第19話 パルプをつくる。

 三日後の夜、俺は自分の部屋で「起」のパートを書き終えた。小説なんて初めてだったけど、なんとかかたちになった。正直、どれだけの出来かはわからないけど、とにかく次にバトンを渡すことが大事だ。


 夜のグループチャットに「書けたぞ!」と送ると、すぐに美咲から「わかった!続き頑張る!」と絵文字付きの返信が来た。「お疲れー!」と彩夏、「ナイス」と澪。なんだかんだ、みんなが見てくれているのが嬉しくて、スマホを見つめながら俺は思わず笑ってしまった。


 次の日の朝、みんなは俺の家に集まった。今日は次のプロジェクト、紙づくりに挑戦する日だ。必要な物や材料の下調べは、事前のチャットで済ませてある。

 澪は色んな道具を抱えてやってきた……その気合いは本気だ。

 あとは、足りないのは紙の原料となる植物と、紙漉き用の道具だけだった。


 リビングのテーブルに集まると、澪がノートPCを開き、画面をみんなに向ける。


 そのとき、キッチンから母さんが顔を出した。

「あら、今日は一段と早いわね。今度は何作るの?」

 彩夏がすぐに「おはようございます!今日は紙作りに挑戦します!」と元気よく答える。

「まあ、紙?」母さんが目を丸くして笑う。


 俺はちょっと気恥ずかしくなりながら、「……あのさ、あとで庭で火を起こして鍋で茎を煮てもいい?」と聞いてみる。

 母さんは少し驚いた顔をしたあと、「気をつけてね。あんまり煙立てないようにして」と笑って許可してくれた。


「ふふ、がんばってね」と母さんが軽く笑い、キッチンに戻っていく。

 その後ろで、彩夏が「お兄、ちゃんと許可取った?」と笑って、俺は「……ちゃんと聞いたわ」と肩をすくめた。


「……まとめておいた。工程はこう」


 画面にはシンプルな箇条書きが並んでいた。


 ・ヨシ(葦)の茎を刈る(葉と花は不要)

 ・泥やゴミを洗い落とす ・茎を1〜2cmに刻む

 ・重曹と水で2時間煮る(繊維を柔らかくする)

 ・水ですすぐ

 ・必要なら漂白(酸素系漂白剤、短時間)

 ・木槌で叩いた後、水と繊維を入れてミキサーでパルプ化

 ・少量の洗濯のりを混ぜて粘度を出す

 ・枠に流し入れて紙漉き

 ・板に慎重に張り付けて、一日ほど乾燥

 ・紙が反らないように重しを乗せて、仕上げ


「へぇー……めっちゃ手間かかるじゃん!」と彩夏が楽しそうに画面を覗き込む。

「でも、面白そう!」と美咲がわくわく顔で笑った。

「植物って、どこで取るんだ?」と俺が聞くと、澪はスマホで画像を見せながら、淡々と説明する。


「ヨシは川辺に自生してて、繊維が強いから紙づくり向き。ただし、勝手に採っていい場所とダメな場所があるのも調べてきた。公園や保護区域はもちろんNGだけど、一般の河川敷……桐野川沿いなら大丈夫。コウゾとかミツマタ、ガンピは和紙の原料としては理想的だけど……調べたら、市販品はだいたい二十キロ単位とかで、個人じゃ現実的じゃないし、自生地も限られていて採取許可が必要だから今回は除外した」


「これなら……見たことあるな。というか澪、いつも助かる」と俺は感謝を伝えておいた。 ちょっと照れくさいけど、まあ、たまにはちゃんと伝えとかないとな。


「好きでやってるから気にしなくてもいい……軍手、ごみ袋、ハサミ。必要なものはある。量もそんなにいらないから、素材の確保はすぐに終わる」澪がノートPCを閉じると、彩夏が「よし、行こう!」と立ち上がった。


「ねぇねぇ、お兄、川のどこらへん?」と美咲がにこにこしながら聞いてくる。


「近いぞ、通学の時によく見てる。美咲も……電車通学だったな」と俺が笑う。


 俺の家は住宅街の端にあって、少し歩けば川沿いや草むら、田畑、雑木林が広がっている。町の中心は人通りも多くにぎやかだけど、このあたりは昔から静かで、夏には蝉の声が響きっぱなしだ。

