第3話:徳川家康(1)
●長篠の残響、甲州の雪煙
時は少し遡った天正三年(1575年)の五月、設楽原に吹く風は、未だ血の匂いを運んでいた。あの日の記憶は、今も瞼の裏に焼き付いている。長篠の戦い。信長公の鉄砲隊と、我が軍の精鋭が、武田が誇る天下無双の騎馬隊を打ち砕いた。
勝頼のあの傲慢な顔が、苦渋に歪む様を見た時、私は胸の奥底で、一抹の安堵と共に、ある種の寂寥感を感じたものだ。あれほどまでに猛威を振るった甲斐の虎、武田信玄の子。その勝頼が、まさかここまで追い詰められるとは。馬防柵の向こう、次々と斃れていく赤備えの兵たち。彼らの叫び声、馬のいななき、そして槍と刀が交錯する音は、私の耳に深く刻み込まれている。
この戦いは、それまでの"戦"への取り組み方を一掃して、新たに戦術や対応を迫られる形になってしまった。
徳川家康、それが私の名だ。三河の僻地から身を起こし、これまで苦難の道を歩んできた。信長公との同盟なくして、今日の我はなかっただろう。その信長公が、長年の宿敵たる武田を討つべく、ついに重い腰を上げたのだ。長篠での勝利は、武田の牙を砕いた。しかし、その根はまだ深く、完全に絶たれたわけではない。信長公の目は、常にその先を見据えている。
●焦燥の春、信長公の号令
天正十年(1582年)の早春、寒さがまだ肌を刺す頃、信長公からの厳命が届いた。武田征伐の総仕上げ。かつてない規模の軍勢が、信長公の号令の下、甲斐へと進発する。
私(家康)は、信長公の嫡男である若き織田信忠殿、そして、近年その辣腕を振るい、信長公の信頼厚い明智光秀殿と共に、この大軍の一翼を担うこととなった。信忠殿の陣には、信長公直属の精鋭が控えている。そして、光秀殿は、その知謀で知られる。彼らと共に、武田の息の根を止める。それが、我らの使命であった。
雪解けの進む山道は、足元が悪く、行軍は困難を極めた。凍えるような寒さの中でも、兵たちは黙々と進む。彼らの顔には、戦勝への確信が満ちていた。長篠以来の鬱憤を晴らすべく、皆が武田を滅ぼすことに燃えている。
私自身の胸中もまた、複雑な思いが交錯していた。武田とは、長きにわたり死闘を繰り広げてきた。信玄の時代には、幾度となく苦杯を舐めさせられた。三方ヶ原の戦いでは、死を覚悟したほどだ。その宿敵が、今、まさに滅びようとしている。感慨深いものがあった。
●新府城、燃え盛る炎
我らが目指すは、勝頼が築いたばかりの新府城。韮崎の地にそびえ立つその城は、難攻不落と謳われ、武田の最後の砦となるはずであった。この城を落とせば、武田の息の根は完全に止まる。そう信じていた。
三月七日、新府城を目前にした我々を待っていたのは、信じがたい光景であった。城門は固く閉じられ、城内からはもうもうと黒煙が上がっている。まるで巨大な龍が、その口から炎を吐き出しているかのようだ。
「申し上げます! 城は、既に焼け落ちております!」
斥候からの報告に、信忠殿は悔の顔を歪ませた。若き彼は、この初陣で武功をやな立てんと意気込んでいたに違いない。光秀殿もまた、口元に手を当てて深く思案している。その表情には、警戒と、わずかな焦燥が滲んでいた。
「勝頼は、我らが到着する前に、自ら城に火を放ち、既に脱出していたのだ…!」
私は思わず呻いた。新府城に籠もって徹底抗戦するか、あるいは打って出るか。どちらの選択肢も、我々にとって都合の良いものであったはずだ。だが、まさか城を焼き払い、姿をくらますとは。
「どこへ逃げたのか。あるいは、何をするつもりか…」
信忠殿が呟く。その言葉に、私は深く同意した。勝頼は、長篠の敗戦から立ち直り、未だ抗戦の意志を失ってはいない。彼の奇策はそ、常に我々を翻弄してきた。再び警戒心を高めざるを得なかった。焦りは禁物だ。この乱世を生き抜いてきた経験が、私にそう囁いていた。
すぐに追撃の手を緩めてはならぬ。私は全軍に命じ、勝頼の行方を徹底的に探させた。村々に兵を放ち、道を封鎖し、あらゆる情報を集めさせた。やがて、わずかながら、彼の足跡を追うことができた。勝頼は、小山田信茂を頼って岩殿城を目指したという。小山田信茂は、武田の譜代の家臣。岩殿城は、甲斐と武蔵の国境に位置する要衝だ。もし、彼らがそこに立てこもれば、再び長期戦となる可能性もある。
