第3話 英雄を真剣にやってる奴がいるってマジ?

 彼女についての話をするためにまず、ダンジョンヒーローズという探索者の集団について語ろうと思う。


 その集団は、今の日本が比較的安定している要因の最たるものであり、そしておそらく世界で最初にできた民間の探索者団体クランだ。


 ダンジョンというものが存在してから今に至るまで、世界で最も多くのダンジョン攻略に貢献し、第一次ダンジョン侵攻において日本の被害を最小限に抑えた、正しく英雄達。メンバーは11人と比較的小規模のクランではあるものの、その全員が一騎当千の探索者であると言われており、探索者=ダンジョンヒーローズと認識されるぐらいには象徴的な集団となっている。


 ダンジョンヒーローズに関してのヤバさが分かる逸話は無限といってもいいほどにあるが、一つ、分かりやすい話がある。


 探索者には探索者ランキングというものが存在する。公的に認められた世界中の探索者がそのランキングに登録されており、『ワールドランキング』として世界中に公表されている。が、しかし、世界で唯一日本だけは独自のランキング、『アナザーランキング』として別枠の扱いがなされている。


 なぜか。

 日本の探索者は他国に比べて圧倒的に強すぎるのだ。


 もし、アナザーランキングをそのままワールドランキングに組み込んでしまえば、世界上位100名の内少なくとも半分は日本人で埋まってしまう。それでは他国の示しがつかない。下手をすれば、他国の探索者たちのモチベーションの低下につながりかねないという理由があり、『アナザーランキング』ができたというわけだ。


 言ってしまえば、隔離のような扱いを受けているわけなのだが、それもこれもダンジョンヒーローズがノウハウとマジックアイテム等を惜しげなく放出し、探索者達の育成を行ったのが原因なわけで。


実績を考えるとアニメから実際に出てきたようなヒーロー達のようだが、嘘のような本当の話である。


 そして今、一般探索者ではまず関わりになることもない、天上人であるダンジョンヒーローズの内の一人、『鮮烈』のダンジョンヒーロー神奈日南が、なぜか俺の目の前にいる。

 

 というかめっちゃ睨まれている。

 なんでだよ。おかしいだろ。


 こちらの心情からすればアイエエエ!?!?ナンデ!?ナンデ日南!?って感じなんだけど。


 いやまあ、睨まれる心当たりがないかと言われれば、めちゃくちゃ心当たりがあるのでおかしいことではないのだが、少なくとも今日は何もやっていない。


「……なんで天下のダンジョンヒーロー様がこんなとこに来ているんだ」

「それはこっちのセリフでしょ。『不屈』のダンジョンヒーローさん」


 その言葉を聞いて、自分の表情が苦々しいものへと変わったことが自分でもよく分かる。


「……勘弁してくれ。俺はお前達とは違ってただの1ゲームプレイヤーで、今はそこら辺にいる普通の大学生だよ」

「あんたまだッ――はあ……そうね。あんたがそうやって言うのなら私達にはそれを尊重することしかできない」


 というか、お互い本名知ってるのに、現実で会ってるのにゲーム内の名前で呼ぶんじゃないよ。

 いつも簡単に投げ捨てられるネチケットさんの気持ちを考えたことあるのか。


「大体、日南も含めてお前らが凄いだけで、普通の人なら俺と同じ選択するでしょ」


 だって俺達はダンジョンが現れるまでは、全員ただのゲーム好きが集まっただけの集団だった。厨二臭い二つ名を名乗って、「ダンジョンヒーローズ」なんてくっそダサい名前のクランを作って。


 ――そして、本当に世界にダンジョンが現れて、ゲームの中と同じ力を持ってしまっただけの一般人だ。


 そのはず、だったのに。

 身の回りすら守りきることの出来なかった俺とは違って、あいつらはその力を十全に振るい様々な人を救い、育て、この状況まで持ち直した。

 だから、ダンジョンヒーローは、『鮮烈』『自由』『信念』『博愛』『神秘』『追憶』『生命』『誓約』『希望』『公正』『真実』の11人だけなんだ。


 不屈はとっくに諦めている。


「本当に、不屈なんて似合わな過ぎて笑っちまう」

「それは違う。誰が何と言おうと、あんたがあんたである限り、『不屈』はあんた以外足りえない」

 

 日南の俺へ向ける目線が鋭いものへと変化した。


 余計な事を言ったな。流石に、このままウジウジとしていたら、こいつに殴られそうな気がするし、ネガティブに悩んでるのは俺のキャラでもないので深呼吸をして心を落ち着ける。


