第9話 夏休みがはじまる
和泉さんはあの日身内の不幸があったらしく、早退していた。
その後も数日学校を休んでいて、彼女と仲のいい佐々山さんからおばあちゃんが亡くなったのだと聞いた。
「おはよう」
休み時間に思い切って声をかけてみる。
「このたびは、えっと」
言葉につまる。
こういう時、なんて言ったらいいんだろう。 黙り込むぼくに、和泉さんは
「ご愁傷様でした、だよ」
と疲れたような顔で無理に笑顔をつくった。
ぼくは曖昧にうなづいて和泉さんの前に腰かける。
しばらくお互い無言で自分の手をじっと見つめていた。ふう、と小さく息を吐いて彼女が口を開く。
「おばあちゃん子だったんだ。わたし」
ぽつりとつぶやくと目を潤ませた。
不謹慎だけど、彼女の泣き顔は胸が痛いくらいきれいだとぼくは思っていた。
こんなにきれいな泣き顔を見たのは人生二度目だ。
「おばあちゃんも、君のことすごく大事にしてたんだろうな」
思ったことを素直に口に出したら、彼女の目から大粒の涙がぼとっとこぼれた。ぼくはあわてて謝った。
和泉さんはグズ、と鼻をすすりながらポケットからハンカチを出して顔を覆う。
あわあわしているぼくに、和泉さんはふいに顔をあげて笑顔で言った。
「ありがと」
彼女の鼻は真っ赤だった。
「おばあちゃんがね、言うの。病院のベッドでね。わたしがお見舞いに行くと。ようきたね、わるいね、って。そんなことないよってわたしが言っても、友達と遊んだりしたいでしょ、もう帰っていいよ、って。わたしずっとおばあちゃん子だったの。でも最近は顔出してなかったな、って気づいて。でも、なかなかお見舞いには行けなかったんだ。おばあちゃんが亡くなったときも学校にいたし。お葬式で、おばあちゃんの顔を久しぶりに見て、すごく、こ、後悔して。もっと、もっとお見舞いにも行けば、よ、よかったって……」
和泉さんは話しているうちにどんどん涙が溢れて、嗚咽が止まらなくなった。
うええええん、と子供のように号泣しはじめた彼女を前に呆然としていると、佐々山さんがとんできた。
佐々山さんは
「どいて」
とぼくを押しのけると和泉さんをヨシヨシと慰めはじめた。
ぼくはアホみたいに横に突っ立っていたが、佐々山さんにあっちいけのポーズをされすごすごと自分の席に退散した。
自分が泣かしたようなかたちになってしまい、机に突っ伏して落ちこむ。高橋が興味津々で近寄ってきた。
「ねねね。どしたの。お前なにしたの?」
能天気な高橋にいらついたぼくは机の下からやつにローキックをかます。
「べんけいのっ、なきどころっ……」
高橋は目に涙をうかべて痛がっているが、全然かわいくない。
「うるせ。今は半径五キロ以内に近づくな」
「なんでっ!俺がなにをした!」
ぎゃあぎゃあうるさい高橋を三十センチ定規で突き放す。八つ当たりしても気分は晴れず、悶々と残りの休み時間を消費する。
ところが授業がはじまる直前、和泉さんがぼくの席にやって来た。
「えっと。ごめんね、泣いちゃって」
「俺こそ、なんかごめん」
素直に頭を下げる。ほぼ同時に和泉さんも頭を下げた。
「お恥ずかしいところを……」
最後のほうはモゴモゴ口ごもる。
本当に恥ずかしそう。
「ま、そゆことで!」
照れ笑いをしながら和泉さんは走り去った。
ぼくの胸がいっぱいになってしまう。見たことない顔を沢山見てしまった。
ささいなきっかけだったが、その日から和泉さんと話す頻度が数倍にあがった。
彼女はぼくのノートを借りるためにではなく、ぼくと話すためにやって来るようになった。話の内容は昨日見たテレビや授業の内容など他愛のないものだったが、クルクル変わる彼女の表情を見ているだけでぼくは幸せな気持ちになった。
後ろの影を忘れられるくらいに。
けれども永遠に続くかと(ぼくには)思われた幸せな時間は、いいところで中断されてしまう。
夏休みがやってきたのだ。
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