第52話 フュージョンとスプリット

 デロゼは自信があるのでした。

 アバルキの再生。

 支払う報酬ほうしゅうはある――

 そう言うのです。

 しかも報酬を示したならば、ルシアは依頼を断らないと考えています。


 確信があるデロゼ・アリハ。

 聞き取りやすくゆっくりと、言います。

「アバルキに体を与えてくれ。そうしてくれたら、アバルキをお主の弟子とすることを約束しよう。アバルキは断らぬ。それが報酬だ」

 ルシアの目が色眼鏡の下でくるくると小さな動きをしています。デロゼと金属のボトルとを何度も視線が往復しているのでした。

 

「そう……かもしれないね。が、報酬か!」

 ルシアは目を輝かせています。彼女の心はこの申し出に強い衝撃を受けているのです。

 報酬の内容にではありません。その報酬が、まだ彼女が知らないものだった。未知に遭遇そうぐうしたからです。

「こんな依頼は一度もなかった。まさか、まだこのケルシアンスの知らない報酬の形が、あったなんて!」

 そう言って、表情をくずします。デロゼ・アリハへのかたい態度がやわらかく変化してきていました。

「なんだよー、アバルキも、デロゼも。アリハ家ってのは、おもしろい発想の宝庫かよ」

 打ち解けてくると男子めいた話し方が出てくるルシアです。

 ルシアは、デロゼ・アリハに説明をする必要を感じています。なぜなら、彼の依頼を叶えてやりたくてもそうできない可能性が高いからでした。

 ――死者を復活させる。こんなことが少しでも可能だと思えるのなら、引っ越しを延期してもいいくらい……いや、それはできないな。追っかけなくちゃいけないアレを見逃してしまう。

 たとえアバルキ復活の依頼を受けることになったとしても引っ越しを中止するつもりはないようでした。つまりは、アバルキの命を急ぐより、現時点での用事のほうが優先ということ。

 ――だって、アバルキ、わかるだろう? あっちのドラゴンの骨のほうは、自力で心臓もなにも再生しようと、してるんだ。びっくりルシアも心臓どっきりこ! だから復活ができるとしても、そのあとになるよ。

 ルシアは死んだドラゴンの再生を観察するために引っ越しをするのです。

 ――昨日までは気配だけだった。でも今朝、ケルシーの神殿地下から、ドラゴンの遺骨は、消えたんだ。まだ神殿警備のグーグー族も気付いていないかもしれない。

 ――とんでもない時代が始まろうとしているんだ、きっとね。いや、もう始まっているのかもしれない。引き返せない変化が、もう動きはじめて、二度と今の時代に戻らない。そんな節目に、今私たちは居合わせている。ドンピシャで、居合わせた。

 ルシアはドラゴンの心臓の強さを知っています。

 ドラゴンと亜竜と呼ばれるドラゴンの下位の生き物は、心臓だけで生き続けるのです。のみならず、心臓があたりの有機物を集め、呼吸をはじめて、肉体を再構成することもできると言います。

 この物語においても、ホサラオアシスでドンタン・ファミリーが目撃しています。ヘクトアダーの新鮮な心臓が、肉体を離れても動き続けていることを。また、ドラゴン自身の言葉で、そのエネルギーが星辰(星の動き)によるものだと説明もありましたね。

「デロゼ・アリハ。君の息子が復活できるかどうかは、慎重に考えなければならないよ。私も前向きに考えることを約束しよう。だが、そこまでさ。あとは、アバルキの心臓に聞いてみないと、わからない」

「知りたがりのお主なら、そう言うと思っていた。アバルキには、先ほどお主に見てもらえと言ってある」

「うん。聞いていた。話が早いな、アリハ一族。むんぐぐ、アバルキがこんなことにあると知ってさえいたら、予測ができたなら、なんとかできたかもしれないのに」

 ルシアは相当に力のある魔法使いで、この世界には二人といないであろう錬金術師です。その言葉は大げさなものではないのでしょう。彼女は本気で、どんな危険からも自分だったらアバルキを守れたと思っているのです。