「悪い」

「ふん、別にいいわ」


 ……気まずい。なんか話を変える為の話題ないかな。


「あー……なんでわざわざ鈴鹿まで来たんだ。日南の活動範囲は関東だったろ」

「へぇ、知ってるんだ」


 気まずさを誤魔化すために話題を振ると、日南は意外そうな表情をする。


「そりゃ、知り合いが探索者として活躍していたらそれなり以上には気になるものだろ」

「ふーん。そ。……ああ、それでここにきている理由だったわね。」


 日南は少しだけ視線を彷徨わせた後、これはまだ未公開の情報だけど、と前置いた上で話し始めた。


「最近、未踏破のダンジョンがこのあたりに新たに確認されたの。今のところ名前も未定、階層数も特性も不明だけど、入口で既に五人、死傷者が出てる」

「……またか。最近、開くスパンが短すぎるだろ。あと45年、本当に持つのか」

「分からない。でも杜若かきつばたはまだ大丈夫って言ってる。……それと、もう一つ」


 日南が言葉を切る。その表情には、明らかな躊躇が浮かんでいた。


「もう一つ?」

「そのダンジョンの周辺で、「彼女」らしき存在が目撃されたのよ」


 誰のことだろうか。俺には心当たりがなく、「彼女?」とオウム返しをしてしまう。

 

 だが、その俺の様子を見た神奈は目を見開いて、信じられないものを見るような目で俺を見た後、諦めるように目を伏せ、吐き捨てるように呟いた。


「――やっぱり、覚えてないのね」

「何の話だよ」

「何の、って、本気で、言って、るんでしょうね。あんたが、あんなに……!」


 神奈の声が震えた。そこには怒りとも、哀しみともつかない感情がこもっているように見える。


「悪いけど、本当に分からないんだ。「彼女」って誰のことを言ってる?」


 俺がそう返すと、神奈はしばらく黙りこくり――そして、鋭い目で俺を睨み返してきた。

 

「……あんたには過去に契約していた悪魔がいたのよ。そして私たちはその彼女に救われたおかげでここにいることができている。もちろんあんただってそう」


 そう言われ過去の記憶を掘り起こそうとも、全く思い出すことは出来ない。 だが彼女の様子からしてこれは事実なのだろう。神奈にわざわざそんな嘘で俺のことを騙す理由もないし。それに、正直自分の中で引っかかる部分もある。


 俺の所有する能力のうちの一つである【悪魔との取引ブラックジョーク】。


 この能力の効果はありとあらゆる悪魔と、双方合意の下であれば能力の所有者の実力に関係なく、対等な立場での契約をすることができるという能力だ。そもそも、悪魔とは何ぞやという話ではあるが、悪魔とは契約者が代償を支払うことで悪魔の格に応じた望みを叶えるという力をもった、魔力で構成された魔力生命体だ。


 しかし、悪魔の格が高ければ高いほどに契約者と悪魔のパワーバランスが悪魔優位に寄る上、高位の悪魔との契約には契約者側にも一定以上の実力を要求される。それこそ最上位の悪魔と契約をすれば基本的にできないことなどないと言っても過言ではないぐらいの望みを叶えることができるが、それを実現するための難易度を考えると現実的にほとんど不可能であると言える。


 そういった問題のほとんどを解決できてしまうのが【悪魔との取引ブラックジョーク】だ。悪魔側の合意を得ないといけないということがネックにはなってくるものの、かなり強力な力であると言える。だというのに、俺は悪魔の一柱とも契約をしていないし、今までそれを何故か当然だと思いこんでいた。使わなければ宝の持ち腐れになってしまうのに。


「噂では彼女はふっと現れては消えるらしい。見た目は私たちが知っている見た目と変わらない金髪に黒ドレスの少女よ。あんた、このダンジョンで見たりした?」

「いや、

 

 そんな少女とダンジョンで出会っていたら流石に覚えているだろうが、今のところそんな少女なんてので、大丈夫だろう。


「そ、じゃあ見つかったら連絡してよね。……あ、あと一度くらいうちのクランハウスにも顔出しなさいよ」


 日南はそう言い残すと、手を軽くひらひらと振ってあっさり去っていく。


 ……正直会えばもう少し罵倒されるものだと思っていただけに、少し拍子抜けに感じる。


 ああでもそういえば、神奈は気が強そうでいてヒーローズのメンバーの中で1,2を争うほどの常識人で他人を気遣える人間だったな。深く事情に踏み込んでこなかったのも彼女なりの気遣いなのだろう。


 不器用で優しい性格に心の中で感謝しつつも、こっちを振り向かず手を振る彼女の姿を見送りながら、「かっこつけてるけど俺も帰る方向一緒なんだよなあ……」と言い出せなかった俺は少しだけ気まずい気持ちを誤魔化すために、ため息を一つ吐いた。

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