第15話 魚拓をつくる。

 前回のカラオケ会議の後、グループチャットは連日大盛り上がりだった。次は何を作るのか、どんな流れで進めるのか、メッセージが頻繁に飛び交った。最終的に、まずは魚拓を作ることが決定した。


 色々と考えた末、日帰りキャンプをして、川で放流されているニジマスを釣り、それを魚拓にしてみようという流れになった。もちろん、ついでにバーベキューやカレーも作ってみんなで楽しもうという話も持ち上がり、テンションは一気に上がった。


 グループチャットでは、彩夏が「みんなの予定教えてー!」と聞き回り、全員が週末なら行けると答えると、さっそく彩夏は「じゃあ近場で釣りができるとこ探そう!」と張り切った。美咲も「一緒に調べるね!」と名乗り出て、二人で候補をいくつか絞り込み、みんなの意見を聞きつつ相談を重ねた。数時間後、「予約完了!」のメッセージが飛び込み、全員から「さすが」「早い」とスタンプが返された。


 一方、澪は魚拓の取り方や必要な道具、よくある失敗例を徹底的に調べ、「これとこれを用意しよう」「練習用の紙も持っていこう」と詳細をまとめてくれた。拓真は「うちにキャンプ道具一式あるから、日帰り用に必要なものだけ選んでおく」と手際よくリストアップ。美咲は彩夏の手伝いでキャンプ場の情報を調べたり、澪と一緒に魚拓の材料や当日の食材の買い出しを担当することになった。


 「けっこう大がかりだな……」と拓真がこぼすと、「でも絶対楽しいって!」と彩夏が笑顔で返し、澪も「……準備は大事」としっかり頷き、美咲は「カレーは絶対美味しく作ろうね!」と張り切っていた。


 結局、当日はうちの母が車を出して同行してくれることになった。「おいしいカレーを食べさせてね」と母に言われると、美咲はぱっと顔を輝かせ、「任せて!最高のやつ作るから!」と自信満々に胸を張った。


 こうして、魚拓をつくる挑戦の準備は着々と進み、迎えるキャンプ当日がますます楽しみになっていった。



 迎えたキャンプ当日、まだ朝の空気がひんやりとした早朝、拓真の家に全員が集合した。玄関先には、墨、和紙、ピン、新聞紙、筆、ローラーといった魚拓に必要な道具などがしっかりまとめられている。その隣には、タープ、折り畳みチェア、簡易テーブル、コンロ、クーラーボックス、食器類、調理器具、火起こし道具、バーベキュー用の網や炭、トング、食材など、日帰り用に選び抜かれたキャンプ道具一式。そしてクーラーボックスには、冷えた飲み物、昼食用のカレーの材料、バーベキュー用の肉や野菜もぎっしり詰められていた。


 彩夏と澪は、拓真の母に「今日はよろしくお願いします!」と元気よく挨拶し、母も「こちらこそ、よろしくね。一緒に楽しみましょうね」と優しく笑った。彩夏が「おいしいカレー作りますから!」と言うと、母は笑いながら「それは楽しみだわ」と返す。車に荷物を積み込み、いよいよ出発だ。


 車内では、澪が調べた魚拓の知識を丁寧に共有する。「魚の表面の水分をちゃんと拭き取らないと墨が滲む」「紙をしっかり固定しないとズレる」「最初は練習用の紙で試したほうがいい」など、具体的なポイントが次々と飛び出し、彩夏は「へぇー!すごい!」と感心しっぱなし。美咲は後部座席で写真を撮ったり、「釣り楽しみだねー!」と笑い合い、車内はにぎやかだった。


 キャンプ場に到着すると、拓真がさっと折り畳みチェアを広げ、「母さん、ここで休んでて。あとは俺たちでやるから」と声をかけた。母は少し笑って「ありがとう」と腰を下ろし、すぐにメンバーは作業を分担して動き始めた。拓真と澪はタープを張り、テーブルやコンロを組み立てる力仕事を担当。彩夏と美咲はバーベキュー用の炭や網、調理器具の準備を進め、クーラーボックスの中身を整理した。それぞれが手際よく動き、場は順調に整っていった。


「あらかた準備は整ったな……」拓真が全体を見渡し、ひと息つく。


 釣り堀では、半日入場券を買うと一人五匹まで釣っていいらしい。大体五匹釣れるらしいので、食べる分と魚拓用を考え、二手に分かれることにした。

 釣り組は拓真と彩夏、料理組は美咲と澪だ。


 釣り場では、彩夏が「見て見て、釣れそう?」と竿を揺らし、拓真は「焦るな、ちゃんと沈むまで待て」と軽く笑う。しばらくして、ピクッと動いた浮きに「来た!」と彩夏が叫び、拓真も「よし、合わせろ!」と声をかけた。釣り上げたニジマスは見事なサイズで、彩夏は「やったー!」と大はしゃぎ。拓真も何匹かを順調に釣り上げ、「これで魚拓分も足りそうだな」と満足げだった。