 デロゼは、疑問をていします。

「そうだろうか? ワシの片手と片足を食いちぎり、灼熱しゃくねつの輝くブレスでアバルキのすべてを焼き尽くしたのは亜竜だ。守ろうとした海沿いの集落も、蹂躙じゅうりんされてすべて消しずみになった」

 亜竜にも強力な個体がまれにいます。ヘクトアダーやワイバーンのように種族名がある亜竜もいますが、下位種です。強力な亜竜は一種・一個体。ドラゴンのように一体一体に固有名がつけられます。それらの中にはドラゴンと変わらない力を持つものもあり、ブレスを吐くことがあります。

 ルシアも、ある程度の事情がわかりました。

「それで、心臓だけ、か。心臓を取り出して残りの肉体がどこかにあるというわけではないんだね?」

「蒸発して大気に溶けてしもうたわ、残りの体は」

 続けざまに、ルシアは言います。手早く情報を得るために、流れるように。

「純粋ヒト種は心臓だけではほとんどなにもできない。身を守る魔力も、ほとんど発揮できない。だからアバルキがこうして心臓になったのは、父親の君が、全力で守った結果だ。それしかないだろ?」

「そうだ。ワシが魔力でブレスから心臓だけは守った」

 ここで、ルシアは指摘を入れることにします。

「普通は、純粋ヒト種の心臓は、それだけになるとすみやかに停止するものだ」

 ヒトの心臓は、生きない。ごく当たり前の事実でした。ところがデロゼ・アリハの答えは、当たり前のものではないのです。

「動いたのだよ。すぐに水袋に入れて腐らぬように持ち帰った」

「亜竜は、放置して?」

「ワシの体もナイフで裂かれた干し肉のようにされたからな。部隊の者が、ワシを運んで撤退した。ワシは水袋の中の心臓を守った」

 動いたのは事実に違いないでしょう。床に置いたボトルの中身のわずかな振動を、ルシアは感知しています。アバルキの心臓があり、動いているのが事実なのだと思えました。

「純粋ヒト種の悲しい敗北だったね。でも強い亜竜が相手じゃ、しょうがなかった。ルシアもいなかったし」

 デロゼは反論しませんでした。今の話を聞いてもアバルキを守ることができたと考えているのなら、それだけの能力と手段を持ち合わせているのでしょう。

 ――つまり、自分は亜竜と互角以上に強いと、言っていることになる。この錬金術師は。


 ルシアにも、今やアバルキが心臓だけになった理由がわかりました。

 そして父親が、どうしても息子の命が消えることだけは防ぎたかったことも。即死をまぬがれた自分の命に最低限の魔力だけを使った。そして残った魔力のすべてを息子の心臓を守るために使った。親子の情の強さをルシアは感じています。

 アバルキの心臓を調べる前に、ルシアは解説をしておこうと考えました。

 デロゼ・アリハに、なにが必要かを理解してもらわなくてはなりません。

 少しずれたところから、話し始めます。

「この世界はね、融合フュージョンは起こりやすい。その反面、分離スプリットに難があるんだ」

 デロゼ・アリハは言葉を返しません。

 なぜなら、彼は「この世界は」などと考えたことがなかったからです。融合も分離も、自分の生まれた世界で起こることなら起こるのが当たり前。起こらないことは起こらないだけ。ルシアと違って地球というもうひとつの世界を知らないなら、当たり前のことです。

「生命について、分離のむずかしさは顕著けんちょだ。よほど強い生命力がある植物でなければ無性生殖の例がない」

 デロゼは言葉をはさみます。

「動物は……どうなのだ」

「動物も受精卵が割れて生まれる双子というのは、まずめったにない。分割に、弱い」

 すぐにルシアはべつの側面の解説をします。

「逆に、融合には強い。亜竜なんていのはドラゴンにほかの生き物の特徴が混じったような生き物だよね。ほかの世界ではそうかんたんに二つの生き物が融合して一つの生き物になったりはしないのに」