しかし、その望みも、すぐに絶たれた。
「申し上げます! 小山田信茂、勝頼を裏切ったとのこと!」
驚くべき報せであった。永年の忠臣が、この土壇場で主君を裏切るとは。これも、勝頼の人望のなせる業か。いや、それだけではない。信長公の圧倒的な力が、武田家を内側から崩壊させたのだ。
●天目山、武田の終焉と家康の策謀
小山田の裏切りによって、勝頼は完全に逃げ場を失った。行き着いた先は、甲斐と信濃の境にある、深山幽谷の地、天目山。雪がまだ深く残る険しい山中で、武田の残兵はわずか数十。武田の命脈は、もはや風前の灯火であった。
三月十一日。ついにその時は来た。
我らが包囲網を敷く中、織田家の先鋒を務めていた滝川一益殿の軍勢が、武田の残党を激しく追い詰めていた。その鬨の声が、凍てつく山々に響き渡る。一益殿は、北条との境を制したばかりの勢いをそのままに、武田の残兵を容赦なく叩き潰していた。
信忠殿もまた、残党狩りを徹底していた。敗残兵を見つけ次第、討ち取る。それが、信長公の命であり、武田を完全に根絶やしにするための確実な道であると、信忠殿は考えているのだろう。
しかし、私の胸中には、別の思惑があった。武田の滅亡は喜ばしいが、それで終わりではない。むしろ、ここからが始まりなのだ。この広大な甲斐の地を、いかにして治めるか。そして、来るべき天下統一の先に、いかにして我が徳川の勢力を拡大していくか。
武田の兵たちは、歴戦の強者ばかりだ。彼らをこのまま死なせてはもったいない。いずれは、我が徳川の兵として、彼らを迎え入れたい。そうすれば、我が兵力は飛躍的に増強されるだろう。
私は密かに、配下の者たちに命じていた。
「武田の残党を、できる限り保護せよ。捕らえた者は、決して手荒な真似はするな。丁重に扱え。そして、彼らの忠誠心を我が徳川に向けさせるのだ。」
信忠殿の徹底した掃討作戦の陰で、私の家臣たちは、武田の敗残兵たちを密かに保護し、手当てを施していた。彼らの目には、敗戦の絶望と共に、かすかな希望の光が宿っていたように見えた。
山中から微かな鬨の声が聞こえてきた。そして、一際大きな叫び声が響き渡る。
「勝頼様、滝川一益様家臣により討ち取られました!」
その報を聞いた時、私の胸に去来したのは、安堵と、そして、かすかな虚無感であった。あれほどまでに猛威を振るった甲斐の虎、武田信玄の子。その勝頼が、こうもあっけなく散るとは。
●信長公、甲斐へ――祝勝の宴
武田滅亡の報は、信長公の元にも届いた。遅れて甲斐へと入られた信長公は、三月十四日、勝頼が自害した天目山の近くにある寺(後の景徳院)にて、武田勝頼の首実検を行うことを命じられた。
しかし、信長公の真意は、単なる首実検に留まらなかった。武田を滅ぼしたという、長年の宿願達成の喜びを、諸将と共に分かち合う。それこそが、この儀式のもう一つの目的であったようだ。
集まった諸将は、信忠殿、光秀殿、そして我ら徳川の将たち。甲斐の寒さも、この日の高揚感には敵わない。信長公は、整然と並べられた勝頼の首級を前に、しばらく無言で眺められた。その鋭い眼差しは、何を捉えているのか。私には、信長公の胸中を推し量ることはできなかった。しかし、その表情の奥に、確かな満足と、次なる天下への展望が見て取れた。
首実検の後、信長公は諸将に酒を勧められた。簡素ながらも、祝勝の宴が催されたのだ。甲斐の地酒が、冷え切った体を温め、兵たちの士気を高めていく。
「長年の宿敵、武田を滅ぼしたこと、誠に大儀である!」
信長公の力強い言葉が、山中に響き渡る。その言葉に、諸将は一斉に頭を下げた。信長公の天下統一への道は、また一歩、確実に進んだ。武田が滅びたことで、東国の覇権は完全に我らの手中に収まった。
しかし、この戦の終わりは、新たな始まりを意味する。武田の遺臣たちの心をどう掌握し、彼らを我が徳川の兵力として取り込み、この乱世を平定していくか。そして、信長公の天下統一の先にあるものとは何か。私の新たな戦いは、ここから始まるのだ。
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