 ついでに言うと、俺たちが通っている勝ヶ丘高校は、小高い丘の上に建つ県立校だ。俺は自転車で二十分、美咲はもちろん同じ家だが、電車で通学している。澪も近所だけど電車派、彩夏は学校の近くに住んでいて、俺の家までは自転車で十五分ほど。わざわざ毎回こっちまで自転車を飛ばしてくる、ほんと元気な奴だ。


 そんなことをぼんやり考えているうちに、気づけばみんなはもう外に出る準備を済ませていて、材料集めの支度はすっかり整っていた。


 みんなで自転車を連ねて桐野川まで向かう。真夏の午後、じりじりとした日差しが照りつける中、彩夏が「やっぱ夏はこうじゃないとね!」と元気に前を走り、美咲は「暑い~お兄、ちゃんと道わかってる?」と後ろから声をかけてくる。澪は後ろで「……ついていく」と短く返し、黙々とペダルを漕いでいた。


 川に着くと、想像以上にヨシが生い茂っていて少し圧倒された。

「これ……どれくらい採ればいいんだ?」と俺が聞くと、澪が「……わからないけど、寸胴鍋に半分くらい入れば十分だと思う。それと、緑のじゃなくて茶色い乾燥しているのを集めて」と答える。


 全員で軍手をつけ、黙々と茎を選んで刈っていく。枯れた茶色の茎は意外と見つかりにくく、根元をかき分けるように探さないといけない。思った以上に重労働で、汗がじっとりと背中ににじむ。

 その横で、美咲がスマホを構え、「よし、みんな頑張ってるとこ撮っとくね!」と笑顔で何枚か写真を撮っていた。「あ、待て、今の顔撮るなー!」と俺が思わず手を上げると、彩夏が「いいじゃん記念だよ!」と笑って背中を叩いてきた。


 作業を終えると、予定より多めにヨシが集まった。そして、すぐに全員で近くの自販機に向かった。「冷たいの、冷たいの……」と彩夏が小銭を握りしめ、美咲は「レモンスカッシュ!」と即決。澪は黙って麦茶を選び、俺はスポーツドリンクを手に取り、日陰で全員がそろってひと息つく。頭の上では蝉が鳴き続け、夏の空は青く広がっていた。

 次は、庭での煮込み作業だ。それまでに体力を整えておかないと、と思いながら、冷たい飲み物のありがたさを噛みしめた。


 材料を持ち帰った俺たちは、すぐに作業に取りかかった。まずはヨシをきれいに洗い、数センチほどに刻む作業。これは美咲と澪と彩夏が担当だ。美咲が「これ、結構硬い!」と苦戦し、彩夏が「こういうの、やり始めると楽しいよね!」と笑う。澪は黙々と手を動かし、要領よく刻んでいった。


 その間、俺は庭で煮込み用の簡易かまどを作る。キャンプのときに余った炭を持ち出し、耐火ブロックを並べて支柱を組み、大きな寸胴鍋を乗せる土台を作る。重さのバランスや風通しを考えながら、慎重に配置する。汗をぬぐいながら炭を足し、火起こしの準備を整えたときには、結構な達成感があった。


 出来上がった簡易かまどに寸胴鍋を乗せ、水5Lと重曹70g、そして刻んだヨシを入れて煮込む。鍋の様子はみんなに任せ、俺はガレージに入って、紙漉き用の木枠作りに取りかかった。余っていた木材を切り出し、ネジを締めて枠を組み立てていく。

 紙漉きは、重ねて使う二つの枠――受け枠と網を張った漉き枠――が必要だ。ひとつ作ったあと、もうひとつの枠も同じサイズで慎重に仕上げ、澪が用意してくれた網をぴんと張る。作業に集中していると、外から鍋のかき混ぜる音や、みんなの笑い声が微かに聞こえてきた。


 その間、三人は交代で鍋の様子を見たり、茎を沈めたりかき混ぜたりしていた。

 縁側には冷たい麦茶が並べられ、蚊取り線香の香りがふわりと漂う。午前の日差しが庭に差し込み、まだ朝の静けさが残る中、ゆるやかな夏の空気が流れていた。

「みんな、氷用意しておいたから、かき氷できるよ!」と美咲が嬉しそうに声をかけると、「サイコー!美咲大好きー!」と彩夏が手を挙げ、笑いが広がった。






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