 デロゼ・アリハはうなずきます。ほかの世界については知りませんが、それ以外の内容は間違っていないとわかったのです。

「ドラゴンと亜竜は生きる。心臓だけを取り出しても死ぬことはない。あれらの生命力が強いから、分離して生きることが可能だけれど……」

 言いたいことはデロゼにもわかります。ヒトは、そうはいかないということなのでしょう。

「ヒトの心臓。命と魂の核。体と分離した時点で、ふつうは死にいたる」

 デロゼ・アリハは言いたいことを理解します。必ずその疑いを受けると事前にわかっていました。

 ――アバルキは死んでいると、疑っているのだな。

 まさにそのとおりでした。

 一言だけ、デロゼは息子についてかばっておきたく思っています。

「アバルキの心臓は、ワシと同様に強かった。ドラゴンと同等などとは言わぬ。が、心臓それ自体の、お主の言う生命力の強さというものが、備わっていたのだ」

 ルシアは言います。

「ベルサーム人の祖先に混じっているエルフの血のおかげで、と言いたいのかな? 今は姿を消したエルフだけれど、純粋ヒト種との間に交わりがあり、ベルサームの人間はエルフの血を引いていると言われているね」

「そのためだ、などと主張しようとは思わん」

「ふむ。けれど、君はその可能性を考えているはず。エルフもまた、もしかしたら心臓だけになっても生きる種族だったかもしれない。なにせ、寿命がない、永遠に生きることが可能な種族とされているからね。その血が濃く現れたのがアバルキなのだと、信じたかったはずだ」

 デロゼ・アリハは答えませんでした。ルシアは立ち上がります。

 デスクを離れて、ロングスカートとエプロンのすそを揺らして歩きます。金属のボトルのほうへ。


「では、先ほど言ったとおりだ。念のため、コッコーシで少し実験と検査をしてもいいかな? 一分以内でむ。これなしでは話が進まない」

 ルシアはボトルのまえにかがみます。外から感知できることがあると考えているようです。

 デロゼ・アリハは許可します。

「依頼を受けたあとで必ず必要になることだ。屈辱くつじょくの姿を見られたいはずもないが、お主にだけは、息子も許すだろう。やってくれ」

 下着姿や裸体より、心臓だけになった姿を見られることを屈辱に思う。

 それがベルサームの古い体質の男なのでした。

 ――私の国でも、もしかしたらほんの少し前は、おじいの時代あたりには、そうだったかもしれないな。

 ルシアは少しだけ、過去の日本に思いをせました。


 ルシアが声に出して魔法道具に命令しました。

「やらせてもらう。コッコーシ、遮断壁しゃだんへき

 魔法と同じように声は必要ではないのですが、これはデロゼ・アリハへの説明を兼ねているのでしょう。今、錬金術師がなにをしているのか、声に出して伝達すれば察せられるのですから。

 天井から、無数の金属のパイプが列を成して下りてきました。ルシアの手首ほどの銀色の円筒。これが隙間なく壁を形成するように、天井から床に順に落下します。

 ガガガガガガと、楽器の鍵盤けんばんを端からなぞって鳴らしたみたいに音が横に移動していきます。あっと言う前にデロゼ・アリハとルシアのあいだに銀色に輝く壁ができました。金属パイプを縦に連ねた壁です。

