第26話 嵐

 

 お昼は中庭で食べることにした。


 沢山出ている屋台をひやかして、テーブルを確保する。やきそばのソースの焦げるにおいを嗅いだ時、きゅうにあかりのことを思い出した。

 あいつ飯食ったのかな、と心配になる。

 しかし、ここで抜けてまた佐々山さんに何か言われるのが嫌だった。迷っているうちに、野外ステージが騒がしくなった。


 先生のモノマネ大会が始まったのだ。


 高橋が飛び入りで参加すると言い出し、ステージに駆けてった。やつは木田先生の真似をしてそこそこ笑いをとっていた。

 和泉さんたちもステージを見て身をよじらせて笑っている。

 

 その時だった。


 中庭を通る渡り廊下を、ニシ君が歩いていた。その後ろに、小さな影がついている。


 あかりだった。

 ぼくの幼馴染、あかりだ。

 

 間違えない。ぼくがあいつを見間違えるはずがない。混乱する。

 たまたまニシ君の後ろにあかりがいただけかもしれない。

 あかりの前をニシ君が歩いてただけかもしれない。

 けれど、ぼくの頭の奥の方から違う違う、とその考えを打ち消す声が聞こえる。

 

 わかっているだろ?もう一度、ニシ君はあかりを誘ったんだ。

 そしてあかりはそれを受け入れた。

 

 受け入れたんだ。

 

 ぼくの考えを裏付けるように、ニシ君があかりのほうを振り返って何か言った。あかりが答えたのかどうかはここからはよくわからなかった。

 ぼくが目をそらせたからだ。

 一瞬が、まるで何時間かの映画のようだった。今見た光景がリピートする。

 頭が真っ白になる。ただ疑問符だけがぐるぐると回っていた。


 ふたたび渡り廊下に目をやると人ごみに紛れて、すでに二人の姿は見えなかった。




「森中くん食べないの?」

 小首を傾げて、和泉さんがぼくを覗き込んだ。はっとした。

 曖昧に笑顔をつくって、目の前にあったホットドックを手に取る。押し込むと、乾いたパンで口の中が一杯になって思わずむせかえる。慌てて和泉さんがジュースを渡してくれた。

「だいじょうぶ?」

「だい、じょぶ」

 格好悪い。

 咳を無理に我慢したら、息が出来なくて苦しかった。和泉さんが心配顔で見詰めた。

 佐々山さんは高橋のモノマネについて辛口コメントをぶつけていた。和泉さんがポテトを一本くわえている。ステージではミスコンが始まったらしく、男達の歓声がうるさい。

 全ての景色が急にモノクロのように見えた。 

 ふいにふいた強い風が木々を揺らし、ホットドックを包んでいた紙を吹き飛ばした。

「風、出てきたねえ。なかにもどろっか。クラスの様子も心配だし」

 和泉さんが乱れた髪をおさえながら言った。

  



 きゃあ、と言う声が廊下まで響いている。

 並んでいる他校の制服を着た女子たちが、「こわいのかなあ」「大したことないでしょ」と笑いあっている。

 お化け屋敷は今日も盛況だった。

 ゾンビマスクはどこにもいなかった。あかりもいなかった。

「わー、いっぱい入ってるねえ」

 和泉さんがうれしそうに言った。

 わーいわーいと高橋もうれしそうに跳ねながら、並んだ女の子に近づき「どこの学校?」とナンパしはじめた。佐々山さんは受付の女子に呼ばれて手伝いに駆け寄り、「高橋!あんたも手伝いなさい!」と一喝した。


 ぼくは一年C組を離れた。少し一人になりたかった。

 さっきの光景は何だったのだろう。

 あれがぼくにとってどういう意味があるのだろうか。

 一人になると、頭が勝手にぐるぐると思考を急回転させてぼくをふたたび混乱に陥らせる。 みぞおちの辺りが苦しい。息がしにくい。これは一体なんだ。この感情の津波は。

 動揺している自分に動揺する。


 あかりがニシくんと歩いていた。


 ただそれだけのことに、どうしてこんなに気持ちが昂ぶっているんだろう。

 ぼくは闇雲に校内を歩き続ける。

 窓から夕焼けが差し込んでいる。人もまばらになってきた。一般の客は帰る時間になったようだ。他校の制服はほとんどいなくなった。D組の生徒達が三本締めをしてる。

 よかったね。楽しそうだね。

 ぼくは冷めた目をして通り過ぎる。


 あかりは今どこにいるんだ。

 知らず知らずぼくはあかりを探していた。


 ぼくはいつのまにか中庭にいた。露店はほとんど閉まっていてあまり人がいない。木々の間を縫うようにして歩く。渡り廊下を見るとみぞおちの痛みが増してきた。

 日が暮れて校舎に灯りがともる頃、校内にアナウンスが響き渡った。

「後夜祭のキャンプファイヤーとダンスがはじまります。在校生のみなさまは校庭にお集まりください。くりかえします」

 昇降口から人が吐き出される。ぼくはその流れに逆らって学校のなかに戻る。

 階段をあがり、あがり、あがり続けて、屋上に続く階段の踊り場で、息が切れたぼくは彼女に出会った。

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