第12話 娯楽放送局 ~そよ風と伝書鳩~

 朝の陽が昇りきった王都はすでに動き始めており、市場や商店は活気を帯びている。行き交う商人たちと共に小型の竜がガタゴトと荷車を運んでおり、空では荷を吊るしたワイバーンがのんびり飛んでいた。

 通りには冒険者や王立学校の生徒たちの姿も目立ち、路地では女たちが賑やかな声をあげながら洗濯物を干している。


 そんな人混みをすり抜けるよう駆けているのは長い赤毛を後ろで結い、肩からバッグを下げたマリリーナである。彼女は大通りに並ぶ集合住宅に入ると、「ふぅ」と息を整える。郵便受けを覗くも中は空っぽであり、広告の一枚すら入っていない。マリリーナは「ぷぅ」とへこたれ、階段を上がって行った。


「おはよーございまーす」


 ノックをし、扉を開ける。部屋の壁際にごちゃごちゃと古代機械レガシーが置かれており、中央のテーブルでは『局長』と呼ばれる女性が何かを読んでいる。


「マリリーナ、珍しくポストがあふれてたわよ。回収しといた」

「やったー! 放送で使えるのあるかな。仕分けしよーっと」


 マリリーナは「」を受け取り、内容を確認する。途端、驚いた顔でテーブルの上に置かれたものにも手を伸ばし始める。


「『男関係』はこっちの山。『それ以外』はこっちの山。今朝早くにポストに投函された分はまだ目を通してないけど、早くしないと放送に間に合わないわよ」

「うぎゃあ。せっかくのスクープ! どうにか盛り上げていくぞぉ!」


 頬を叩き、気合を入れるマリリーナ。彼女はこの放送局で『そよ風と伝書鳩』というチャンネルのパーソナリティをしている女性だ。

 壁際に並んでいるのは己の声を遠くの拡声器に届ける古代機械レガシーであり、その実用性や安全性を試す為、街の娯楽放送という形で実験的に使われている。


 放送は定期的に行われており、マリリーナの他にもチャンネルを持つ者はいる。男性トリオが行う『ケルベロスは眠らない』は言うまでもなく一番人気であり、次いで、吟遊詩人や踊り子の歌唱チャンネル『セイレーンの羽ばたき』も話題にことかない。


 マリリーナの『そよ風と伝書鳩』では商店のお得情報やお悩み解決コーナーなどを流していたのだが、人気が伸び悩んだ結果「街の噂話」や「ゲスいゴシップ」などを流す迷走ぶりを見せており、訳の分からない事になっていた。


 そんな彼女の奮闘の一日。

 街の声と共に、追いかけてみようじゃないか。



◇寂れた酒場◇


『それではお待たせしました! マリリーナが送る「そよ風と伝書鳩」のお時間です! 本日も街の皆様から頂いたと共に、役立つ情報からくだらない笑い話まで、楽しい時間を繰り広げていきましょう! 今日はですね、興味深い情報を入手しておりますよ~。えーと「街道を歩いていたら男の子を拾った件について」ですけど…………。…………。』


 拡声器から流れてくる放送。

 耳にした冒険者たちが、暇つぶしとばかりに口を開いた。


「そうそう、聞いた? 兵団が拾った男の話」

「あっ、知ってる。数日前の夕方の話でしょ? B級冒険者パーティがその時間帯に近くを通ってたらしく、めっちゃ悔しがってたよ。『もしかしたら見つけてたの私たちなんじゃね?! はぁ?!』って」

「兵団って事は、まーた第一遊軍がちょっかい出してるって事? ちょっとウザくね、アイツら好き勝手しすぎ。私たちにも分けろっつーの」

「持たざる者の嫉妬乙」

「は? てめーもだろ。ちょっと表出ろ」


『って事で、次の! えーと「手に入れた歌劇団の最前列チケットで鑑賞してたら、主役のベリオッド様と目があいました。これって私の事を好きってことですよね? 握手会のチケットが手に入ったら、プロポーズをしても良いですよね?」との事。はい! ファンに殺されるよ! 次!』



◇賑わいのある裏通り◇


「そういえば噴水公園のアイス屋の話は聞きました?」

「なんか繁盛してるって話は聞いた。美味しいの?」

「それがね、男の方が買い物されたらしいのよ。本当に、フラッと顔を出して買っていったみたい。みんな遠巻きに見てたらしいけど、激アマのやつを美味しそうに食べていたみたいですよ」

