第12話
「お、お邪魔します」
「どうぞぉ、入って入って」
スリッパを用意してから手招きすることりさんに連れられてリビングに通された。
「いらっしゃい、ゆっくりしていってね」
「あらあなたが朝陽ちゃん? ずいぶん可愛らしい子ね、気を遣わなくていいから自分のお家だと思ってちょうだい、私は
ことりさんの両親が挨拶してくれた。
とても優しそうな人たちだ。
「お邪魔します、…あのことりさんには普段から良くしていただいていて、今日は申し訳ないのですがお風呂をお借りさせて頂きます」
「あ、あとこれつまらない物ですがよければどうぞ」
「いいって言ったのにねぇ、どうしてもって聞かなくてさ、ケーキ買ってきてくれたの」
「あら高校生なのにしっかりしてるのね、でも少し気を遣いすぎよ? わざわざ丁寧にありがとう」
「いえ、ご迷惑をおかけします」
「じゃあお風呂場に案内するねぇ」
「ありがとうございます」
脱衣所に案内してもらい、ここへ来る途中で買った新しい下着とワンピースを用意してお風呂に入る。
あまり長湯しても迷惑になると思った私は体の汚れを落とすと、お湯に浸かることもなくすぐにお風呂を出てリビングへ戻った。
そこで見た光景は私が求めてやまないもので、胸中を複雑な思いが駆け巡る。
キッチンでは笑いながらなにか言い合うことりさんと鈴愛さんが一緒に料理しており、それをお父さんが楽しげに眺めている。
絵に描いたような幸せな家庭の空間にあって、私一人がひどく場違いな気がした。
「お風呂ありがとうございました、遅くなるとご迷惑になると思いますので、私は失礼します。また後日ことりさんに改めてお礼の品をお持ちします、今日は本当にありがとうございました」
ここに居ては行けない気がした私は、それだけ告げてリビングを出ようとした。
ことりさんが走り寄ってきて、出ていこうとする私の手を取り、行かせまいと力を込めてくる。
「何言ってるの朝陽ちゃん、いま朝陽ちゃんの分の晩ご飯も用意してるんだからね、食べてってくれないと余って捨てることになっちゃうよぉ」
「食べていきなさい」
有無を言わせぬ言葉だが、とても優しそうな口調でお父さんがそう言った。
「そうだことり、朝陽ちゃんが買ってきてくれたケーキを先に二人で頂いちゃいなさいよ」
「でも朝陽ちゃん三つしか買ってないよ」
「そんなことだろうと思ったわ、ことりお金渡すから朝陽ちゃんのケーキ買ってきなさい、それとお父さんは先にお風呂済ませて来てちょうだい」
「はーい」
「そうだね、先にお風呂入ってくるよ」
「あ、あの」
「朝陽ちゃん、あなたは私のお手伝いね」
「はい」
にっこりと笑う鈴愛さんに圧を感じて大きな声で返事する。
鈴愛さんは満足そうに笑みを深めて手招きしていた。
鈴愛さんと二人っきりになったキッチンに立つ。
「私なにをお手伝いすればいいですか?」
「そうね、じゃあ私のお話相手になってくれる?」
「もちろんですけどそれだけでいいんですか?」
「えぇ十分よ」
「ありがとうございます」
「ふふ。私もう一人娘が欲しかったのよ、朝陽ちゃんが来てくれて嬉しいわ」
「そう言って頂けると助かります」
「それに今日の朝帰ってきたことりがいつもより楽しそうだったの」
「楽しそうですか?」
「もう四年も経つのね、龍児くんのこと…聞いたのでしょ?」
「もしかしてお兄さんですか?」
「お兄さん? あの子ちゃんと話してなさそうね、本人が言わなかったのなら私から話す事でもないわね」
「ことりさんに直接聞いてみます」
「ありがとう、そうしてあげてくれる? とにかく四年前のあの日以降どこか塞ぎ込んたところのあったことりが今朝からは以前のように笑うようになったのよ。吹っ切れたっていうのかしら」
「塞ぎ込んでた…ですか? ことりさんが?」
「他の人にはわからないと思うわ、あの子明るく振る舞ってるものね。でも私にはわかるの、これでも母親だから」
「そうだったんですね、でもどうしてそのお話を私に?」
「感謝してるの、きっと朝陽ちゃんが理由を作ってくれたんだと思うから、だからありがとう」
「そんな、私の方こそ色々お世話になってて、ことりさんには何も返せてないんです」
「あの子と関わっててくれるだけでいいのよ、それにことりもあなたも私から言わせればまだまだ子どもよ、大人に気を使わなくていいわ、せめてこの家にいる間は気を使わずにゆっくり羽根を伸ばしてね」
「ありがとうございます」
「どういたしまして。 ことりは反抗期がなかったからね、子どもはちょっとくらいやんちゃな方が可愛いわよ。 もちろんことりが可愛くないってわけじゃないわよ? ことりからも何か聞かされてるわけじゃないから詳しいことはわからないけれど、朝陽ちゃんは今悩んでることがたくさんあるのよね? 私も高校生くらいの頃は沢山の悩みがあったからよくわかるの」
「そうですね、色々なことがあって…それで……」
「無理に話さなくてもいいわよ、ことりが朝陽ちゃんの中で少しでも頼りになる存在であるなら、あの子を頼ってあげてほしいの、それがあの子にとっても救いになると思うから」
「わかりました、ほんとうにありがとうございます」
「いえいえ、そろそろことりも帰ってくるころだと思うから椅子に座って待っててくれる? ご飯ももうできそうよ」
「ただいまぁ」
「ほらね?」
いたずらが成功したみたいに優しく笑いながらウィンクする。
そんな仕草の端々にことりさんを感じるような気がした。
こんな素敵な家族に囲まれて育ったからことりさんは素敵な人なのだろう。
それに詳しいことは分からないけど、ことりさんは辛い過去を引き摺ることなく明るく、周りを常に気に掛ける優しさも持っている。
対する私は、けして温かみのある家庭で育っているとは思えなかった。
周りに当たり散らすだけのわがままな子ども。
私には何もない。
そう思うと、先ほど受け取った優しさで温かくなった心が冷めていくような気がした。
「ケーキ買ってきたよぉ、朝陽ちゃんの分と私の分とで二つ」
「ことりのは朝陽ちゃんが買ってきてくれてたでしょ」
「二つくらい食べたってどうってことないよぉ」
「そういう問題じゃないでしょ」
「うるさいなぁ、朝陽ちゃんお母さんがいじめてくる」
「あとで一緒に食べたいです、ことりさん痩せてるし二つくらい食べても大丈夫だと思いますよ」
そう言って曖昧に笑った。
今は何も持たない私だけど、いつかこの人たちのような温かさを持った人間になれるだろうか。
なれたらいいな。
そう思ったとき、ことりさんと鈴愛さんの優しさが胸で弾けた気がした。
違うよね。
そうなりたいんだったら、ならなきゃいけないんだ。
この人たちがくれた熱を冷ましている場合じゃない。
使われていない暖炉に落とされた火種が消えそうなら薪を焚べればいいだけだ。
なにも返せていないんだ、この人たちに。
ちゃんと強くなって恩返ししよう。
少しずつ変わっていこう。
少しずつぶつかってみよう。
疲れたらことりさんに甘やかして貰えばいい。
ことりさんならきっと許してくれるに違いないんだ、甘えてしまおう。
冷めそうになった心には熱い闘志が宿っていた。
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