲げています。上を見ろという意味なのでしょう。

 トキトがすぐに気づきます。

「おっ、ここいらへんにはとうが建ってるんだな。あれだ、見張りのやぐらのはたらきだ」

 バノが満足そうにうなずきます。

「地上に置くのでは大量になる攻撃手段を、高所にまとめておけば、少ない量で広い範囲を防御できる。今も私たちを見張っているだろうね」

 ハートタマがトキトの頭の上でぶるっと震えました。

「ほんとのことだぜ! 意識をこっちに向けてる人間、塔の上にいるな! 『魔法矢の射程内だ』、つーのを考えてるぜ」

 パルミが騒ぎ出します。

「ぎゃばぶー! 撃たれるのいやいやん! こっちも矢避けで防御、でもあっちも魔法矢っちゅーので命中する魔法かけるとかなんっしょ?」

 ウインがあわてるパルミをたしなめます。ここで目立つのはかえって危険だからです。

「警告もなにもせず撃ってきたりしないでしょ! パルミ、堂々と通り過ぎればいいんだよ」

 もっともな考えでした。

 許可なく柵を越えてケルシーに入ろうとすれば、野生動物もモンスターも、人間でさえも、魔法矢で射られてしまう仕組みでした。

 さらにカヒが「あれはラダパスホルン軍人なの?」と、小さく目立たない手つきで塔を指さして聞きました。バノの答えは「違う。ケルシー独自の軍隊、と言っては大げさかな。ケルシー自衛団ってところだろうね」というものでした。カヒはすぐに「イェットガで門番をしていた人みたいな?」と言い「それだよ」という返事をもらいます。


 やがて西側のサント・ジガサントに差しかかります。


 山というには小規模です。高さは二百メートルあるかないか。

 ネリエベートが西風に豊かな黒髪をなびかせ、言います。

「西からの風と、雨を防ぐ衝立ついたてになっているのね、サント・ジガサント。防風岩ぼうふうがんとでもいうのかしら」

 岩山それ自体が視界をさえぎってしまい、その向こうが見えません。

 トキトが言います。

「西半分は、大部分がサント・ジガサントですっぽり守られてるっつーわけだよな。だから塔も建ってない。天然の要塞ようさいっつー感じ?」

 バノが答えます。

「まさにそうだね。西側の防御は完璧。さらにサント・ジガサントには大錬金術師ケルシアンスの館まであった。一流の魔法使い、かつ錬金術師がいたらおいそれとは突破できない」

 ウインが体を震わせています。怖いとか気味が悪いとかでは、ありません。逆でした。うれしい、楽しい、というときの震えです。

 きっと異世界ワードに刺激を受けたのでしょう。ポニーテールの髪を後ろに倒して空を見上げています。

「物語の世界だねえ……! 天然要塞のサント・ジガサント! 魔法使い! 錬金術! 魔法の矢! 見張りの塔! そして今から見学するのは、鋼鉄の巨人の足跡なんだー」

 パルミがウインのそばに騎乗生物を寄せます。ウインが感極かんきわまって落馬しないかと心配したのかもしれません。

「ウインちゃん、足跡の実物を見て、落っこちないでね! 四十メートルくらいあるロボなんっしょ、ルシアっちの巨人っちゅーのは。ドンちーより、あたしの巨大ゴーレムより、さらに倍の背丈せたけじゃんね」

 これにアスミチがうんちくを加えます。さり気なくウインをはさむ位置にルリビリを寄せました。イワチョビが「わかってるよ!」と小さく言ってウインのほうに両手をピコッと伸ばしました。ウインがほんとうに落ちそうになったら腕を投げてでも支えるつもりなのです。

「きっとルヴ金属製の巨人なんだろうね。そのサイズで立って歩いていけるなんて。魔力を通すと重力に対して浮き上がる、アリストテレス的性質!」

 パルミが微妙に間違った言い方で返します。パルミの間違いは、わざとのときもあれば、覚えきらないだけのときもあります。

「軽い理由はそれじゃん! アリさんとステンレスボトル!」

「そこまで違うと、わざと言ってるよねパルミ!?」

「にしっ、そーでしたー。ごめんねアスっち、茶々入れて」

 故意に間違ってみせていたのでした。


 ここでふたたびハートタマが感応の力を発揮します。

「おいおい、思ったより人間の数が多いぜ! ケルシアンスっつーのは人気者だな。しかも声を張り上げてるから思念も完全にわかる」

 予想通り、サント・ジガサントには人が集まっていました。ただし、思っていたよりずっと多い人数のようです。

 しかもハートタマには、はっきりと言葉を思い浮かべたりしゃべったりする場合に限っては、心に浮かんだ言葉や考えが感じ取れることもあるのです。今回は、そのケースでした。

「ははあ、そーゆー商売か、考えたな!」


 奇妙は商売をする者たちに、気づいたのです。

 巨人の足跡でひと稼ぎ。しかもそれは冒険者たちの組合、ソーホ組合と、ラダパスホルン軍人が手を組んで即興で思いついた、ちょっとしたもうけのアイディアなのでした。


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