 心臓の入った金属のボトルは、ルシアの側にあります。

 息子の心臓と分断されたデロゼ・アリハは、動きません。腰を椅子から浮かすこともなく、表情にもまったく変化がありませんでした。


 銀色パイプ壁の向こうから、デロゼに声が届きます。

「床に伝わる振動を検知している。そのまま、動かずに、あと十数秒でいい……いや、もういい。これ以上はやめよう。コッコーシ、戻れ」

 壁が、形成されたときの逆回しで動き、部屋はもとに戻りました。

 一分以内とルシアが言った通りでした。いやその半分ほどの時間だけで実験は終わりました。

 デロゼには嫌な予感が心にわきあがってきています。悪い結果がわかったから、早く切り上げた。そのようにも感じられる言葉だったのです。


 実験の結果は、まもなくルシアの口から語られることでしょう。

 デロゼは銀色のパイプについて、気づいたことを言うことにします。

「ルヴ金属でできた無数の金属のパイプ。いや、単純にパイプではない。あれは……手であり腕でもあり……触手といったところか」

 彼も観察していました。

 自分に向けた攻撃手段のひとつが、あのコッコーシという金属触手であることもわかりました。

 ルシアは解説します。

「そのとおり。コッコーシは魔力を遮断するルヴ金属でできた触手。教えてあげる。これをベルサームと技術交換した。ゴーレムの性能を上げる役に立たせたいと言われたね」

 すぐに思い当たるものがありました。あの二十メートル級の人型マシン。そこでよく似た機構を見たのです。

「リトリムの触手。あれの元は錬金術師の技術か。どうりでにわか仕込みにしては洗練された仕組みであった」

 実戦で使用されたリトリムの触手の優秀さを、デロゼ・アリハは聞かされ、映像記録で見せられていたのでした。同時に、その触手を活用してなお、それを打ち破ったポンコツロボというあなどれないマシンのことも、伝えられたのです。そのおかげで、イェットガではポンコツロボを避けて行動して、無事に目的をげることができました。

 ルシアはベルサームとの取引を話します。

「交換で私が得たものはドラゴン・ゲルドゥングルの生きた体組織。いえ、もうあれはドラゴンではなく亜竜となった。自ら亜竜へとちたのだから」

 ルシアはすらすらと亜竜ゲルドゥングルの名前を言いました。

 デロゼ・アリハの表情にわずかに表れた痛みと暗いうらみの感情に、ルシアは反応しませんでした。そして、続けます。

「光をあやつる魔法をびた皮膚ひふで、私は、コウガ・メサイアープという擬態のローブを作ったんだ。野生動物さえだまし通す、完全な擬態のできる魔法道具。ベルサームは十分に見返りをくれた。だから、アバルキがベルサームから来たと聞いて、お茶を入れてあげたものだよ」

 ルシアは腰をかがめて、足元のボトルを抱き上げました。

「デロゼ・アリハ、あなたと同じに、短い時間で彼はいくつもの私の質問の意図を考えて、答えた。そして自分の好奇心にしたがってたくさんの質問をした」

 歩いて、デロゼ・アリハに近づきます。念動魔法は使いませんでした。

「何日か逗留とうりゅうを勧めたの。彼は大喜びで屋敷を探検する何日間かを過ごした。そうそう、ほんとうに下着姿でもすっぱだかでも恥ずかしくないみたいで、こっちが目のやりどころに困ったものだった! 親がそう育てたのなら、もう、しょうがないけどね!」

 差し出されたボトルを、その心臓を、父親は受け取ります。

 アバルキの心臓は、ボトルの中できわめて遅いテンポで、動いているのがわかりました。デロゼはもとの位置、自分の腰にしっかりとボトルを固定します。

「屋敷の中だから油断しているんだとばかり思ったけど、屋外でもそんなのだったなんて、想像力不足だった。ベルサームについては知識不足を悔やむところ」

 そんな軽口をききながら、重苦しい空気に自分のペースでくだけた風を勝手に吹きこむルシア。あえてかるがるしく、言いながら、くるっと後ろを向いて歩きます。

 ルシアはデスクに戻りました。

 ただし、今度は椅子ではなく、デスクによいしょと腰を乗せました。行儀ぎょうぎの悪い姿勢です。

「アバルキも、まさにこのデスクに腰かけたね。まったく、なんだい、あいつ。屋敷の主のデスクに、しりを乗せるやつがある? でも過去にそんなヤツいなかったからね。注意を与えたりしなかった。言われないと気づかないらしくて、最後までここに座って話しかけてきてた」

 思い出話を、少し続けました。

 そして、告げます。痛ましい事実を。


「さて、結果は出たよ」


 おちゃらけた言葉は、引っ込んでいます。

 ただひとつの事実が彼女の実験の結果でした。


「アバルキは……もう死んでいる。その心臓を動かしているのは……君の魔力だよ、デロゼ・アリハ」

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