第22話 理事長こんにちは

 坂を上り、美しく舗装されたレンガ道を歩いて王立学校の正門をくぐる。すでに授業が始まっているのか女学生の姿は全くなく、出迎えてくれたのは上品な衣装に包まれた銀色の髪、穏やかな笑みを浮かべた女性なのでした。


「今日はお世話になりまーす」

「エリオ様、ご訪問を心より感謝申し上げます」

「こちらは王立学校の理事長、ロザリアでございます。本日は私ともども学内の紹介をさせて頂きますが、エリオ様のご関心事やご不満点などがございましたら遠慮なく仰ってください。誠心誠意、対応いたします」


 俺の隣に立つ司書さんがぺこりと頭を下げた。

 急な学校案内の理由は彼女にある。俺が部屋でのんびりしていたら、本を持った司書さんが教会を訪れたのである。


『エリオさん、お客さんですよぉ』

『エリオ様、こちらの書物がご学業のお役に立てばとお持ちいたしました』


 バァヤさんに呼ばれて顔を出してみれば、司書さんの姿が! どうして教会に住んでいる事を知っているんだろう、という疑問はさておき、わざわざ俺の為に役に立ちそうな本を持って来てくれたらしい。ありがたやありがたや。


『突然のおうかがい、大変申し訳ございません。実はそろそろ入学式の時期が近付いておりまして、エリオ様の入学のご意向をおたずねしたく参りました』

『え? 転入じゃなくて入学なの?』


 チラリとバァヤさんを見れば、にっこり笑いながら「王立学校は年に数回、入学式があるんですよ」という事を教えてくれました。


 王立学校は専門知識の習得を目的とし、卒業生は学んだ知識を活かした職業に就くのが一般的で、そのため認定資格を求めて幅広い年代の者が入学を志願しているらしい。うんうん、専門学校みたいなものだね。

 そして『引退したA級冒険者』と『王立学校を卒業したB級冒険者』では、後者の方が労働力として重宝される。卒業証明書は「信頼できる知識の証」として高く評価されるらしいのだ。


 異世界も学歴が必要らしい。

 力こそ全てじゃないんだね……。


 じゃあ「俺はどうするか」って話なんだけど、入学するつもりなのですよ。第三遊軍との強化合宿を通じて皆と打ち解けた気がして、そのおかげかどうか知らないけど「やっぱり皆の力になりたいなぁ」と強く思ったのだ。

 色々とお世話になってるし、この異世界でも信頼できる人たちだ。自分の得た知識や技術を生かして、一生懸命になって本気で鍛えている皆のサポートができるのならば、なんと素敵なことなのだろう! それはそれとして急に距離が一気に縮まった気もするけどね!!! 異世界の距離感って難しいや!!!


◇◇◇


 理事長さんと司書さんに案内され、授業風景を見学していく。小窓から覗いてみれば、みんな真剣な表情をしている。おっと目があったぞ。会釈えしゃくでもしとこう。

 大講堂や小講堂、図書館と運動場、トレーニングルームや室内プールもあるみたいだ。王立学校の名に相応ふさわしく、恵まれた環境のようである。


「制服を用意しないといけないのかな?」

「成人されている場合は自由な服装を認めています」


 話を聞くと要するに「未成年はだから、指定の制服を着て王立学校の生徒らしい振る舞いを心掛ける必要がある」とのことらしい。

 でも私服ってテンション高いの最初だけなんだよね。面倒くさいから指定の制服を着ても良いかもしれない。でも俺は大人だしコスプレにならないかなぁ?


「運動場では『王都防衛兵団』や冒険者を目指す者が受ける講義もあります。剣術や馬術を基本とし、あとは基礎トレーニングのやり方なども……」


 運動場ではグループに分かれた人たちが組み手や走り込み、筋トレをしている姿が見える。基礎トレは反復で疲れちゃうけど、向こうのアスレチックみたいな遊具は楽しそうだな。あれもトレーニングの一環なのかぁ?


「訓練だけじゃなくて、楽しむ運動みたいな内容はありますか?」

「社交ダンスや舞踊ぶようなどでしょうか? 運動場ではなくダンスホールで行いますので、興味があるのでしたら見学なさりますか?」

「あっ、平気ですぅ……」


 気楽な球技とかはないのかな、ぐぬぬ。


「話は変わるけど、第三遊軍とかに入るのって難しいんですか?」

「当然でございます。私たちが安全に暮らせるのも『王都防衛兵団』の皆さまが魔物の侵攻を防いでいるからです。特に王族に信頼される第一遊軍はエリート中のエリート! ”王家の宝剣”との異名を持つ彼女たち、本校の卒業生も名をつらねているんですよ!」


 とっても名誉な事なのだろう。

 理事長さんが嬉しそうに力説してくれた。


 ともあれ、王立学校は大学みたいな仕組みのようだ。興味のある講義を自分で選択して受講できるらしい。自分に必要な科目をしっかり履修し終えたなら、一年で卒業もできるようだ。自由度が高く生徒ファーストだね!