 その頃キャンプ区画では、美咲と澪がカレー用の下ごしらえに取りかかっていた。澪はピーラーを手に、じゃがいもやにんじんの皮を丁寧にむいていく。美咲はまな板の前で、むき終わった野菜を手際よく切り分けていく。玉ねぎを半分にし、肉を準備し、次はバーベキュー用の串打ち。母が「串、手を刺さないように気をつけてね」と声をかけると、二人は「わかりました」「大丈夫だよ!」とそれぞれ笑顔を見せ、慎重に作業を進めた。クーラーボックスから取り出された食材が次々と並び、野菜の香りと作業の音が、キャンプ区画にゆっくりと広がっていく。


 ひと通りの下ごしらえが終わると、澪と美咲は食材を持ってキャンプ場の野外調理場へ向かった。広々とした作業台の横には、炭を入れるかまどが並んでいる。二人は慎重に炭を積み、スマホで手順を確認しながら「炭を山型に組んで、着火剤を下に置いて……」と進めるが、いざ火をつけようとすると澪が「思ったより炎上したらどうしよう」と手を止めてしまう。美咲も「これ、ほんとに大丈夫?爆発とかしない?」と顔を引きつらせ、うちわを持ったままパタパタと意味もなくあおいでいた。


 そこへ母が「見てて、手伝ってあげるわね」と優しく声をかけ、慣れた手つきで炭を整え、着火剤に火を入れ、あっという間に準備を整えていく。「さすが……」と澪が小さく感心し、美咲は「お母さん頼もしすぎ!」と笑った。火が安定すると、二人は大きな鍋をかまどに載せ、カレーの材料を順に入れて煮込みを始めた。隣では飯ごうもセットされ、火の番をしながら湯気と香りが立ち上っていく。


 準備がひと通り終わり、場がひと息ついた頃、釣り組が「釣れたぞー!」「見て見て、でっかい!」と笑い合いながらキャンプ区画に戻ってきた。


 戻るなり澪がすっと前に出て、「まず見た目がきれいな魚を選ぶ。ヒレが折れてない、体表が傷んでないもの」「練習用も用意しておくといい」と的確に指示を出す。手際よく魚拓用の魚を分け終わると、残りの魚はすぐに締め、内臓を取り出し、クーラーボックスに保存された。そしていよいよ魚拓タイムだ。


 魚拓は受付近くの頑丈で平らなテーブルを借り、持参したビニールシートを広げ、百均で買ったまな板の上で作業を進めることになった。澪が中心となり、まずは練習用の魚を選ぶ。「いきなり本番はもったいないから、まず試そう」と澪が淡々と言い、みんなも緊張した面持ちで見守った。


 魚は血や泥を軽く洗い、ぬめりを少し残したまま、ヒレをピンで固定。澪が筆で薄く均一に墨を塗ると、「厚塗りはダメ。細部が潰れるから」と小さく声を添える。和紙をそっと乗せ、指や布で優しく押さえ、慎重に紙を剥がすと──魚の姿がくっきりと浮かんだ。「これならいけそう」と澪が小さく頷き、周りも思わず息をついた。


 そしていよいよ本番の魚が選ばれ、同じ手順で作業が進められた。和紙をそっと剥がすと、さらに美しい魚の姿が浮かび上がる。「うわ、すご!」と美咲が思わず声を上げ、彩夏も「めっちゃきれいに出たじゃん!」と顔を輝かせる。拓真は「やるな、澪」と笑ったが、澪は軽く息を吐き、「……そんなに自信はなかったけど、うまくいってよかった」と出来た魚拓を見ながら満足そうに言った。


 仕上げに目やヒレ、輪郭を筆で補い、釣った日や名前を記入する段になると、「目は、こっち向きがいいかな?」「ヒレ、もう少しだけ強調した方が映えるんじゃない?」と美咲と彩夏があれこれ言い合い、拓真も「名前、全員分入れとこうぜ」と口を挟む。澪は黙って聞きながら、必要なところにだけ短く「それはやりすぎ」「こっちは大丈夫」と静かに補足し、最後に筆を取って淡々と作業を進めていった。


 こうして、初めての魚拓は無事に完成した。けれど、キャンプの楽しみはまだこれからだ。バーベキューに、カレーに、釣りたての魚の塩焼き──次の盛り上がりを思うと、自然とみんなの顔に笑みがこぼれた。



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