第20話 明け方には哀しい夢をみる
酔っ払いが外を通る声が聞こえた。
一時。
時計を見て愕然とする。もうこんな時間か。 焦りが背中をつたう。
文化祭まであと二日の夜。
ぼくは自分の部屋で緑の画用紙を葉っぱの形に切り抜くという地味な作業をちまちましていた。あかりはベッドに寝転んだまま本を読んでいた。
「あかりも手伝ってよ。設営だろ」
ぼくが言うとのろのろとこっちを向く。ぷーと頬をふくらませている。
あかりはぽいっと本をほおりなげて、テーブルの画用紙を一枚とる。ちょきちょきと鋏を使いはじめた。やれやれ。
しばらくして、あかりは嬉しそうに言った。
「ねーねー見てー。かえる」
手に持っているのはかえるの形に切り抜かれた画用紙だった。なかなか上手い。
「って、ちがうだろ」
ぼくが冷静につっこむと、
「だって、あたしが設営希望したんじゃないもん」
はさみを人差し指でくるくる回してあかりは口を尖らせた。
じゃあ何なら良かったんだよ。こいつむかつくな。
ぼくはイラっとした。しかしそれは態度に出さない。
「文化祭ってさ、何だろね、あれ。どうしてみんなのテンションがあがっているのかわかんない。G組なんて空き缶で巨大な自由の女神をつくるとかいってさあ、意味不明だよ。どうして自由の女神?なんで空き缶?理解できない。文化祭終わったらどうするんだろ。まあ、どうでもいいけど」
ぼくは黙ってノルマを淡々とこなしていく。 サツマイモのような端のとがった楕円形に、画用紙をひたすら切っていく。緑、きみどり、ふかみどり。チョキチョキ。
そんなぼくをつまんなそうに見て
「貸して」
あかりは手をのばした。ぼくは一枚渡すと
「葉っぱの形ね」
と、自分の切ったいびつな葉っぱをひらひらとあかりの顔の前で振った。
イーとあかりは変な顔をしてみせた。
全ての画用紙が葉っぱになったのは、二時過ぎだった。紙くずを集めてゴミ箱に捨てる。
あかりはベッドで寝息をたてていた。
はさみを持ったままだったので、そっと手から離す。布団をかけてやると、あくびが出た。
さすがに同じ布団にくるまるのは気がひけて、掛け布団の上にそのまま横になる。あかりに背を向けて目を閉じる。
明け方までの短い眠りで夢を見た。
今はいない、美しい人の夢。
長い、長い黒髪。飽くまでも白い肌。化粧を殆ど施していないのに、薄っすらと赤く染まる頬に紅を入れたような唇を持ち、大きな瞳に長い睫を落としてまるで彼女はジュモのビスクドールのようだ。
夕方の公園だった。
風に揺れる髪をかき上げながら、小さなぼくとあかりに何か言っている。まるで昔の映画を見ているようだった。
五歳くらいのあかりが泣いている。すりむいた膝小僧から血が流れていた。
いたいのいたいの、とんでいけ。
魔法の言葉。
涙を浮かべたまま、あかりがエヘヘ、と笑顔になる。
彼女はあかりをいとおしそうに、優しく抱きしめた。ぼくは羨ましさと切なさで胸が一杯になる。
自分のくしゃみで目がさめた。
哀しい夢だ。
夢の中の胸の痛みが、今もちくちくとぼくを苦しめる。ふうーと深く長く息を吐いた。 段々、鼓動が落ち着いてきた。
すっかり朝になっていた。
デデポッポーと鳩の鳴く声が外から聞こえてくる。
短い時間しか眠れなかった。今日は文化祭前日だ。授業もなく準備に専念することになる。 忙しい一日になるだろう。
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