 例えば引退した熟練の冒険者、次の仕事としてさっさと『魔物解体屋』に就きたい場合は「魔物学」「薬草調合」「魔物解体」を一年間しっかり履修し、卒業試験を受けてさっさと辞めてしまうらしい。


 ただそれは一部の人らしく、せっかく入学できたのだから三年間じっくり学んで卒業する方が多いようだ。まあそうだよね。自分の進路なんてすぐ決められるもんでもないし、学生のうちに色々と試すのも大事だよね。


◇◇◇


「エリオ様、本校はいかがだったでしょうか?」

「ええ、立派な場所だと思います。生徒さんもみんな楽しそうに学んでいましたし、将来の選択肢を増やす為の素敵なまなですね!」


 学校内の見学を終えた俺は、理事長室に案内されたのです。

 柔らかいソファに座り、紅茶をいただいています。テーブルの上には高級そうなクッキーも置いてあり、いたれりくせりだなぁ。


「そう言って頂けて恐縮でございます。それで、入学の件については……」

「あ、是非ぜひともお世話になろうと思っています。実は記憶喪失の影響があって、この世の中の事もすっかり忘れてしまったんですよ。ここなら歴史も学び直せそうだし、記憶が戻るまで、ゆっくりするのも良いかなーって」


 うーん、素晴らしいほどの口から

 とは言え、こういう設定にしておかないと落第生として追い出されちゃうかもしれないからね。へへへ、すっかりずる賢くなってしもうた。


「そ、そうだったんですね!」

「分からない事があったら何でも聞いてくださって結構ですから! 本校での学びがエリオ様の記憶が戻る一助いちじょとなれば……」


 司書さんと理事長さんが急にしまった。

 良心がヒシヒシと痛むけど、まあ、そこは成績で返すしかないかな!


「その、図書館にいたお友達の事なのですが……」

「レオンですか? レオンも誘ったら入学してくれないかなぁ。知り合いもいないし、女の子しかいないし、レオンがいないと心細いんだよなぁ」

「れ、レオン様のご入学も前向きに検討なさってくれているのですね! ありがとうございます! ありがとうございます! いえ、これは私事わたくしごととは全く関係なく、やはり年頃の女生徒たちですからね、早いうちから男性と触れ合う経験をする事で、将来的に男性に不快感を与えない、しっかりとした淑女しゅくじょとなるべく教育の一環として……」

「おお、とっても素晴らしい教育理念ですね!!」

「あ、ありがとうございます!!」


 司書さんと理事長さんが「イエーイ!」とハイタッチをしている。まあ確かにレオンはね、格好良いし頭も良さそうだ。王立学校としても、レオンみたいな立派な生徒が増える事は喜ばしい事なんだろうな。男だし。


「それでエリオ様はどのような講義を受けようと思っているんですか?」

「えーっとですねぇ」


 パラパラと手元のパンフレットのようなものを見る。この世界にどんな学問があるか知らないからね、カンニングしないと答えられないんだ。


「えーと「魔物学」と「魔物解体」、「薬草調合」なんてのもあるのかぁ。「歴史」や「地理学」は一般常識として必要そうだから受けるとして……」

「エリオ様は冒険者を目指しているのでしょうか? ふふ、素敵ですね。是非とも頑張ってください。講師一同、エリオ様の夢を応援する事を約束いたします。えっと、冒険者となると他に「剣術」や課外活動の「生存術サバイバル」。「天文学」は地図を作るのに役立つとも聞きますし……」

「えっと違うんです、冒険者じゃなくてマッサージの鍛錬がしたくて」

「マッサージですか? 身体の疲れを癒すための……???」


 専門学校でもないわけだし、たしかに理事長さんのような反応になるのも理解ができる。ともあれ、俺は数少ない男性なわけだし、きっと理事長も気にかけてくれるはずだ。それなら一応、俺の実力を見せといた方が良いのかも?