「うっそ、マジきゃわいい! 結婚したい!」

「ねー! 一緒に甘いもの巡りとか……はぁ……」

「へへへ……夢物語にもほどがありますね……」


『えーと「嘘みたいな話なんですけど、マントを羽織った男性が女性に手を引かれて人通りのない道を駆けていたんですが、なんと、マントの下は裸だったんです! フードを被っていたので顔は見えなかったけど、目に焼き付いたあの裸体は、一生忘れられそうにありません!」との事で……。えっと、たぶん肌色っぽい服を着ていただけだと思うよ! 次!』



◇噴水広場◇


『えーと「世界がいろどるライフハックを発見しました。男性用のグローブを手につけて自分の身体を触ると、大柄な男性に触られている気持ちになります。私は一晩で何度もたっしました」との事で……時間帯考えて! 次!』


「ウチの娘が王立学校に通っているんだけど、今年から赴任された運動の先生が男性みたくって。『絶対に授業受けるんだ~』ってはしゃいでで……」

「あら、羨ましいわねぇ。先生って事は、毎日学校にいらっしゃるんでしょ? ずいぶん恵まれた学校生活を送れそうで羨ましい。アタシたちが若かった頃はねぇ、年老いたマダムばかりで校則も厳しくて……」

「同学年に一人だけ男子がいたけど、一度も登校せずにフルで単位貰ったから一目ひとめ見る事もできなかった……淡い青春の思い出よね」

「そうそう、入学式の名簿見た時のテンションが最高潮だったよね。それで毎日ワクワクしながら登校したけど、二月ふたつきくらい経ってようやく『これ来ないんじゃない?』って悟っちゃってね」

「ファンクラブ設立を張り切ってた女子たちが可哀想だったわ……」

「言わないで。あれ、私もやってたから」

「あっ、ごめん……」



◇闘技場控室◇


『えーと、次は「秘密は井戸の奥底へ」の時間だよ! 誰にも言えない秘密の話を、こっそり暴露しちゃおうってコーナー! 楽しい話や悔しい話、ストレス発散の待ってるからね! では一通目、罪深いシスターさんから。「私は神に仕える身でありながら、男の方に腕や肩を触れられると冷静さを保てません。心の弱い私の懺悔ざんげを聞いてください」との事ですけど……えっ? どゆこと? シスターさんには男の知り合いがいるって事なの? えーっ……? 詳細が気になるけど次のに行きましょうか……』


「おい、酒場の話を知ってるか?」

「行く金も無い私に聞くなんて嫌味だねぇ」

「いやいや、噂レベルだが『男』の姿があったらしい」

「え、どこの酒場よ。この街に何件あると思って……」

「ははは、だからその噂の真偽を調べて、飢えてる女に情報を売ったら小遣いが稼げるだろうと思ってな。数人の集団の中に、一人だけポツンと男がいたらしい。美味しそうに飯を食ってたっつー話よ」

「おいおい、妙に詳しい話を知ってるじゃねーか。もしや……」

「ああ、私は現場にいたからな。信じるか信じないかはアンタ次第だ。情報は鮮度が命だぞ。今なら安く売ってやる。どうする?」

「ったく、友達相手にひでー女。買うよ。金になる情報なんだろうな」

「それは金額次第さ。へっへっへ……」


『えっと、二通目はフワフワモコモコさんからの。「マジむかつく! エリオを助けたのは私なのに他の女ばっかり仲良くなりやがって!! せっかく毛並みをフワフワにしたのに膝枕もしてもらってない!!! 見てろよお前ら! 絶対に職場の奴らを出し抜いて私が一番仲良くなってやるんだからな!!」との事で……えっと名前出しちゃったけど大丈夫かなこれ? それよりフワフワモコモコさんの職場には男性がいらっしゃる……? えっ、どこどこ。そんな恵まれた環境とか神じゃん? 続報が気になりますけど……。あっ、そろそろ時間? じゃあ最後に街のお得情報を……』



◇寂れた酒場◇


「さーって、飯も食べたしそろそろ出よっか」

「それにしても今日の放送、ひどかったね。『そよ風と伝書鳩』の悪いとこがたくさん出てた。後半、だいぶゴシップネタでしょ」

「でも私は結構好きだよ。商店街のお得情報とか役に立つし」

「あー、わかる。足で調べてるよね。そこだけは認める」

「つーか『男ネタ』に頼ったらおしまいだよ。さっさと打ち切られて『ケルベロス』の枠が増えてほしいな~。あの美声を聞いてるだけでほんと、たぎってくる」

「わかる、そそる」


『それでは「そよ風と伝書鳩」のお時間はおしまいです! 今回は男性の目撃情報に関係したが多かったですね! いやーっ、これはまさか「街道で見つかった男の人」と関係があるのか、ないのか! 拡声器の前の皆さんも気になるところでしょうが、私ことマリリーナもですね、足を使って調べていきたいと思いますので、次回の放送をご期待下さい! それでは、またねー!!』

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