「えーっと、温めたタオルってありますか? あの司書さん、こちらへ」

「え、私ですか……?」


 案内中から気になっていたんだけど、司書さんは定期的に目をシパシパさせたり、頭が重そうに溜息を吐いていたのである。やっぱり職業柄、イスに座って細かい文字を見続けたりするわけだろうし、肩こりも気になってるはずだ。


「エリオ様、タオルはこちらでよろしいですか?」

「ありがとうございます。じゃあ司書さん、ちょっと失礼しますね」


 司書さんに膝枕をしてあげる。

 肩と目元に温かいタオルを置けば準備完了だ。


「ちょっと、アナタ! エリオ様の膝に……」

「わ、私も急な展開に驚いています!!!」

「うわぁ、暴れないでリラックスしてください!」


 頭のツボを押し、目元を優しく押してあげる。その度に「はぁ~ん」とか「うぅ~ん」とセクシーな声を出すのは止めて欲しいんだよな。ほら、理事長さんが複雑そうな顔でこっちを睨みつけてる! 別にスケベをしてるわけじゃないんです!


「えっと、ここのツボを押すと……」

「えっ、あ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛~~~ん゛!!」

「それで、肩を揉むとコリがやわらいで……」

「こ、これ以上触られ……らめえええええええ!!!!」


 理事長室を突き抜け、司書さんのエッチな声が学内中に響いてしまった気がする。なんで穏やかな態度をしていたのに、急にこんなにセクシーになってしまったんだい? 日頃から鬱憤ストレスが溜まってしまっていたのかい?


「え、エリオさま……」

「あ、はい。施術はどうでしたか?」

「あの、お花を摘みに行って来ても……」

「その、肩とか頭とか軽くなってませんか?」

「い、言われてみれば!! でもすいません、お花を……」


 司書さんがそそくさと退室してしまった。

 理事長さんと二人きりになってしまったけど、なんだか気まずくなってしまう。いや、理屈としては分かるよ? 男女比が狂ってるから、男性に触られると嬉しくなるんでしょ? でもエッチな声を出すのは違うと思うんだよなぁ……。


「え、エリオ様!!!!!!」

「あ、はい、なんでしょうか」

「私にも、私にもお願いしてもよろしいでしょうか!!!」

「え、良いですよ!」


 司書さんがセクシーになってしまったのは誤算だったけど、それなら理事長さんに直接、マッサージの素晴らしさを伝えれば良いのである。理事長さんも乗り気だし、こちらとしてもとってもありがたい事だ。肩を揉んであげよう!


「じゃあ行きますよ!」

「ふ、不束者ふつつかものですが……!!」


 もみ、もみ、とツボをあげれば、やっぱり理事長もセクシーな声を上げてしまうのでした。嬌声が理事長室を突き抜け、窓を揺らす。今は授業中なんじゃないの?! 生徒さんたちも何が起きたのかビックリしてることだろうね! あーあ、第三遊軍の皆はもう少し我慢してくれたのに!!



「では、入学式でお会いしましょう」

「エリオ様には、ぜひ通学していただきたいと願っています」


 顔を上気じょうきさせた司書さんと理事長さんに見送られる。幸いなことに、誰も目撃者はいないのである。良かった良かった。


「マッサージはスケベな技術じゃないのに!」


 少しばかり落ち込んでしまったが、きっと自分の技術が未熟だからだろう。人間だけでなく、混ざり血さんの身体を理解することができれば、俺はもう一つ上の男になれるに違いない。師匠の祖父よ! 異世界の俺を見守っていてください!


「あの、すいません!! 握手してください!!」


 ぼんやりと教会へと歩いていたら、急に知らない人から話しかけられてしまった。恥ずかしそうに顔をうつむかせ、プルプルと小刻みに身体が震えている。きっと精一杯の勇気を振り絞ったんだろうけど、なんで握手……?


「あ、はい……」

「?!?! ありがとうございます!!!」


 無造作に右手を差し出せば、がっしりと両手で掴まれてしまった。

 刻々と時は経ち、長いようで短い40秒。


「ありがとうございます!! これどうぞ!!!」

「は、はあ……」


 すごい勢いで感謝され、女性は嬉しそうに去って行ってしまった。聞き間違えじゃなければ「本当だったんだ……!」って呟いていたんだけど、そもそも俺が渡されたのは「P」なのであり、一枚なら簡単なマッサージをしてあげたんだけど……?


「うーん???」


 まあ、本人が握手で良いなら握手で良かったのだろう。

 それにしても今のは誰だろう? 今までに渡した記憶がありません! アイス屋さんと雑貨屋さんの店員の顔は覚えているし、歌劇団のセレストさんが他の団員さんに渡しといてくれたのかな? それなら使い方も説明しといてほしかったなぁ。

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